五話・六話
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翌日、登校して下駄箱のふたを開けた黒は、ふたを開けたまま動きを止めた。
毎朝一緒に登校する春香が、それを見て、「どうしたの?」と近寄ってくる。
「何か入ってる」
黒が春香に顔を向けて答える。
「なに~?ラブレターとかかな~?」
春香は、最近黒に起きている事が、面白くてしかたないようだ。
二人が覗く下駄箱の中には、上履きの上に手のひら大の袋が置かれていた。
「私がついててあげるから~、開けてみよ~」
袋は麻のような素材で、紫の太めの凧糸のような紐で口が縛られていた。
なんとも和風で古風な包装だ。
「場所変えていい?」
と黒は周りの目が気になるようで、黒と春香は下駄箱から袋を取り出すと朝の図書室に移動した。
図書室で黒と春香は、袋の紐を解いて中を覗き込む。
「クッキーと手紙だね~」
と、春香。
手紙を取り出して二人は手紙を読みだした。
拝啓
薄暑の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、
厚く御礼申し上げます。
昨日はありがとうございました。
くちべたなもので、手紙で感謝の気持ちとさせていただきたく。
クッキーを添えさせていただきました。
口に合えば幸いです。
追伸
下駄箱の場所は生徒会に詳しい友達に教えてもらいました。
図書委員さんは図書委員長さんだったのですね。
それではまた放課後に。
間山和仁
敬具
「このクッキー美味しいよ~」
手紙を読み終わった黒が、手紙についてどう思うか聞こうと春香に顔を向けると、すでに春香はクッキーを食べていた。
「ちょ!春香、何勝手に食べてるのよ!」
「すごいんだよ~!玄米が入ってて粉の味がしっかりしてて、おいしいよ~」
「そうじゃなくて~!」
春香にかみつく黒の口に、クッキーが投げ込まれる。
「・・・おいしい」
「でしょう~」
春香はすっかりご満悦だ。
「だ~か~ら~!」
怒る黒を気にせずに春香がクッキーを頬張りながら、
「確かに硬い手紙だけど~、内容は変じゃないから、気にしなくていいんじゃないかな~。でもクロっちが気まずいって言うなら、この春香が放課後一緒に図書室に居てあげようじゃ、ありませんか~」
という春香のしっかりした答えに、
「いいよ、いいよ」
と遠慮しながら、黒はクッキーを頬張る。
「え~、放課後クロっちが、和仁君とどんな顔して会うのか見たいな~」
「だ~!」
春香のからかいを、黒は強引に話を戻してごまかす。
「でもさ、助けてくれた人が前に居ても腕組んで考えこんじゃうんだよ?そしたら“拝啓”から始まるクッキー付きの手紙だよ?やっぱり変じゃないかな~」
「まあね~。でも感謝されてるんだからいいじゃないの~。クロっち愛されてるんだよ~」
春香は両腕を体に巻きつけてくねくねする。
「妄想やめ~!でも謎な人だよね・・・殴られるのにはあまり抵抗ないみたいだったし・・・」
そういうと黒は考え込んでしまう。
「そしたら今日の放課後から、恋の謎解きの始まりだね」
春香の体のくねくねは止まっても頭の中のくねくねは止まらないようだ。
「もう勝手に言ってなさい」
そう言うと黒は早足で図書室の入口に行き、春香に早く出ろの合図。
「あぁ~、置いてかないで~」
黒と春香は朝の図書室を後にした。
㈥
その日、稽古を終えた間山和仁は、祖父であり師匠である間山勘治に、一人稽古場に残るように言われていた。
(師匠は何の用だろう)
勘治が稽古場に現れ、
「立ちなさい、和仁」
静かに言うと、勘治が打ち込みの姿勢を取る。
訳が分からないまま、和仁も立ち上がり、両手を腹の前に置く“自然体”の構えを取る。
「ごぁ‼」
師が気合いを発する。
「ぐ、ゎ・・・」
和仁は今までに受けた事のない師の気合を受けて体の底から砕けてしまいそうになる。
和仁はそれを必死で耐える。
勘治が間合いを詰めてくる。
重たい塊が詰めてくる。
和仁はその場に立っていることで精一杯であった。
いや、立っていることしかできないと言った方が正しいのかもしれない。
師の動きがゆっくりになり、手刀が飛んで来るのが見えている。
しかし、体は動かない。
このままだと手刀があたる、しかし避ける事ができない・・・
ビク!と体を走る衝撃で、和仁は目覚めた。
土曜日最後の三時限目の英語は自習で、クラスメイトは思い思いの時間を過ごしている。
文武大付属は完全週休二日ではなく、土曜日は隔週休みで登校日は午前授業のみだ。学校の特色として、専門科の授業や特別授業が多いということと、平日の授業を減らし部活の時間を長くとるための学校の配慮だった。
と後ろの席から、くすくすと笑い声が漏れて来た。
「どんな夢見てたか教えろよ。昨日電話で聞いてきた図書委員長の夢か?おい?」
シャーペンで和仁の背中をつつきながら、後ろの席の戸浦守人が話しかけてきた。
「いや、委員長ではない、です」
「なんで敬語?寝ぼけすぎじゃね?」
「すまん・・・寝る・・・」
そう言うと、和仁は机に突っ伏した。
「なんだい、連れないなあ」
和仁の後ろの席からペンを走らせる音が聞えてくる。
おそらく戸浦は英語の自習はしていないだろう、と和仁は予想する。
戸浦は情報を集めるのが好きで、和仁の予想通り、新聞で気になった記事をノートに書き写しているのだった。
和仁はその軽快なペンの音を寝たふりで聞きながら、ふと、あの日師に言われたことを思い出す。
あの日、師の勘治が放った手刀の打ち込みは和仁の頭上すれすれで止められ、和仁はその場にへたり込んでしまっていた。
そんな和仁に、
「今の手刀を捌けるようになるまで稽古場への出入りを禁止する。次に稽古場に現れた時は手刀が捌けれるものと見なして、止めることはせん。それで命を落としたとしても、わしは稽古場での事故として処理する。考えろ。ぬしには足りないものがある。逃げてもかまわん。それも答えじゃ。もし逃げないのであれば、考えろ。以上である」
そう言うと勘治は稽古場を出て行った。
和仁は師匠に言葉を掛けることもできず、その場にへたり込んだまま動くことができなかった。
チャイムの音が三時限目の終わりを伝えた。
いつの間にか寝ていた和仁は、大きく背伸びをすると帰り支度を始めた。
(師匠、自分はどうすれば・・・)
「よく寝るなあ、おまえは。今日も図書室行くんか?」
と、後ろの席の戸浦が聞いてくる。
「ああ、行こうと思っているけど」
戸浦守人は、席が和仁の後ろということもあり、和仁とよく話す。
お互いなんとなく気が合うのか、高校入学からの付き合いだが、何の気兼ねもなく話せる仲になっていた。
「そしたら俺も一緒に行くわ。ちょっと調べたいことがあってな」
和仁は、「おう」と答えると、戸浦と図書室に向かった。




