九話
(九)
「俺はあんたに殺され続けた。理不尽に何も教えてくれなかった。あんたがやっている事を今度は俺がやる番だ。半年殺され続けたんだ、あんたは一回だけだから俺は慈悲深い」
そう言うと、小太りで髭面の男は左手に持っていた板状の何かを鞘から抜き放つ。
鞘から現れたのはククリ刀だった。
男はそれを体の前でくるくると回しながら左右に動き、じわじわと対峙する男に近づいていく。
対峙しているのは、空手道場で守人の面倒を見ていた柴田だ。
空手道場にほど近い人気の無い公園で会う約束をしていた守人と和仁は偶然、柴田を道端で見かけそれとなく後を付けたのだが、公園とは違う方向へ柴田が歩いて行くので不思議に思い追いかけると、線路沿いの道でククリナイフの男が現れたのだった。
離れた物陰で様子を伺う和仁と守人は助けに入るか迷うが、和仁が一対一ならと成り行きを見守ろうと動かないことにする。
変則的にナイフを回している男を前に柴田は落ち着いていて、すっと腰を落とし左が前の綺麗な前屈立ちでククリ男の正中線を捉えている。
「あ」
和仁が声を漏らすのと同時に、男のククリナイフが柴田の右の前蹴りで手と共に頭上に弾き飛ばされる。
次には、バン!という地面を踏む音に合わせて男の身体がくの字になり、男は地面に倒れ動かなくなった。
空手の本に出てくるような“前蹴りからの追い突き”に守人の身体は総毛立っていた。
「我ら武器術研究会の同志を襲ってただで帰れると思うな!」
柴田の前へ三人、後ろから二人が路地から躍り出る。
男たちの手にはナイフ、ナイフ、ヌンチャク、サイ、トンファーが握られている。
それぞれが癖のある動きで柴田ににじり寄ろうと構えるが、それより早く柴田は前の三人の線路の金網に一番近い男に、鋭く長い踏み込みで左の順突きを鳩尾へ滑り込ませている。
「柴田さん!」
柴田の人間とは思えない速さに見とれてしまっている他の四人が、守人の声に驚き守人に注目する。
振り向くのに合わせて投げられた守人の目潰し玉が、柴田の後ろに躍り出た二人に命中し、唐辛子や胡椒が混ぜ合わされた粉を目に受け痛みで悶絶する。
その間、守人に注意が削がれた柴田に一番近い男が、ナイフを持っている腕を制されたまま右の逆突きに仕留められる。
「フオオオ!」
柴田が倒した先にいる最後の男が、奇声を上げながらヌンチャクを柴田の頭に向けて振り下ろしていた。
柴田は倒した敵が邪魔で懐に飛び込むことができないのを本能的に感じていて後退するが、頭の中では懐に飛び込む像が固まっている為、ほんの一瞬動きが鈍る。
ヌンチャクが柴田の左肩にぶつかった。
ヌンチャク男は超人的な強さを見せる柴田に攻撃を当てる事で強い興奮を感じているようで、頬が緩むのを引き締めようとする気持ちの悪い笑顔になっている。
柴田はヌンチャクが当たった瞬間にも倒れている体をかわすため、横へ移動を始めている。
もう一歩で敵をかわせるところで、気持ちの悪い笑顔が真横に吹き飛んだ。
和仁が走り寄る勢いのまま、前蹴りをヌンチャク男の脇腹へねじ込んだからだった。
「公園、行こうか」
柴田は今起きたことがなかったように静かに言うと、待ち合わせの公園に走り出す。
和仁と守人はそれに習って走り出す。
「今度は戸浦かな?」
先に着いた柴田が公園に守人が付くなり聞いてくる。
「約束組手の初手の中段の型をお願いします」
頭を下げる守人に、
「構えて」
柴田は言うと、先程戦った時と同じように左が前の前屈立ちの構えを取る。
型は追い突きと逆突きを二回繰り返し、最後に受けが受け突きを返して終わるもので、守人は最後まで受ける事が一度もできずに空手道場へ行かなくなっていた。
守人も左が前の前屈立ちを取ると、鋭い息遣いと共に柴田が突き込んでいく。
空手道場のままの型を見せる柴田に、守人の身体は正直に反応する。
今までならば一つ目か二つ目の突きで体制を崩され拳を当てられているのだが、和仁に柔術を習い始めて一か月経つ守人の受けは、理想的な軌道を描いて柴田の突きをいなしていく。
初めて四本目の逆突きを捌き右の逆突きを守人が打ち込み、型を終える。
「突きを打つ時は体を締める事。追い突きの形とって」
守人は思いがけず柴田に声を掛けられて、追い突きの形を取れないでいると柴田が足、腰、肩、などを触って丁寧に正しい形に導く。そうして形ができると、今度は、
「ここ、ここ、あとここ」
と言いながら守人の身体を平手で叩いていく。
叩かれた守人は自分の身体が焼き物のように締り、拳に体の体重が乗っているのを感じていく。
「次、逆突き」
同じように体を叩き、どこを締めなければいけないかを柴田は守人に伝えていく。
「もし、空手の稽古がしたいなら師範に伝えておくから、いつでも来いや。間山君こいつのことよろしくな」
そういうと、柴田は最寄り駅とは逆に歩き出す。
「自分たちもさっきの人たちに会ったら面倒だからバスで帰ろうか」
「そうだな」
バス通りまで歩き始める二人だが、守人は叩かれた体の個所を何度も再確認するのに頭の全てが使われていて歩くのすら煩わしく感じ、
「ちょっと、待ってくれないか。今の柴田さんからの指摘、ノートに書いておきたいんだ」
と言うと、道端でいつも持ち歩いているノートに挿絵付きで一心不乱にペンを走らせ始めた。




