七話
(七)
「右手で上から手首抑えて」
和仁はそう言うと右手を差し出す。差し出された右手を守人は右手で抑え込む。
「守人のやっていた力の出し方はこう」
和仁は手を握り、腕を強張らせて持ち上げようとするが、力がぶつかって持ち上げる事が出来ない。
「空手の受けを習ってないから柔術の力の出し方になっちゃうけど、柔術ならこう」
手刀を作り、体の近くを通って和仁は空手の受けのように手を上げていく。守人は和仁の手首を抑える事が出来ない。
「簡単な理屈なんだけどね。体の近くを通った方が力は出るんだよ」
和仁は良くない動きと体の近くを通る動きを左右で見せると、守人もそれに習って動きを確認する。
「ちょっとやらせてくれないか」
「おうよ」
守人の右手首を和仁が右手で抑えるが、今度はするすると手首が上がる。
「ああ、なるほど。さっきの手解きと手首の軌道は違うけど、力の出し方は同じなんだね、これ」
「お、やっぱり飲み込みいいね」
左右で数回繰り返した後、じゃあやってみようと和仁は間合いを開けて構える。空手のように腰を落として半身で構えるのではなく、手は腰の前に置いて半身にする柔術の構えだ。
「鋭!」
気合一閃。和仁の右拳が守人の喉に伸びてくる。
教えられた軌道により体に引きつけた受けをする為、守人の喉元まで拳が迫るが、拳に触れた守人の前腕は少しよろけながらも拳の軌道を頭上に変えていた。
「じゃあ反対。鋭!」
結果は同じで左の拳も逸らすことができる。
「お?面白そうなことをやっとるのう」
守人が左右の捌きを成功させるのを見計らったように、浴衣姿の老人が立っていた。
「先生、遅くにすみません。道場お借りしていました」
「かまわんよ。で、そちらさんは?」
「自分の学校の友達で戸浦守人君です。戸浦この人は自分の師でじいちゃんの間山勘治」
「初めまして、戸浦守人です」
「よろしく。早速じゃが戸浦くんわしの首元を突いてきなさい」
「え?」
「稽古しに来たんじゃろ?ほれ打ってきなさい」
「え、あ、分かりました」
浴衣姿の老人がいきなり殴って来いと言ってきたことに戸惑いを隠せない守人だったが、和仁の師である事への興味が勝り、どうなってもいいという心境で突きを勘治へ打ち込んでいく。
「ほっ」
軽く声を発して拳を受けた勘治は、拳を大きく丸く受けると、捌く円を急激に縮めて守人の身体を空中で一回転させ、捉えている拳を引き付けて安全に受け身を取らせる。
体育の柔道の授業で教えてもらう受け身の練習では身に着けられない受け身を、勘治に強制的に取らされ、守人は驚く。
「痛くなかったかな?稽古しとれば出来るようになる。またおいで」
そう言うと、勘治はごきげんで稽古場から出て行った。
「じいちゃん、いたずら小僧みたいなところあるんだよな」
和仁は頭を掻きながら、守人を元気づけようと稽古してきた和仁の意向を無視してマイペースに遊んでいった勘治に、師としてではなく困ったじいちゃんなんだよという意味でつぶやく。
「間山、お願いだ、ここに通わせてくれ」
和仁が振り向くと、守人は正座で両手を付いて頭を下げていた。




