六話
(六)
空手道場でぶつかって来る拳は圧倒的な力でねじ込まれ避けられないもので、今の和仁との稽古はそれに比べれば安全で拒絶されているようなものは感じないが、同い年の圧倒的な技量の差にこれから何をしても追いつけないだろうという無力感が身体にもたれかかってくる。
「じゃあ説明するね」
「ん?何を?」
「何をってさっきの自分と守人の“手解き”の違い。あ、今の稽古はうちの道場だと“手解き”っていう技で、古流柔術だと初心者が習う技ね。で、自分が・・・」
と、和仁が“手解き”の解説を始めると、いつもはあまりしゃべらない和仁がどうなってしまったのかと思うほど言葉を次から次へと繋げていく。手に筋を通すのだとか、条件反射を使うのだとか、体にフェイントをかけるのだとか、押しているけど引いているのだとか、体は真っ直ぐ立てるのだとか、その情報量に守人の頭は四分の一も処理することができない。
「間山、ちょっと、待ってくれ。何にもわからねえぞ」
「あ、ごめん・・・」
和仁は、好きな話しを一方的にまくし立ててしまい、友達がしらけている事を表情で気が付き悲しくなった時のような顔になる。
「友達と稽古をするってのが初めてで浮かれちゃったのだと思う。ごめん。仕切り直しで続けてもいい?」
「お、おう」
「ありがとう。守人は頭がいいから初心者っていう感覚が無くなるんだろうね。さてと、じゃあ初心者が一番最初に教わるコツを教えるね。掴まれたら、手を開いて親指を耳に持ってくる動きをしてみて」
和仁は動きを見せると、さっきと同じように守人に手首を掴ませ、伝えたコツの動きで手解きを掛ける。
守人はさっきのように膝立ちの姿勢までは追い込まれないが、和仁の手を止める事はできずに解かれてしまう。
今度は守人の番で、和仁が見せてくれたように掴まれてから手を開き、親指を耳に持ってくる。
すると和仁から感じる力は変わらず強いものだが、さっきより簡単に手を解くことができる。この時守人は、正座をしている脚全体から背骨全体に和仁の力を受けているような感覚が広がっていた。
守人は今まで生きてきた中で、この全身に覚えた力の出し方と感覚は感じた事のないものだった。
「いいね」
「もう一回いいか?」
「何べんでも」
守人と和仁は交互に“手解き”を掛け合う。守人は言われたコツを繰り返し体に落とし込み、和仁はいろいろな形の“手解き”を守人に掛ける。
十数回掛け合うと、
「やっぱり飲み込みが速いや」
と、和仁が言うと、
「次は立って、自分が突きを打つから捌いてみようか」
言われた守人は空手道場での経験が思い起こされて顔が引きつる。
「うちは当てないから安心しろって」
「お、おう」
和仁に言われて頭では安心して顔の引きつりは無くなる守人だが、体はがちがちに緊張していた。
「鋭!」
一畳離れた所から柔術特有の短剣を下から突き込んでいくような動作で、和仁が右の当身を守人の首元に放つ。
一挙動の速い突きに、守人は無意識のうちに空手の上段回し受けで捌こうとする。
守人も空手道場に行っていたのが実を結んでいるようで、受けの拍子は良く、和仁の当身を下から掬い上げるように右前腕が交差する。
しかし、掬い上げるはずの腕は和仁の締め上げられた突きに負け、軌道を変えるどころか守人の身体は崩されてしまい、当身の衝撃を予想した守人の身体は反射で目を瞑っていた。
「当てないって言ったろ」
言われて目を開けた守人はギョッとする。
腕が折られ拳は止められているものの、腕を伸ばせば確実に刺せる位置に和仁の身体は置かれていたからだった。
「相当、トラウマになっているみたいだね。まあ、ちょっと体ゆすって力抜けよ」
和仁はそう言うと、体をゆらゆら揺らして見せる。守人も習ってゆらす。
和仁はこんにゃくを揺らした時のようにしなやかに全身がゆれるが、守人の身体は固く、三つほどの箱が連なっていて揺れているようだった。
「戸浦、硬いなあ」
と、笑顔で和仁に言われ、自分で揺れている体を見ても、確かに硬いと守人自身も思う。
「すごいのは分かるけど、間山の柔らかさは気持ち悪いな」
負けじと皮肉を返す守人だが、和仁のしなやかさに感心する。
和仁が七歳から柔術を始めたことを聞いていた守人は、和仁が積み上げてきたものの高さを果てしなく感じてはいるが、空手道場で感じていた虚無感はいつの間にか感じなくなっていた。




