四話
(四)
「柴田先輩、ククリ刀がすごいんですよ。一度僕らの研究会に来られて威力を体験された方が良いと思いますよ。僕は試し切りをしてからはずっとククリ刀ばかり振るようになっちゃって・・・」
稽古の後、最寄り駅までの道中、ネパールの部族発祥の鉈のような武器を熱っぽく語る髭面で小太りの弟弟子の話を聞きながら、柴田は、
(この男はいつまでうちの道場に通うのだろうか)
と、柴田の通う道場に半年経っても体、技の質が変わる事もなく、目標も感じられない弟弟子にうんざりしながら思う。
一週間ぶりに戸浦守人を駅前で見つけた柴田は、柄にもなく声を掛けてしまっていた。
柴田は他の門人に公表していないが、道場に雇われている師範代のような立場の門人だった。
元々は大きなフルコンタクト系の空手流派に所属しており、ある大会で五位の成績を収め、その時今の道場の師範に師範代として来ないかと誘われた。師範代という形で招かれたのだが、この道場の師範が“真の武としての空手を追求する道場”を掲げており、それを守るために師範代の格で迎えている柴田の立場を他の門人へは公表せず、入門生の人となりを見極め、それを報告する事を師範から求められていた。
見極めるやり方は柴田に任されていた。
横でぺちゃくちゃと武器の事を語る弟弟子との稽古を思う柴田は、躊躇なく拳をぶつけられ失神することが珍しくない稽古を半年受けてもまだ通っているというのはすごい事なのかもしれないと思う。
だが、守人との稽古を思い出すと、柴田はこの弟弟子を追い出す姿勢を変えてはいけないと思い直す。
守人との稽古は、武道歴で圧倒的な力量の差がある柴田の拳を何とかしたいという気概が感じられるものだった。
武道を続けていると必ず壁に突き当たる。
あるものはその壁を壊そうとし、あるものは観察をし、あるものは乗り越え、あるものは壁の弱点を突き崩し、あるものはわき道にそれて行く。
道場はここが初めてといった守人は、壁を観察し、超えられるよう体を鍛え、ぶつかれば失神する拳を反らそうと逃げずに立ち向かってきていた。
二週間。
普通に武術をやる人間には、たった二週間では何もわからないだろうと、皆あざけるだろうと柴田は思う。
しかし、この自分の横で武器についてよくしゃべる、柴田の拳を恐れ、自分の分かる範囲でやられないように壁から逃げ回る弟弟子では、絶対に出来ない稽古を、武道を初めて五日目の守人はやり始めていた。
だからこそ、駅で守人を見かけた時、声を掛けていた。
「その武器研究会では、試し切り以外どんな稽古をするんだ?」
「スポーツチャンバラのような稽古もしますが、試し切りがほとんどですね」
「拍子の稽古というか、型稽古とかはしないのか?」
「拍子とか結局型稽古の中でしか成立しないものですよ。それならスポチャンをやった方が良いって研究会のみんなは考えていまして、型稽古はやりませんね。自分はそこら辺を色濃く感じたくて先輩と同じフルコンの道場に通い出したんですけどね。先輩には勉強させてもらってます。だから少しでも恩返しじゃないですけど、自分らの研究会に来てほしいんですよ。どうですか?」
「そうか、とりあえず気持ちは受け取っておくよ。考えておく」
「嬉しいなあ。ぜひ。話は戻るのですが、僕の見立てでは日本刀よりククリ刀の方が威力は出るように思いますね。日本刀は技術力を相当必要としますけどククリ刀は・・・」
柴田の“拍子の稽古”の質問がどういう意味を持つのかなど毛ほども理解できていない髭面小太りの弟弟子は、一目置く空手の兄弟子が興味を持ってくれたと思い武器語りに拍車がかかる。
二週間、されど二週間。
武器話を聞き流しながら、去って行った人間を思ったところでどうしようもないと柴田は思う。
来るものは拒まず、去る者は追わず。
道場の鉄則だ、と柴田は思う。
しかし、口では型稽古で拍子を感じたいと言いながら、出発点にも立てていない横の弟弟子に、今以上に追い詰めなければならないのかとこれからの稽古の事を思い、柴田の心はさらに憂鬱になっていった。




