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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
短編 「友の選択と稽古と兄弟子」
23/66

三話

 (三)

 「わしはこんなことしか出来ん。理論は実践せにゃ何も分からん。なにかの武術の道場に行かなきゃお前の気持ちは晴れんと思う。まあ、がんばれや。あと茶漬けはよく噛むんじゃぞ」

 昨日は夕飯を食べる以外、祖父の雅人と資料を読み漁りノートをまとめる守人だったが、いつの間にか寝てしまったようで、気が付くと鮭のお茶漬けが勉強机になっていたちゃぶ台に用意されていた。

 茶碗を手に取り中の具をのぞいて、はっとする。

 守人は巻物や書物を汚してしまうのではないか心配になる。

 見回すと守人のノートも含め部屋の隅に片付けられていた。

 それを見てほっとした守人は、箸を取りお茶漬けをすすりだす。

 水も飲まずにノートをまとめていた守人の身体に温かいだし汁が沁み込んでいく。

 最初こそゆっくり噛んで食べていた守人だったが、体が起きてきたのか気が付けばろくに噛みもせず飲み込むようにお茶漬けを流し込んでいた。

 守人は食器を台所へ片付けるついでに作ってあった麦茶を一杯飲み、昨晩に中断していたノートのまとめの続きを始める。

 縁側では祖父の雅人がタバコを燻らせながら本を読んだり庭を眺めたりしている。

 「じいちゃん、俺帰るよ」

 「もういいのか?」

 「ヒントは一杯もらったよ。道場探してみるよ」

 「そうか」

 心配そうな顔を見せる雅人だが、守人の気持ちを思い出して、

 「がんばれや」

 と、孫と接する口調から、一人の男として扱う口調に切り替えて言う。

 それが嬉しくて、守人は照れて目線を庭の風景に逃がす。

 「戸浦か?道場行くのか?」

 守人はビクッと声のする方に振り向く。

 守人は自分が行き交う人たちを見ながら、駅で友達と待ち合わせている事を完全に忘れて道場に通うきっかけになった最近の出来事を反芻することに夢中になっていた。

 そこに行かなくなった道場で組になって稽古をした先輩の柴田が、冷や水を掛けるように声を掛けて来ていた。

 これから初めての分野へ挑戦することに期待と不安を抱えて道場を探すことになる記憶に身を任そうとしていた守人には、夢から現実に叩き起こされるような感覚とばつの悪さで、皮膚は冷たく体の中は熱いものが這い回るような不快感が身体を覆っていた。

 何も言えないでいる守人を柴田はじっと見つめる。

 目の奥を真っ直ぐ見つめられ、守人は自分が何を考えているか覗き込まれているような感覚になる。

 「お前の決意はそんなものだった、って事でいいんだな?」

 守人の身体は柴田の言葉にいちいち反応して、腹の中の熱がうねり暴れまわる。

 柴田に煽られ、いたたまれなさで守人の頭は今の自分を言葉にしようとフル回転する。

 怒りなのか、悔しさなのか、子供のように泣き叫びながら走り出したい衝動を抑えていると頬に冷たいものを感じ、手で拭うと冷汗をかいていた。

 「あれ?柴田さん、お久しぶりです」

 声のする方に柴田と守人は顔を向けると、守人と待ち合わせていた間山和仁が二人に向かって歩いて来るところだった。

 「ああ、間山君、その節は」

 「柴田さん、戸浦と知り合いなのですか?」

 「道場で稽古した仲でね。二、三聞きたいことがあったが、君と交友があるなら安心したよ」

 柴田はそう言うと、別れの挨拶もせず歩いて行ってしまう。

 「そっか・・・」

 何かが分かったかのように、去っていく柴田の後ろ姿を見ながら和仁はつぶやき、

 「柴田さんは厳しい人だけど優しい人だね」

 と、和仁に声を掛けられても守人は反応できない。柴田が去り圧力が無くなり楽になった守人だが、柴田に突き付けられた言葉が残っていて考えているような、呆然としているような状態になっていた。

 心ここにあらずの守人を見て、和仁は守人の肩をたたきながら、

 「ま、柴田さんと何があったかは後で聞くとして、時間ないし映画見に行こうか」

 と、明るく声を掛ける。

 「お、おう。行こう・・・」

 映画の内容は、元殺し屋が愛犬をチンピラに殺され復讐をするアクションもので、守人の横で和仁は静かだが目をキラキラさせて興奮しているのが分かる。

 今までのガンアクションには無い動きに守人も驚き楽しんではいるが、頭は冷めていて映画半分、自分の心の整理半分といった心持だ。

 映画のストーリーに感化されてか、

 (俺は復習したかったんだ)

 と守人は思う。

 (最初にのされた空手家に復習したいのか?)

 という自問に守人は、違うと思う。

 (じゃあ、何に復習したいのか?)

 守人の頭の中にコマ送りで、自分がのされた時の映像が流れ始める。

 十メートルはあるだろう距離にジャージ姿の二人組が立っている。

 一人が腰を落とした次の瞬間、左半身の腰に拳を溜めたジャージ男の身体が目の前にせまっていた。

 驚いた守人はとっさに腕を顔の前に挙げたが、腕の隙間を抜けて真っ直ぐ口のあたりに拳が伸びて守人の視界は停電でも起きたように真っ暗になる。

 守人はこの瞬間に復習したいのだと分かる。

 コマ送りの一瞬を感じ取れていても、為す術なく拳を受けてしまった自分に復習したいのだ。

 拳が見えているのに何もできなかった自分に復習したいのだ。

 守人は悔しかった。

 映画は、愛犬を無くし生きる価値を復習に見出す殺し屋と組織を壊滅させられたチンピラの親玉が雨の中で最後の戦いをしている。

 戦いは相打ちで終わり、殺し屋と親玉は倒れる。

 雨に洗われていく殺し屋の身体に、一匹の野良犬が近付き首元をなめる。

 急所が外れていたのか殺し屋は立ち上がり、雨の中野良犬と歩いていくシーンで映画はエンドロールを迎える。

 守人はエンドロールを見ながら、自分はどうしたらいいか分からないもやもやを抱えたままだった。

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