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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
2/66

三話・四話

 ㈢

 昼休み、弁当を食べ終わり、黒は教室から見える校門から延びる並木を、頬杖をつきながらぼーっと見ていた。

 「くろっち、どうしたの~」

 そこに幼馴染のクラスメイトで親友の相川春香(あいかわはるか)がいつの間にか隣の席に来ていて、黒の脱力していた気持ちに拍車をかけるようなおっとりとした声で話しかけてきた。

 「春香ってほんと癒し系だよね」

 黒はだるそうに春香のほうへ顔を向け、力なく机に頬をつけて答える。

 「そんなことないよ~、友達が窓の外をぼーっと見てたから話しかけたくなっただけだよ」

 「サンキュー。ねえ、春香はこの世に運命の人がいるって思ったりする?」

 「運命の人?」

 「そう、なんかこう、目が合っただけでキスしちゃいそうになるような・・・」

 「どうしたの~?いつものくろっちはそんなこと考えないのに。なにかあったの?」

 「え!いや、何となく思っただけだよ!」

 黒は勢いよく体を起こして焦っているのを隠すように顔の前で勢いよく手を振った。

 「隠しても駄目だよ~、私にだって分かるんだから~。何があったか言いなさい」

 おっとりとした動きで春香は胸を張る。

 黒はそれを見て振っていた手を止め、膝の前で指を組む。それを見ながら黒は言いにくそうに話しだす。

 「あのね、その・・・この前図書室でね・・・成り行きっていうか、その、キスはしてないよ・・・なんていうかしそうになったって言うか・・・」

 胸を張っていた春香はその姿勢のまま首をかしげて?マークを出し黒が落ち着くのを待つ。それを見て黒は一呼吸置いてから図書室で起こったことを春香に最初から説明した。

 「じゃあ今くろっちは、名前も知らないし、話したこともない男の人とキスしそうになって、混乱状態なんだ~」

 「まあ、だいたいそんなところね」

 説明を終えた黒は、また顔を春香に向けて机に頬を付けた脱力姿勢で、気の抜けた声で答える。

 「でも、なかなか無い事だよ~。だって目があっただけで恋に落ちてキスしそうになるなんてさ~」

 「いやいや、それが、すんごいイケメンなら分かるんだけど、思い返してみるとそんなイケメンでもないし、なんでああなったか分からないのよ。はあ~私おかしくなっちゃったのかな」

 「恋をしたら誰でもおかしくなるんだよ~」

 「だから、思い返してみても全然ときめかないのよ~。わけわかんないよ」

 「素直にならなきゃ幸せになれないよ~。そういえば~、なんか名前の手がかりとかわからないの?」

 「それがね・・・」

 黒は鞄から生徒手帳をとりだした。

 「彼が出ってからしばらくぼーっとしていたんだけど、その後気を取り直して帰ろうとしたら落ちていたの」

 春香が生徒手帳を受けっとって、背表紙の名前の場所を見る。

 「1年5組、間山和仁だって~。同じ学年の人だね~」

 「なんていうか、図書室で黙々と本を読んでるだけなら、まあどうって事ないんだけどさ。でも、面と向かって生徒手帳を返すとなると、なんていうか、気が引けるのよね・・・はあ~」

 「あぁ~、やっぱりクロっち、恋する乙女になってるよ~」

 「だ~か~ら~、そんなんじゃないって~」

 黒は机に頬をつけたままの姿勢で、顔の前で手をひらつかせて否定する。

 「うだうだ言ってても始まらないよ~。私がひと肌脱ごうじゃありませんか。そしたら善は急げだよ~」

 そう言うと黒の手を取って、春香はルンルン気分を全身で表現しながら黒を引き連れて五組に歩き出す。

 春香はいつも冷静で成績優秀な黒の浮ついた様子を見るのがよほど嬉しいようだ。

 「ちょ、ちょっと春香~」

 春香に手を引かれる黒は、

 (生徒手帳はいずれ返さなければならないわけだから)

 と自分を納得させ、

 (ここは春香に任せてみよう)

 と親友のおっとりとした性格に似合わない行動力に頼ることにした。


 ㈣

 「悪いが勝負してもらう」

 体育館裏の全く人気がない所に、間山和仁と虎を思わせる風体の男が対峙していた。虎男は顔も虎だが、180センチを超える体も虎のような太さだった。

 「なんか、やばい雰囲気だね」

 と黒が柱の陰から和仁達の様子をうかがいながら春香に呟く。

 「お友達じゃなさそう・・・だよね?」

 黒の背中にぴったりと寄り添い、争いとは無縁の春香であるが、男達の普通ではない空気を感じて答える声が震えている。

 さて、黒と春香がなぜこんな場面に出くわしたかと言うと、間山和仁の生徒手帳を返しに五組に向かった黒と春香であったが、教室に着いて近くの男子に和仁を呼んでもらうと和仁は教室には不在で、一緒に弁当を食べたクラスメートで黒と相川の中学からの付き合いの戸浦守人(とうらもりと)へ、

 「体育館裏に用事があるから」

 と言い残して出て行ったとのことであった。

 そこで、黒と春香は興味を覚えて体育館裏に様子を見に来たところ、和仁が虎男と対峙していたのであった。

 虎男が軽くステップを踏み出した。

 黒と春香は固唾を飲んで成り行きを見る事しかできない。

 虎男の構えはフルコンタクト空手特有のものだが、拳の位置が高めになっている。虎男はなんでもありの喧嘩に合わせてガードを高めにしているのだろう。

 「あの、勝負だなんて、止めましょう」

 和仁は引け腰で両手を前に出して戦いたくないことを表現する。

 しかし、虎男は和仁の意に介さず、す、す、と間合いを詰めていく。

 「やめ・・・」

 和仁の言葉を断ち切る右の突きが、和仁の前に出している手の間をぬけて顔を襲う。

 和仁は反射的に左手で虎男の拳を、左手で右肘を捉え、下から拳を反らしながら腕を取りに行く。が、虎男の腕、腕から伝わる体の力は鉄を思わせるそれで拳は止まらない。

 拳が顔にぶつかった。

 瞬間、和仁は小さく「くっ」と呻くと向かってくる力に添って首を振る。

 虎男が拳を引き戻すと同時に追撃の姿勢に入るが、そこには和仁の体はない。

 「目は良いようだな。それに力の使い方も上手い」

 殴られた力を殺せないと感じた和仁は逆に腕にぶら下がるように力を掛けながら顔に当たる力も使って、虎男が一息では詰められない間合いを取っていた。

 しかし、和仁には地面が迫ってくるような感覚に襲われ、体を支えるのでやっとだ。

 「力を殺しきれなかったようだな。もう少し試させてもらおうか」

 虎男からの圧力が膨らむ。

 和仁の中に、一歩足を引きたい、という気持ちが広がる。

 (だめだ・・・)

 「先生‼こっちです‼」

 和仁が圧力に負けて足を引いたのと、黒が精一杯の声で叫んだのが同時だった。

 虎男は小さく舌打ちをすると、あっさり背中を向け走り去った。

 「大丈夫ですか⁈」

 虎男が去ったのを見て、黒が駆け寄る。その背中にくっついて春香も続く。

 和仁は、引いてしまった足を見ながら歯を食いしばり、悔しそうに体を震わせる。

 「あの、だいじょうぶ、ですか?」

 「あ、図書室の」

 身を震わせていた和仁が、ハッとしたように黒に向き直る。

 「あれ?先生がいない?のですか?」

 「先生って言ったのはウソだよ。何かしなきゃって考えていたら、さっきの言葉が浮かんだから、叫んでみたの」

 和仁に向けてVサインを出しながら、得意気な図書委員長。

 「あの、助かりました。あの時声を掛けてもらえなかったら、あの後どうなっていたかわかりません・・・」

 そういうと和仁は、腕を組んで考え込んでしまう。

 黒と春香は顔を見合せて首を傾げ合う。

 和仁は女子二人のいることを忘れてしまったかのようだった。

 「クロっち、生徒手帳」

 「あ、そうだね」

 考え込んでいる和仁に、黒はためらいながら話しかける。

 「あの?あんなことが起きた後でなんだけど、これ、返そうと思って私達来たの」

 黒は生徒手帳を和仁に差し出す。

 「え?あ・・・」

 和仁は生徒手帳が入っているはずの、胸の内ポケットを確かめる。

 「ほんとうだ、ない。今渡されるまで無くしたことに気付きませんでした。ありがとうございます。あなたには助けられてばっかりですね」

 恥ずかしそうにうつむき、ぼそぼそと話しながら頭を掻く和仁。

 「いえ」と答えて黒もうつむく。

 「あ、血が」

 春香が和仁の口の端を震える指でさした。

 「え?あ、切れていましたか。これじゃあ、とて・じい・・・には会い・・けないや・・・」

 和仁は指で血を拭きながら、言葉の後半をごにょごにょと聞き取りにくい声で呟いた。

 「え?最後なんていったの?」

 「あ、気にしないでください」

 今までのハッキリしない態度を振り払うかのように、努めて明るい笑みで和仁は答える。

 「そう。じゃあ気にしないことにするよ。受け応えも普通だね。殴られたから心配したけど、生徒手帳も渡せたし、私たちこれで行くね」

 そう言うと、闘いを見て貧血気味の春香を連れて黒は教室に帰って行った。

 和仁は、黒と春香が去って行くのを見送った。

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