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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
15/66

三十話・三十一話

 (三十)

 戸浦守人は焦っていた。

 和仁が差出人不明の手紙で女子高生を助けたと聞いてから、情報が足らないと強く感じるようになっていた。

 もちろん、守人はそれ以前からも自分なりに色々な方法で情報を得ようと動いている。

 地道ではあったが、和仁が体育館裏で襲われてからそれとなく黒と春香の周りを警戒していたのは正解だった。

 数日後から体の太さから明らかに何かスポーツか格闘技をやっている人間が、黒と春香の後を付けるようになり、不審に思った守人が二人を付けていたため黒と春香を助ける事が出来た。

 しかしそれ以来、相手は目立った行動を取る事が無くなってしまった。

 守人は極力表へは出ずに和仁に起こっている事を調べたいと思っていたが、こうなってはそうもいかなくなってしまった。

 予想の範囲を超えない憶測も含めての情報だが和仁、黒、春香に伝え、四人で行動した方が守人にはいくらか安全に思えた。

 それから守人は生徒会の田沼、近藤、沖村に和仁の置かれている状況を伝え協力を仰いだ。特に沖村とは密に連絡を取り、微力ながら飯島恋の事件では情報収集に協力したりした。

 和仁、黒、春香からの聞き取りで分かっている虎男の存在、これを抑えないとどうなってしまうか分からないと焦りが募る日々の中、守人は学園のうわさ話、沖村の聞き込み、ネットを中心に情報の中から虎男を掬い取って行く。

 意外だったのは、ネットで文武大付属というくくりで虎男の特徴を適当に打ち込み検索を掛けると、驚くほどの量の検索結果が出てくることだった。特にネットのうわさ話が集まる掲示板では、五年前から格闘技関係の部活、同好会を中心に“エースの誰それが喧嘩で怪我をした”や“実力者のだれだれが襲われた”などの書き込みが始まり、やったのは虎のような男だというので一致していた。都市伝説のようになった虎男のうわさ話も入り混じり、“虎男の手刀を受けた者の腕がちぎれた”“前蹴りを受けた者が十メートル飛ばされた”“虎男の拳が身体を貫いた”などなど。

 虎男の行動を予想するために虎男が関わったであろう事件を、時系列でまとめるのは困難を極めた。

 ネットの情報に虎男の行動の核があると思っていた守人だったが、情報の取捨選択に疲れ、しばらくやっていなかったライフワークの新聞のノートへの転写を息抜きに見返した時、落雷に打たれたような衝撃が身体を走る。

 三年前、栗林工業地帯の六割を占める重機メーカーの労働組合と経営者側の抗争が激化し負傷者を出す衝突が起きた。その衝突が起きる三日前、労働組合の幹部が何者かに襲われ、それが火種となり衝突が起きるだが、この衝突のきっかけとなった事件の負傷人数とけがの様子が掲示板の虎男の暴れた内容と一致していた。

 これは、と思った守人は、表計算ソフトで虎男のやったであろう具体的な数字や様子と、新聞記事など違うネット情報の数や情報とが合致するものを洗い出す検索プログラムを組み、検索を掛ける。これは忍者の末裔を名乗る祖父から教わったやり方だった。照らし合わせたい情報が二重三重と重なる場合この方法は重宝する。中学の時に祖父に情報の集め方を叩き込まれた守人は、これを知った時は心底震えた。

 そして、検索結果を見た守人の体は総毛立っていた。

 暴動、抗争、犯人不明の恐喝事件、傷害事件の中に虎男の数字が見え隠れしていて、検索結果の全てではないとしても、虎男の不気味さを知るのには十分だった。

 守人は一つ一つの事件の被害者加害者の関係性から、どんな団体が虎男を雇っているか調べて行くが、ある時は右寄りな思想団体、ある時は左寄りな会社、ある時はリベラルを主張する指導者を守っていた。

 共通するのはそこに暴力があり、虎男は正義、悪、関係なく暴れているという印象だった。

 そうこうして睡眠時間を削りながら虎男を追いかけていた守人だが、和仁に手紙が届き女子高生を助ける事件が起きてしまう。

 虎男の目的からして虎男が戦わなくても、実力が知れている者が和仁と戦えば目的は達成されるだろう、と守人には予想できる。

 守人が和仁に戦った時の状況を詳しく聞くと、ムエタイ使いとの戦いが引っ掛った。

 技のキレ、威力、が凄く、何とか制することが出来たが最後の攻防でもしかすればやられていたかもしれない、と和仁は語った。

 ムエタイ使いがそこに居たのが、偶然か必然か分からないにしても、虎男がそのムエタイ使いを知っていて、和仁がムエタイ使いに勝ったという事実が分かれば大きな成果だろうと守人は思う。

 しかし今回の手紙を出した者の意図が分かったところで、虎男の現在の活動がまったくわからない現状では、未然に防ぐことなど夢のまた夢で、後手に回っている事が守人には歯がゆく焦りを募らせた。

 その日も何事もなく四人での下校を終え、自分の部屋にこもり虎男の情報を漁っていた守人だが、ある検索結果のURLを開くと時間と場所の情報だけが書かれた掲示板の書き込みだった。そのあと関連する検索結果を開くと、“道場”という言葉と時間が書かれた掲示板の書き込みが開かれる。検索プログラムによって時間が共通情報として認識されて、守人の表計算ソフトへ結果としてまとめていられたようだが、掲示板の書き込み日時が二年も開いていた。

 場所のリンクを開くと栗林工業地帯のある工場施設の中にある建物が指示されている。

 守人は何かの罠かとも思ったが、虎男の動向を掴みたい気持ちには勝てず、現地へ行って調べてみようと思った。



 (三十一)

 守人は検索で引っ掛かった場所に来ていた。

 そこは重機を製造する天井クレーンや溶接機などが並ぶ巨大な建屋の横にある、三十畳ほどの会議室のような木造の小屋で、守人は工員と同じ作業着姿で終業時間三十分前に工場へ忍び込んでいた。

 今は草が生い茂る建屋と小屋の間の一メートルほどの隙間に身を潜めて、ネットの掲示板に書かれていた時間が来るのを待っている。

 焦りからどんな些細な情報でも確認していこうとこの場に来た守人だが、守人のような検索を掛ける珍しい人間をおびき寄せる為に仕掛けられた罠に思えて、誰もいないうちにこの場から立ち去った方が良いのではないかと、心の中で葛藤が続いている。

 時刻は午後八時過ぎ。

 建屋の中では納期に追われてなのか、こんな時間にもかかわらず溶接の火花が散る音やグラインダーで金属を削る音が遠くから響いてきている。

 守人の葛藤に作業音が添えられて思考の堂々巡りに拍車がかかるが、会議室の鍵を開ける音が守人の思考を停止させる。

 それを皮切りに守人と同じ作業服の男達が集まりだし、三十人ほどが掃除と準備体操を始める。時間までまだあるが、古びた木枠の薄いガラスの窓から中を覗くと虎のような男は居なかった。

 そのままネットに書かれていた八時半になり、空手着やジャージ、下は作業着上はシャツなど、思い思いの格好で空手の稽古が始まる。

 「いち!にい!さん!し!」

 「ごう!ろく!しち!はち!」

 準備体操から始まり、基本動作、左右の正拳突き、二人での組手へ進んでいく。

 空手の稽古風景を見たことがない守人だが、普通の会社内にあるクラブ活動に思えた。稽古が始まり三十分もすると全員汗だくになり、外で見ている守人にも熱が伝わってくるようだ。

 「押忍!」

 稽古の流れを止める不自然なタイミングで一人の門人が声を上げると、それに習って他の門人も次々と「押忍!」と声を張り上げる。

 守人は声を受ける人間を見て、背中が総毛立つ。

 声を受けながら、虎男が会議室に入って来ていた。

 「二人組になって、一人は逆突きの構えを取れ」

 「押忍!」

 虎男が入ってきた事で明らかに道場の空気が変わったのが守人にも感じられる。今までを真面目な運動部のような活気と熱だとすると、今は全員が真剣で稽古を始めたような空気だと守人は感じる。

 「しっかりチンクチを掛けろ。もう一人は体が締められているか確認してやれ。五分したら交代。はじめ!」

 「押忍!」

 どんな危険な稽古が始まるのかと怖いもの見たさの好奇心が起きていた守人だが、一人が構え一人が身体をパン!パン!と叩くだけの稽古で拍子抜けを食らう。近い将来この稽古の意味が痛いほど分かる経験を守人はする事になるのだが今は知る由もない。

 稽古自体は、これを交代しながら繰り返し、三十分ほどで終わりの挨拶をすると、全員帰り支度を始める。

 「ありがとうございました」と各々会議室を後にしていく門人だが、虎男が窓のない簡単な炊事場に引っ込むと三人の門人が後に続く。

 守人は終業時間からこの時間まで潜んでいたわけではなく、工場の下見と会議室の中に忍び込んで盗聴器を仕込んでいた。

 稽古の虎男の様子から自分がここにいるのがばれていない事で余裕が出た守人は、忍者の秘伝書に書かれていた事を試してみようと思いつく。

 それは変わり身の術のようなものなのだが、変わり身になる物は木の人形などではなく、人間のイメージだと秘伝書に書かれていた。のぞき見や盗み聞きしている時、自分自身は違う場所で事に及ぶのだが、少し離れた場所に聞き耳を立てる自分の様をイメージしておくと、優れた武芸者はそのイメージに引っ掛かり逃げる隙が生まれると書かれているのだ。

 もし虎男が優れた武芸者なら、守人はもうばれてしまっているはずでやる必要はないのだが、知っている事を試したい気持ちが勝っていた。

 守人は木の壁に耳を当て盗み聞きする自分のイメージを作り、その実、建屋の壁に体を預けながら会議室と炊事場に仕掛けた盗聴器のチャンネルを炊事場に合わせ盗聴を始める。

 「あの、計画だが何か質問はあるか?」

 守人のイヤフォンに、虎がしゃべったらこんな声なのではないかと思わせる声音か入って来る。

 「後ろからの攻撃は良いのでしょうか?」

 「それで仕留められるなら、それまでの男という事だろう」

 「押忍」

 何かの襲撃の手はずだろうか、他の三人からいくつか質問が出るが、主語がなく進む会話に守人は要領を得ない。

 「さて・・・入門希望かと思っていたが、今の会話を聞いているというのはどういうことか説明してもらわなければならないか」

 一通りの会話が終わると静かに虎男が言う。脈略の無い言葉に守人の頭は混乱する。

 (まさか)

 と守人が思った刹那。

 バキ!

 守人がイメージを置いていた厚さ二センチほどの木の壁が吹き飛び、足が出て引っ込む。

 「捕らえろ!」

 「押忍」

 外に聞こえてくる声で虎男が激を飛ばす。

 守人は恐怖で竦む体を感じながら、全力で逃げ始めていた。

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