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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
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二十八話・二十九話

 (二十八)

 重い体を引きずりながら路地の角まで進む小林は、体が悲鳴を上げているのとは裏腹に心は踊っていた。

 これから映画を見る時のような、友達と街へ遊びに行くため駅で待ち合わせしている時のような、期待と好奇心が折り重なったような気分であった。

 路地の角に着き小林が目にしたのは、宙に体が浮き脚で扇の形を描きながら地面に叩き付けられる仲間の姿だった。

 叩き付けられた不良はのけ反ったあと体を丸め強い痛みに耐えるように目を強く瞑って動かない。

 残りの不良はあと六人。

 和仁が三人の不良を倒すのが速かったため、女子高生を壁に四人で押しつけこれから事に及ぼうとしている不良達とそれを壁に寄りかかりながら見ている二人の不良達は、首だけを和仁に向けて今起きた事を理解するまでの少しの間、その場の時間が止まったようになる。襲われている女子高生ですら不良達と同じように顔を和仁に向けたまま止まってしまっていた。

 壁に背を預けていた二人のうち和仁に近い方の不良が、おもむろにポケットから手を抜きながら壁から背中を離すと、抜いた右手には四角く細長く穴が均等に開いた鉄の棒が二本並んだ物が握られていた。

 その鉄の棒を不良が手の中でカチャカチャと二回転三回転させると、棒が繋がっている部品から刃が生えていた。

 不良が握っていたのはバタフライナイフだった。

 それを見た女子高生に群がる四人の男は、行為の続きを始める。

 女子高生の悲鳴を手で押さえる音を背に、ナイフを握る不良は背中を丸め右半身で切先を和仁に突き付けながらジリジリと間合いを詰め始める。

 人が人と戦うとき、間合いを先に詰め始めた方が有利になる。詰められる方は相手の出方を見てしまい、先に動いた相手の動きを目で追ってしまう。そうなると先に動いた方が有利な距離から有利なタイミングで攻撃が仕掛けられる為、詰めている方は余裕がある。武術ではこの攻めている側の状態を“先を取る”という。

 しかし和仁は、散歩でもするかのようにスタスタとナイフを向ける不良に歩き出していた。

 間合いを詰めている不良は自分のペースで距離を詰めていたのが、急に間合いが縮まる速度が変わって頭が混乱するが、

 「う・・・この!」

 不良は混乱する頭を、“間合いに入ったら切るのは一緒だ”と、間合いに入った和仁の左腕を斬りつけた。

 瞬転、切りつけたはずの不良の右腕は小さく振りかぶった場所で和人の左手に止められて、不良の右手首の内側を和人の左手が握っていた。握られてはいるが人差し指と親指は真っ直ぐ伸ばされている。それだけ見ると、人差し指と親指で作る古いチョキを形造っていて、あとの指で掌を握っているような形だ。

 同時に和仁は右足を出し不良の肩口から鳩尾にかけて肘から先の腕を当て、社交ダンスのように不良と一緒に90度左ターンをする。

 ターンで体が崩された不良に和仁は体を沈めながら容赦なく腕を振り下ろす。

 凄まじい勢いで後頭部から地面へ叩きつけられた不良は白目をむき気絶した。

 と、片膝を付いている和人の頭に、壁に寄り掛かっていたもう一人の男がいつの間にか近寄り蹴りを飛ばしていた。

 その蹴りを和仁は辛うじて腕で受ける。

 体を横たえたままの小林は、和仁が蹴りを受けたのを見た時に違和感を覚える。

 蹴りを受けた和人の体がふわっと浮き上がったように小林には見えたからだった。

 浮き上がった和仁はそのまま一歩、二歩と下がり、両手を腰の前にゆるりと下ろし右半身で構える。

 和仁を蹴った不良はムエタイを習っているようで、前に出した左足でトントンとリズムを刻みながら和仁に詰め寄る。

 和仁は動かない。

 ムエタイの不良が左脚で前蹴りを出す。牽制の蹴りだが体重が乗っているため受け損なえば体ごと飛ばされる蹴りだ。

 和仁は左手で丸く蹴りを受けるが、受けた手を中心に和人の体が不良の左側面に回り込みながら浮き上がったようにかわしている。

 ムエタイ不良は体重の乗せた攻撃を二回とも和仁にふわっと受けられて、気持ち悪い感覚が体に広がっていた。

 ムエタイ不良はバックステップして距離を置くと軽くジャンプして体の感覚を取り戻し、もう一度左足でリズムを取りだす。

 す、す、と、あっという間に二人の間合いが詰まる。

 間合いが詰まると、躊躇なく和人の顎に向けてムエタイ不良の肩口から矢のように伸びる左のジャブが放たれる。

 しかし、このジャブはおとりで不良の本命の攻撃は右足のローキックだ。

 打撃系の格闘技が最も得意とする“対角の攻撃”だった。打撃になれない人間は、左のジャブに気を取られ左のジャブの対角になる右のローキックを避けることが難しい。

 ムエタイ不良は今まで“対角の攻撃”でケンカ自慢達を何人も沈めて来ていた。

 自信に満ちたローキックだった。相手がジャブを右にかわそうが、左にかわそうが、下がろうが、入ってこようが、ムエタイ不良の左のジャブが虫の触角のように相手を捉えて、ローキックの軌道を自動的に修正する。

 そういう練習をムエタイ不良はやって来ていた。

 だから、一対一のケンカでこの技を使えば負けることはなかった。

 ムエタイ不良の左の腕が伸びるのに合わせて和人の右手刀が内側から当てられ、すっとジャブの軌道が外に逸らされる。

 当てられた和人の右手刀から、和仁が前に出て来ることがムエタイ不良の腕に伝わる。

ムエタイ不良の腰が後ろに下がり、前に出て来る和人の膝の上にムエタイ男のローキックが振り下ろされる。

 が、和人の体が前に出る速さがキックの捉えられる速度より早く、ムエタイ不良のローキックは一番力が乗るポイントをずらされ力が乗らない。

 和仁がムエタイ不良の体にぴったりと寄り添うと、和人の右手刀は不良の左肩、左手刀は右胸に当てられ、次の瞬間に不良は地面へ左体側から崩され倒されていた。

 そこから和仁は倒した不良の左肩口に座り、右腕を不良の首の後ろから回し左襟を取る。取った襟を絞り上げると左肩が浮くが、肩を右膝で押さえこみ左手で不良の左腕を絞り極める。

 ムエタイ不良は少し暴れると、糸の切れた人形のようにあっさりと気を失った。

 その場にいた他の六人は、ムエタイ不良の磨がれた鋭い動きに、和仁のゆったりと吸い込まれるような流れる動きに完全に魅了され、この異常な状態の中で全員が観客になっていた。



 (二十九)

 その日、和仁はいつもの三人と別れて家に帰ると、一通の手紙がポストに入っているのに気が付く。

 内容は、先日飯島恋を救うために行った作戦で和仁が戦った広田力の取り巻きたちが、街で何かを起こすだろうとの予想が書かれた手紙だった。

 差出人は書いていない。

 (これも何かの巡り合わせだろうか・・・)

 小説を読み、自分が出来る事を考え、答えを出すとすぐ生徒会長の田沼からの要請を受け、初めての実戦を経験したこの数週間が、送り主の分らない手紙を読んだ和仁の心に疑問を抱かせずに受け入れさせるのには十分な出来事であった。

 そして、和仁は夜の街で不良達を見つけ、不良達が女子高生を襲うと躊躇なく不良達を襲った。

 不良達を蹴散らし女子高生を逃がした後、逃げるように帰った和仁は、風呂に入りながら、晩御飯を食べながら、ベットに横になりながら、自分が不良達と戦った今さっきの出来事が頭を占領して他の事が何も考えられえなくなっていた。

 一晩明けてもそれは変わらず、和人の頭の中で不良達と戦った時の光景が再生されて何をしていても上の空だ。

 放課後の図書館で新しく読み始めた本の続きを幾ページも読まずに、視線をいつも座る大きな四人掛けの円卓の真ん中に向けてぼーっとしてしまう。

 受付カウンターの中で本を読んでいた黒が、本の内容に一区切り付いたようで和仁に目を向けると、前に見た時と変わらない姿勢の和仁に驚き、

 「どうしたの?」

 と、声を掛けていた。

 黒は、和仁に声を掛けた後で、あっと、要らぬ事を聞いてしまったのではないかと心配になる。

 それと言うのも、体育館裏での事と佐々木公園での襲撃事件から一緒に帰るようになり、最初の頃と比べてお互い親密になっているものの、初めて会った時のことがあるせいで二人の時は気を使ってほとんど言葉を交わさないのが常だったからだ。

 少しの沈黙の後、

 「それが・・・昨日こんなことがありました・・・」

 ゆっくり少しずつ和仁は昨日あった事を黒に伝え始める。

 和仁が言葉に詰まると黒が優しい言葉の助け船を出し、拙い和仁の話の組み立てでも話を支える杖のような相槌を打ち、和仁は最後まで話をすることが出来た。

 話の構成は、昨日の出来事に囚われた和仁の頭の中がそのまま声に変って出された様な内容だった。

 聞き終えた黒は、

 「間山君、いい事したね」

 と、優しい笑顔で言うと、手元の本に顔を戻した。

 和仁も同じように机の真ん中に視線を戻して元の姿勢に戻る。

 しかし和仁の頭の中は、黒に昨夜の出来事を話す前と今とでは変わっていた。

 ぜんまいを巻き続けられ同じ旋律を延々と鳴らし続けるオルゴールのように、昨日の出来事を繰り返すだけになってしまっていた和仁の脳みそが、場面場面で自分のやった事は正しかったかどうかと考えられるようになっていた。

 自分のやった事を考察し始めた和仁であったが、結果が良かったにせよ自分のやった事が次第に怖くなり、もっと良い方法はなかったのかと感じ始める。

 だが、和仁には自分の取った行動よりも、一体何をしたらもっと良くなったかが思い付かない。

 「あの・・・今、考えていたのですが、高梨さんに話したお陰か、自分のやった事を見つめ直す事が出来るようになったのですが・・・なんだか怖くなってきました・・・」

 言葉に反応して、顔だけ向けた黒は、

 「間山君は強いけど、こういうのには疎いみたいね」

 と、黒には和仁が感じる怖さが何か分っているようだが、あえて和仁が感じている怖さの原因を伝えずに答える。

 「間山君は、この前の会長からお願いされて戦った時と、今回では何か違いを感じて怖いと思ったのよね」

 「そう・・・ですね」

 「じゃあ、前の状況と今回の状況だと何が違った?」

 聞かれた和仁は、すぐに前の事件と比べて、安心感が無いと感じる。

 だがそれがなぜなのかが分らない。

 「何か安心感が違うと言うか・・・」

 「なんで前回が安心なの?人はどういう時に安心するかわかる?」

 「安心ですか・・・」

 和仁は簡単な質問を受けているのに答えられないように感じがして、恥ずかしくなる。

 「前回あって、今回なかったものって何かわかる?」

 恥ずかしさで止まっていた和人の思考が黒の言葉で動き出す。

 「前回は会長達が居て、今回は自分一人でした」

 「そう、それが答えだよ」

 「あ・・・本当ですね」

 和仁は、自分が置かれている状況を今まで何も考えていなかった事にまた恥ずかしくなる。

 人は人と一緒に行動すると安心する。

 こんな簡単な事を、今まで考える事も無く暮らしてこられた事が、とても幸せな事だったのではないかと思った。

 和仁は小、中学校と週に3回、欠かすことなく通った祖父の道場の匂い、音、光景を思い出していた。

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