二十四話・二十五話
(二十四)
池尻明子は、手から沸き起こる震えを必死に抑えながら、茂みの中で不良たちに向けてビデオカメラを構えていた。
手紙に書かれていた時間よりも二時間も早く現場に隠れている池尻の体は、節々が痛みを訴えていたが目の前で今起きている事がそれを忘れさせていた。
(私は生きていると、今強く感じている・・・私は目の前にあるこういう悪と戦うために記事を書く生き物なのだと、つくづく思う・・・)
池尻は普段、新聞部で美容についての記事を書いている。
しかしこの記事は、新聞部の新聞が生徒たちの人気投票によって記事の文字数が決まるシステムを勝ち抜くために書いている記事であって、本当に書きたいものは違っていた。
池尻にとって新聞部にいるのは、情報を出力する方法を練習するためであって、人の戦いを書く場所だとは思っていない。
だから、美容の記事は練習をするための、文字数を勝ち取るための記事だった。
池尻明子が自分の中の圧力に気付いたのは中学の頃だった。
池尻は幼稚園の頃から、警察と暴力団や暴走族との戦いを追ったドキュメンタリーを見るのが好だった。その頃はなんとなしに、心惹かれるままにテレビを見ていると自然とそういう番組を選んで見ていただけで意識をしていなかった。しかし中学の頃、家の近くの公民館で開かれたある戦場カメラマンの写真展が池尻に自分とは何かを強く感じさせたのであった。
人が目をそむける事に光を当て善悪を問う、写真展を見た池尻は、
(私はこれのために生きる)
と会場を出る時に心の中で誓ったのだった。
今、池尻が不良たちに向けているビデオカメラには、池尻の生きた証の材料となる情報が保存され続けている。
状況は、首を吊ろうとした恋を助けた近藤が投げられもがき苦しむのを、不良たちが取り囲み始めているところだった。
池尻の立場としては、今起きている事の記録者としては目の前で悶えている近藤を助けることは出来ない。
しかし、池尻は気が気ではなかった。
生徒会側の人間では一番近くで近藤が投げられる所を見ているのである。
その衝撃は尋常ではなかった。数十メートル離れて隠れている池尻の体にも地面を伝わり感じる事が出来る衝撃だった。
(どこか、骨が折れているかもしれないし、内蔵に何か大きな異常が起きているかもしれない・・・)
医療の知識がない池尻にもそんな事を思わせる衝撃は、
(もし、近藤君の命がこれ以上危険になるというのなら作戦なんか気にしないで、わめき散らしながら商店街のほうに思いっきり走り出そう。出来るだけ近藤君に向いている気をそらせないと・・・)
池尻に自分が出来る精一杯の行動を考えさせるのに十分なものだった。
「おいおい、恋ちゃんが瀕死のヒーロー守ろうとしてるぞ!」
「やめて!来ないで!一君は関係ないの!お願いだからやめて!」
近藤と恋に近づく不良達を見て池尻は、作戦を打ち切るタイミングを見計らいながらカメラを向ける。
池尻が緊張で湿る手の中のビデオを握り直すと、一人の不良が近藤の足を蹴った。
近藤は全身の痛みで蹴られた事に気付くことなく、ただ荒く呼吸を繰り返すことしかできなかった。
「おい?ヒーローさんよ?起きろよ。俺達が見たかったものを見れなくしてくれたんだ。それに変わる面白い事をなんかしてくれないとこっちは納得出来ないんだよ・・・なあ!」
血走った眼で足を蹴った不良が、強く近藤の足をまた蹴る。
不良の蹴りの勢いに、池尻の体はもう少しの所で動き出してしまうところだった。
(あのくらいの強い攻撃が近藤君の体に向けられたら躊躇せず・・・)
「おい!無視してんじゃねえぞ!」
池尻の思考を断ち切る大声を出しながら、不良は近藤の体に向けて進みだす。
飯島恋は近藤を庇うために、咄嗟に近藤の体に覆いかぶさり身体を盾にするため目をつぶり歯を食いしばった。近藤がこれ以上体に衝撃を受けたら致命傷になりかねないのを恋も感じていたからだった。
不良は恋などお構いなく、踏みつける体制を取る。
それを見た池尻は、手を付き、体を起こそうとした、その時、
「やめろ!」
池尻を含めそこにいた全員が声のする方に向くと、そこには間山和仁が立っていた。
和仁は荒い息を二呼吸で落ち着けると、周りの目など無いかのように近藤に真っ直ぐ向かって歩き出す。
「なんだ?ヒーローを助けるヒーローか?」
和仁に一番近い不良が鉄パイプを振り上げて、和仁の右斜め前から襲いかかる。
和仁の左前頭部に鉄パイプが当たる刹那、いつの間にか差し出されていた手で鉄パイプは絡めとられ、不良は足で大きく扇の形を空中に書きながら地面に体が叩きつけられるのを待つだけになっていた。
和仁は背中で投げた相手が地面に落ちる音を聞きながら、近藤を踏みつけようとしている不良に詰め寄る。
近藤を踏もうとしている姿勢のまま呆気にとられている不良に構うことなく、
「むん!」
と、低い気合声とともに、和仁は不良の鳩尾へ身体の勢いをそのままに絡め捕った鉄パイプの先端を食いこませた。
「げ!・・・」
不良は小さく声を出すと、和仁と入れ替わるように吹っ飛び、そのまま気絶した。
和仁は周りに目を配りながら、近藤から恋をやんわり離すと、近藤の肋骨を触り異常が無いか確かめる。
和仁は一通り近藤の肋骨を触診し終わると、
「よし・・・折れてない」
そう言うと、上半身を起こし背中の真ん中に膝を当て両手で近藤の肩を持ち、膝を押し当てたまま肩をゆっくり引き寄せて胸を開き、近藤の呼吸を助けてやる。
それを二、三回繰り返すと、真っ青だった近藤の顔色が戻り、立てないまでも片膝を立てて周りを見回せる余裕が持てるようになっていた。
瀕死の近藤が見る見るうちに動けるようになって行く光景に、周りの不良達は目を奪われていた。
「おい!ボケっとしてんじゃねえぞ!」
広田力は声を荒げ、周りの不良を焚き付ける。
不良達は、静かに近藤、恋、和仁を取り囲む輪を縮め始めた。
(二十五)
「三春、警察に電話したら逃げるんだ。後は頼んだよ」
会長で兄の興三郎にそう言われた田沼三春は、小さくうなずきデータの入ったカードをカバンにしまうと、携帯で110番しながら隠れていた茂みから出て行った。
興三郎はダミーのカメラを持って、和人たちの居る茂みに向かう。
和仁が飛び出して行ってから会長と三春は気が気ではなかった。
(けが人を助けに行った人間が、けが人になっては状況がさらに悪化してしまう)
そう思いながらいつでも動けるよう片膝を立てながら画面を見ていた二人だが、画面の中に映った和仁は、あっという間に一人をあしらい、一人を倒していた。
興三郎は自分の目に狂いが無かった事に胸を撫で下ろすのだった。
(ここからは自分の役目だ・・・)
茂みに早歩きで向かいながら、興三郎は頭の中で不良達に向けて話す言葉を復唱する。
興三郎が伝えなくてはならない事は大きく分けて三つだった。
警察に通報した為もうすぐ警察が来る事、ビデオで今起きた事を記録した事、恋へのいじめをやめれば警察にビデオを持って行かない事、この三つだった。
(すぐに逃げなければみんな捕まるという事を表現しなくちゃならない)
気を抜くと、すぐふわふわと飛んで行ってしまいそうになる身体に活を入れながら、
(・・・行くぞ!)
興三郎は茂みに入る。
「これを見ろ!今までの事は全部ビデオで撮影させてもらった!」
和仁、近藤、恋、そしてそれを取り囲む不良達の視線が一斉に興三郎へ向けられる。
「警察に連絡した。逃げるなら今のうちだ。ビデオだが飯島さんへのいじめをやめれば・・・」
「君たち!何をやってるんだ⁉」
興三郎の声を高圧的な声が遮る。
たった今興三郎が入ってきた茂みの入口には、肩にライトを担いだ警察官が立っていた。
そこにいる全員が驚く中、一番驚いていたのは興三郎だった。
一番近くの駐在所は公園から一キロ程の場所にある。
通報を受けてから警官が来るまで10分程かかると見ていた興三郎であったが、運悪くパトロールをしていた警官に見つかってしまったのだろう。
(これまでか・・・なんとか法的な裁きの場へ出ない形を取りたかったが・・・)
「ここにいる全員!動かないように!」
そう警官が告げると胸にある無線機を操作して、警察署へ連絡を始める。
「うッ!」
警官は短く声を上げると、無線機を握ったまま前のめりに倒れる。
「やってやった!はは!」
バットを持った不良が倒れた警官の後ろに立っていた。
「広田さんの言ってた通りでした!この警官、俺が隠れてるのに気がつかないで前を通り過ぎましたよ!馬鹿な奴ですよ!」
警官を後ろからバットで気絶させた不良はそう言うと、聞いている人間が気持ち悪くなるような甲高い笑い声を上げる。
それに釣られて周りの不良達も獰猛な笑いを、興三郎、和仁、一、恋の四人に浴びせた。
その笑いは、四人に狂気を感じさせるものだった。
不良達は、和仁が倒した仲間の不良に見向きもせずに笑った。
警官を倒した不良は、笑いに引き攣った顔のまま興三郎に近付き、
「録画してだか知らねえけど、そのカメラ壊しちゃえば全部解決っしょ?」
そう言うと警官を殴り倒した不良はバットを振り上げた。
興三郎は恐怖で身体が固まり、振り上げられるバットを目で追う事しか出来なくなる。
しかし興三郎は不良のバットを振るう腕に向かって振り下ろされる何かを目にする。
その何かが不良の腕に当たると、鈍い音と共に不良の手からバットを奪い、
「う、腕が!ぐぁ!・・・」
その何かは不良の腕を本来曲がらないところに関節を作っていた。
「会長!早くこちらへ!」
うずくまる不良の向こうには、踵落としで不良の腕を砕いた沖村が興三郎を促していた。
「会長!さあ!」
沖村の履いているごついブーツに見惚れていた興三郎は、はっと我に返ると沖村に向かって走り出す。
一瞬、間を置いて、
「おい!何やってんだ!カメラを壊せ!」
広田が声をかけると、一斉にその場にいた不良達は会長と沖村を追って茂みから飛び出していく。
「チッ!」
和仁、一、恋に向け大きな舌打ちを打つと広田は最後に茂みから出て行った。
今さっきまで、不良達に囲まれ下品な笑い声に包まれていた場所が嘘のように静まりかえる。
和仁は周りを見回し安全だとわかると、気絶している不良に近付き、上半身を起こす。
「・・・・・・う!・・・うぅ!」
和仁が膝を背中に当て肩を引くと、その反動で不良から声が漏れる。
すると不良に活が入り意識を取り戻す。
「うわ!なんだてめえ!」
「みんな、行っちゃいましたよ」
「なな・・・あ!」
周りを見回した不良が腕を押さえてうずくまる仲間を見つけると、
「お、覚えてろよ!」
気絶していた不良は、腕を押さえる不良を連れてその場から立ち去って行った。
「ふう、会長達が上手く引き連れて行ってくれましたね。さて、会長達を追いかけ・・・」
ピリリリ!ピリリリ!
携帯電話の基本設定そのままのコールが鳴ると、和仁はズボンのポケットから携帯を取り出し電話に出る。
「はい、間山です。はい・・・そうですか。わかりました、こちらも現場から離れる事にします。はい、気をつけます。それでは」
和仁は携帯をポケットにしまい、二人に行きましょうと言うと先に歩き出した。




