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竜神流柔術稽古禄  作者: あいき 文・書き物店
長編 「柔術家は強さを求めて本を読む」
1/66

プロローグ・一話・二話

 プロローグ


 「師匠待ってください・・・自分を置いてかないでください・・・」

 師の背中を追うが追い付けない。

 追っても追っても、追いつかない。

 ピピピピッ!ピピピピッ!

 目覚ましの電子音が男を現実の世界に引き戻した。

 高校に入学して一か月、男は同じ夢をこれで五回見たことになる。

 (師匠・・・)

 男は制服を着て、学校に向かうべく玄関を出た。

 男が通う高校は実家から遠いため、男はアパートで一人暮らしだった。

 ふとポストを二日ほど見てないことに気づき、中を調べてみる。

 すると一通の手紙が入っており、見てみると師からの手紙であった。

 文章は簡単で、


 お前にヒントをやろう。

 ものを考えるのには何が必要か分かるかい?

 分からないのなら、本を読みなさい。


 というものだった。

 男は何回も文章を読み返してみるが、何かを考えるとき必要になるもの・・・それが何なのか、よく分からない。

 分からないから、“本を読まなければ”と思った。


 ㈠

 眼鏡を掛けた妙に姿勢の良い男が本を読んでいる。

 読んでいるのは江戸時代の剣豪小説で、読み始めて四日目だがまだ読み終わらない。

 辞書をひきながら一時間ほど小説と格闘したあと、眼鏡を外して机に突っ伏す。

 この四日間、図書委員長の高梨黒(たかなしくろ)が掴んだ男の図書室での生態だった。

 (今日もよく寝るねえ)

 黒は男をちらっと見るが、男に動きはなし。

 今日も男はいつも通り、眠りの中だった。

 図書室の閉室時間の六時まであと十分、いつもならそろそろ男が起きるころだ。

 だが黒自身、男のことなどどうでも良かった。

 読んでいる小説が佳境を迎え、小説が黒を離さない。

 黒は閉室まで小説に身を任す事に決め、活字の上を走る事にした。

 チッ、チッ、チッ、チッ、・・・

 時計の音が支配する図書室に、机に突っ伏し夢をさまよう男一人、小説の世界で走り回る図書委員長ひとり。

 夕日で満たされたオレンジ色の図書室は、ゆっくり時間を刻んでいく。

 ちなみにこのオレンジ色の世界は、入学してから一カ月たらずの図書委員長、一年一組高梨黒が管理していた。

 というより生徒会に図書室の管理を押しつけられたと言った方がいいのかもしれない。

 黒が入学した私立文武大学付属高等学校は東京ドーム十個分という広大な敷地に大学と高等部が併設された巨大な学園だ。高等部の生徒数は普通科、専門科合わせると二千人を超える。学校の特徴としては、生徒達は三年間を通じて、卒業のために決められた基準の学を修めるか、スポーツの記録などで決められた基準の成績を残さなければならない。まさに文武と校名に謳っているだけの学校である。

 そんな高校なため、生徒たちはこぞって文科系、運動系の部活に所属し、肉体、頭脳の切磋琢磨を行ない、高校の三年間を自分の肉体の限界に挑戦していくのであった。

 しかし、そんな部活本位な学校なため、毎年生徒会に人が集まらず、運営がままならない状態に陥ってしまう。それがこの学校の一つの問題であった。

 そんな内情は露知らず、黒は文武大付属へ入学した。

 読書好きな黒は父の勧めで文武大付属へ入学を決めたため校風が目的のほとんどの新入生とは違い、部活に所属する気は無く放課後に図書室で文系女子として三年間を過ごそうと、入学式での校長の訓示を聞きながら決めていた。

 早速、入学式の翌日から黒の図書室通いが始まった。

 図書室に通い始めて五日目。

 閉室時間になったため黒は帰る支度をしていると、この五日間、毎日顔を見合わせていた図書委員に話しかけられた。

 「あの、新入生さんだよね?ここ最近ずっと図書室に来ているようだけど、なんで?」

 「え、あ、わたし、部活に入る気なくて、そのまま帰っても暇で、本読むのが好きなので、図書室に入り浸ろうって入学式のときに決めたんです。」

 それを聞いた図書委員は立ち上がり、天井に向かって高らかに指を差しながら天を仰ぎ、

 「きみ!図書委員長に決定‼」

 と言うと、天井に向けられていた指を勢いよく黒に向ける。

 図書委員はしたり顔とともに満足気だ。

 黒は図書委員の勢いに後退る。

 「・・・あの、なんですか?」

 「あ、これは失礼」

 図書委員は我に返り、黒に向けていた指をしまい、声を荒げた理由を説明しだした。

 図書委員の言うところによると、図書委員は実のところ生徒会長の田沼興三郎(たぬまおきさぶろう)で、今年は生徒会に人が集まらず、このままでは雑務をこなすだけで会長の任期が終わってしまうことに絶望していたこと、だが五日続けて黒が図書室に現れ期待が膨らんだこと、話しかけるとこれ以上ない人材についテンションが上がってしまったこと、そして三年間図書委員長を務めあげると、生徒会活動に深く貢献したということで特別に卒業の単位の合格基準が引き下げられる優遇処置を受けられるとのことだった。

 悪くない話だ、と黒は思う。

 黒は中学でも図書委員だったため図書室の管理は一通り心得ている。

 生徒会長の話に乗るということを伝えようとしたが、生徒会長は説明をしているうちにまたハイテンションに戻っており、手振り身振りを入れながら、黒が図書室にいるだけで学校祭が数倍も面白くなるなど、会長の構想を並べたて、終いには、

 「よし!早速僕は生徒会室に行ってやることがあるから。あ、これ図書室のカギだから後はよろしく!」

そう言って走り出しながら軽く敬礼を黒に投げかけ、颯爽と走り去って行ってしまった。

 しばらく黒は鍵を見つめていたが、

 (棚から牡丹餅ってこういうことかな)

 と思いながら、図書室の鍵をかけた。

 その日の帰り道、黒は少し楽しくなっている自分を感じたのだった。


 ㈡

 入学五日目で図書委員長になった黒であったが、それからの一ヵ月間は何事もなく図書室で一人、読書に耽っていた。

 しかし、四日前、妙に姿勢の良い男が現れ、今はその男と読書の日々であった。

 (なんで死んじゃうの~!)

 黒が本の主人公の死を嘆き、頬を濡らしながらけたたましく席を立ち天井を仰ぐ。こぶしを強く握りながら物語を心に刻む。

 うっうっ、と嗚咽を噛み殺していた黒だが、次の瞬間、男のことを思い出し、天井を仰ぎ見ている姿勢からゆっくりと男に目を向ける。

 が、男に変化なし。

 ほっと一息ついて時計に目を向けると、六時の閉館時間はとっくに過ぎ、時間は六時半。三十分も閉室時間を過ぎてしまっていた。

 (いけない、いけない)

 黒は手早く身支度をすませ、帰ろうとドアに向かう。

 ドアの前で振り返って最終確認をする。

 部屋を見回し、ヨシと電気を消そうと伸ばした手が止まる。

 依然、男に変化なし。

 黒の身支度の気配に全く気付く様子もなく、男の夢へのダイブは続いていた。

 ため息をひとつ付き、恐る恐る黒は男に背中から近づき声を掛ける。

 「あの~、閉室で~す」

 男はそれでも起きる気配がない。

 あの~、と黒は男に声を掛けつつ、夕日に照らされている男の顔をのぞき込みながら、男を夢の世界からこの世に引き戻すために手を伸ばした。

 しかし男の顔を見た黒は、伸ばした手を途中で止める。

 (どこかで会ったことがあるような・・・)

 男の体に伸ばした手をそのままに、黒は記憶を探る。

 しかし黒は男の顔を見ていると、記憶を探るのが困難になるほど、ある感情が心に湧いて来るのに戸惑ってしまう。

 それは、切なさと愛おしさが混ざった、黒の心を締め付けるものだった。

 黒は混乱する心を鎮めようと、伸ばした手を胸に当て、気持ちを落ち着かせようとした。

 すると、肩口で引っかかっていた黒の長く美しい黒髪がこぼれて男の頬を撫でた。

 「ん、・・・・・・おわ!」

 夢から舞戻った男は、目の前に図書委員長の顔があることに驚いて体を勢いよく引いた。

 しかし男の足が椅子の脚に引っ掛かり、男の体が仰向けに倒れていく。

 黒は男が倒れるのを予想して反射的に目をつぶる。

 (・・・・・・あれ?)

 予想していた倒れる音が聞こえてこないので黒は目を開けてみた。

 男は片膝立ちの格好で頭を撫でていた。

 「ふうー」

 「大丈夫ですか!?」

 「あ、あ・・・大丈夫です」

 男は170センチ後半の身長に似合わず、うつむいてぼそぼそと答える。

 「よかった~」

 黒は男に安堵の頬笑みを投げかけながら机に置いてある眼鏡を取り、それを男に渡す。

 男は眼鏡を受け取りながら、ありがとうと微笑を添えながらお礼を言い、眼鏡をかけ図書委員の顔を見返した。

 二人は目が合った途端、小さく、あ、と呟いたきり見つめ合ったまま体が固まってしまう。

 しばらく二人は見つめ合っていたが、磁石が引かれ合うようにどちらともなく唇を近付けていく。

 唇が近づくあいだ二人は何度もためらって顎を引くが、お互い相手の眼を見るとためらいは消えてしまう。

 黒は男が、愛しかった。

 男も図書委員長が、愛しかった。

 相手の目を見つめるとそれが確認できるようで、ためらいは消えてしまう。

 「・・・そお!あのコンビ最高だよね!」

 唇まで2センチ、廊下を歩く部活帰りの女子集団の会話で二人は、はっと我に返り体を離した。

 「あ・・・じゃあ、自分はこれで!」

 男は何が何だか分からず混乱する頭で、鞄を掴んで逃げるように出口に向かう。

 「あ、お気をつけて!」

 黒も混乱しているのか咄嗟に声をかけてしまう。

 声をかけられた男はドアの前で立ち止まり、何かに耐えるように拳を握り締める。

 だがその何かにうち勝ったのか、ふと拳の力を抜くと大きくひとつ、深呼吸をした。

 図書委員に背中を向けたまま少しの沈黙の後、男は口を開いた。

 「あの、さっきのですけど、自分、どうかしてました・・・もし嫌じゃなかったら、また図書室に来たいのですが・・・いいですか?」

 「わ、私もどうかしてました。気にしないでまた来てください」

 男は背中越しに会釈をして帰って行った。

 一人になった図書委員長は、

 「わけわからん」

 と一言つぶやき、男が出て行ったドアをしばらくぼーっと見つめていた。

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