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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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少女にお疲れ様

作者: 赤木入鹿
掲載日:2019/02/11

「ありがとね」


「頑張れよ」


 放課後だというのに、そんな声が教室から聞こえた。


 ただ、その声の主が誰だか、私はすぐにわかった。


 実際、すぐにその片方が教室から出てきて、それは予想通りだった。


 去年から一緒のクラスメイトで、男子から大人気の可愛い可愛い女子だった。


 これが「ありがとね」の声の主だ。


 私は「やっほー」と適当な挨拶をし、相手も「やっほー」と適当に適当を返してくれた。


 だけど、なにか用事でもあるのか、さっさと走り去ってしまった。


 廊下は走っちゃいけないのに。


 ただ、こうなると残り物の「頑張れよ」が教室に残っているはずなので、私は教室に入るなり声を出した。


「やっほー、有沙」


「おっ、奈々子。やっほー」


 私が教室に入ると、こちらの声の主も予想通りであり、また適当に適当を返してくれた。


「なにしてんだ、こんな時間に」


「忘れ物」


 言って私は机の脇にかかった鞄を取る。


「お前、忘れ物ってその鞄か? じゃあ、お前手ぶらで下校したのか?」


「うん。家について――あ、鞄忘れたって思い出したの」


「まったく、奈々子はマイペースなやつだな。ま、それが奈々子のいいところでもあるけどな」


 そう言って有沙は、髪の毛をかきあげた。


 とてもかっこいい仕草だ。


 有沙は、女子に人気のある女子だ。


 背が高く、かっこよく、男前で、かっこよく、なんでもできて、かっこいいからだ。


 ちなみに私も憧れているけど、私とは幼馴染。


 よく羨ましがられる。


 誇らしい。


「今の、また相談事?」


 私はさっき出ていった子を思い出して問う。


「ん? ああ。まったく、参っちまうよ。あいつ、今月で四度目だぜ」


 有沙は肩をすくめ、私は「ふーん」と相槌を打った。


 相談事とは、端的に言うと好き嫌いの話だ。


 有沙はかっこいいので、そういった相談事をよくされる。


「ふぅむ。お疲れ様だったね」


 私は言いながら、鞄をごそごそし、スニッカーズを有沙に手渡す。


「これが報酬? ま、ありがたく。つっても、基本的には愚痴を聞いているだけでいいんだけどな」


 有沙はスニッカーズを男らしく大きな口で食べる。


「それで、大変だな、気持ちはわかる、一発代わりに殴ってやろうか、とか共感の言葉を並べればいいんだ」


「有沙、手慣れてるね。流れ作業みたい」


「確かにそうだけど、流れ作業ってのはなぁ」


 有沙は歯を見せて苦笑すると、窓の外を見た。


 かっこいい有沙が外を見ていると絵になる。


 ただ、本当なら風が有沙の髪をなびかせてくれたら百点なのだけど。


「流れ作業じゃない?」


「いやまあ、うん」


 私が問うと、有沙は困ったように言う。


「流れ作業でもいいんだよ。あいつは結局別れる気はないんだし。最終的には惚気聞いてる気分になるんだよ。まったく参っちまうよ、あいつには」


 さっきと同じことを言う。


 私はそれにさっきと同じように「ふーん」と相槌を打った。


 そして、有沙が窓の外を向いたままだったのを私は確認。


 たっぷり五秒。


 私は忘れ物だった鞄を机に置く。


「ねえ、有沙」


「なんだ?」


「お疲れ様」


「ん? おお。さっき聞いたぜ」


「そうじゃなくて――」


 私は、おもむろに有沙を肩を引っ張り、私の方へ向けさせて、


 抱きしめる。


 本当はその顔を胸に抱きたかったけど、身長差でそれは諦めるしかなかった。


「お、おい……、奈々子?」


 私は有沙をぎゅぅと抱きしめた。


 有沙は運動部だから、ちょっと抱き心地が硬かった。


「どうした? なにか嫌なことでもあったか?」


 有沙は困惑している。


 けれど私は抱きしめたまま言う。


「お疲れ様だったね」


「いや、だから――」


「お疲れ様、だったね」


 私が言うと、有沙は黙った。


 しばらく黙っていたけれど、


「……ああ」


 と、絞り出すように返事をした。


 そして、


「奈々子、悪いけど――」


 有沙は私の腕をほどくと、その場で膝をついて、


「胸、貸してくれるか?」


 うつむきながら言ったので、私は有沙の頭を抱きしめた。


 有沙も私を抱きしめた。


 けど、また黙ってしまった。


 小さな呼吸だけが聞こえる。


 顔も見えないけど、有沙は見られたくないんだろう。


 有沙はかっこいいから、かっこ悪い姿はなかなか人には見せない。


 たまにスポーツで失敗しても、すぐに挽回してみせる。


 とってもかっこいい。


 だけど、幼馴染の私は知っている。


 有沙はかっこよくて、臆病で、かっこよくて、臆病で、かっこよくて、臆病だった。


 昔から身長があってかっこよかったけど、そう思われるから、私や他のみんなが憧れるから、有沙はかっこよくあろうって頑張っていただけだ。


 だから、有沙は好きな人ができても、告白できなかった。


 しかも好きな人に、別の好きな人がいるって知ったら、自分は勝てないと思って距離を置いた。


 しかもしかも、自分が好きになった相手が自分と同じ女の子だったら、その時点で諦めた。


 臆病だから、何もしなかった。


 だって言うのに、その子から相談事をされれば、かっこいい有沙は聞いてしまう。


 それが恋愛相談だとしても、一ヶ月に四度だって聞いてしまう。


 かっこいいから。


「有沙、平気?」


 けっこう長い時間、抱きしめていて、私もいいかげん疲れてしまったので、聞いてみた。


 すると、少しだけ時間がかかったけど、「ありがとう」と言って、有沙は離れた。


 その目はちょっと赤くて、私のシャツの胸元も少し濡れていた。


「有沙。私も少し休憩したら、もう一回抱きしめてあげるけど」


 私は言って両腕を開いてみたが、有沙は立ち上がって髪をかきあげた。


「いや、もう大丈夫だ。本当にありがとうな」


 有沙は笑顔を見せた。


 私にはそれが、まだ偽物っぽい感じがしたけれど、とりあえずは平気そうなので、「そっか」と頷いた。


「それならいいや」


 私は改めて鞄を手に取る。


 さすがにここで忘れるほど私もマイペースではない。


 だけど、


「それじゃ、また明日ね」


「この流れでもう帰るのかよ。ほんと、奈々子はマイペースだな」


 そう言われてしまった。


 せっかく慰めてあげたのに、ちょっと傷ついた。


 私は「ぷんすか、ぷんすか」と呟きながら、廊下へ歩きだした。


「おい、奈々子。どうした? 今の怒ったのか? 悪かったよ。待てよ。私も帰るから」


 有沙が後を追いかけてくる。


 今は煩わしいけど、いつもの調子だ。


 だから私は歩みを止めない。


 けど、有沙が横に並んできて、


「ありがとう……悪かった……お疲れ様」


 そう言ったので、少しだけ歩くのを止めた。


 有沙も私を追い抜いてしまったけど、少しだけ歩くのを止めた。


 少しだけだけど。


 私は「いいよ」と言って、また歩きだした。


 私はただ有沙のマネをしただけだ。


 有沙が、自分が好きな相手でも恋愛相談を受け付けるように、私は、自分が好きな人が失恋で悲しんでいたから抱きしめてあげただけ。


 マネしただけ。


 有沙はかっこいいから。


 たとえ有沙が、一人で勝手に失恋したりする臆病者でも、私の告白を保留する臆病者でも、全部ひっくるめて好きだから。


 私は有沙に憧れているから。

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