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9.ローシェン


読んでいただいて有難うございます。


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 逃げられない状態で、直ぐには返事の出来ない話をされた風花は、考えこんでいる内に、カーディナルの腕の中で寝落ちしていた。


昨夜は硬い簡易ベッドで神様と話していて、満足に眠れなかった。荷馬車からの程よい振動と、カーディナルという名の温かなベッドの心地良さに、風花が熟睡してしまっても誰が責められようか……



 連日の強行軍に加えて怪我人の治療……手の施しようのない状態に、目の前で消えて逝く命……

心身共に疲弊していたカーディナルも、腕の中で熟睡している風花の温もりに、いつしか前後不覚になり、爆睡していたのだった。




 ******




 朝早く……朝食もそこそこに出立した甲斐もあって、ダンガルディ守備隊に率いられた避難民達は、正午前に目的の地ローシェンの街に着いた。


噴水のある大きな広場で、守備隊の指示のもと、避難民たちは出身地ごとに集められていた。


 ローシェンの街に派遣された文官により、出身地毎に名簿が作られ、更に細かく、家族や親族等で分けられた。

身寄りが無く、引き取り手がいない()()()()は孤児院で保護される。


成人している若年者で身寄りが無い……親族を失くした者は、労働を対価に引き取り手を探すか、労働者として雇用先を探すのだった。

新たに戸籍を作成することも出来るが、納税の義務も生じるので、選択する者はいなかった。

 

 避難民たちは、避難所で生活する間……概ね三カ月位は、一律に国からの補助を受ける事が出来た。被害調査報告を待って、家屋に被害が無い者から帰宅できるのだが、地元(いえ)に戻る為にも、街道を整備したり、城壁を修理したり、復興のために働かねばならない。

当然、労働に対する報酬も補助とは別に支払われた。


 働き手は多ければ多い方がよい……復興も早くなるし、街で暮らすには、何かと物入りになる。

補助金以外にも収入があるに越したことは無い……

親の中には、面倒を見なければならない幼子を捨てて、働きに出る者もあった。


 十年程前から、隣国フランクの辺境モンフォールからの侵攻に対する備えが功を奏して、()()()からの死者を出す事無く撃退する事が出来た。

しかし、青年団からなる自警団員の中には、重傷者や、死者が数名出てしまっていた。


 未成年者の子がいる者は、自警団に在籍することは出来ない為、新たに孤児が出る事は無い筈だった……

だが、避難中に親と手が離れ、親が分からなくなった子供がいた。やっと自分の名前が言える程度の幼い子供達だった。


 それでも、名簿を作る内に、何人かは親に引き取られていった。親も、知り合いも、口をつぐんでしまった場合は、孤児認定されて、孤児院に預けられた。

避難時の子捨ては処罰を受けるので、孤児認定後に名乗り出る親はいなかった。




 ******



 荷馬車の荷台で爆睡していたカーディナルと風花は、守備隊・隊長のレオンハルトが、風花の様子を見に来るまで眠り続けていた。


 レオンハルトは副隊長のリカルドを連れ、ローシェンに着いてから、まだその姿を見ていない風花を心配していた。

避難の混乱に紛れて、見目の良い子供を物言えぬ状態にし、親子と偽り連れ去るという事が、過去に何件かあったからだった。


 荷馬車の御者台にも、周辺にも、誰の姿も見えない……

閉じている幌を捲り、レオンハルトが荷台を確認すると、人の足……弛緩した男の足が見えた。

レオンハルトはリカルドに目配せすると、閉じていた幌を大きく開いた。


そこには、脚を投げ出したカーディナルの膝の上で、横抱きにされた風花と二人、爆睡しているカーディナルの姿があった。



「……隊長、どうします?」


 連日、寝る間も惜しんで怪我人の治療をしていたカーディナルが、疲れ果て荷馬車の荷台で寝てしまっても、それは責める事では無い。

だが、自分の子でもない少女を抱いて寝ているのは……



「フーカには可哀相だが、叩き起こ……」


「ぅぁあ~~!!」


 レオンハルトがリカルドに指示を出す途中で、隊長を探しに来ていたジャスティンが、風花を抱いて眠るカーディナルに気が付き、大きな声をあげていた。

レオンハルトはすかさずジャスティンの頭を小突いた。



「うるさい!他の奴が来たらどうする?目立つだろうが!!」


「イタタ……隊長、酷い……でも、アレ、羨ましい……」


「一発じゃ足りないか?もっとか?」


「ぅぅう、隊長勘弁してくださいよぉ~」


 隊長とジャスティンのやり取りに、カーディナルが目を覚まし、カーディナルが動いた事によって、風花も目を覚ましたのだった。



「……はっ!ここは……」


「うぅ~ん……なぁにぃ……?」


 幌が開けられ眩しい太陽の光に、風花は欠伸をしながら、目を細めていた。


「いつまで寝ている?もう昼だぞ……」


 まだ眠たそうな風花にレオンハルトが声を掛けた。

カーディナルは機嫌の悪そうな隊長の気配を感じて、逃げ出したいのだが、風花が膝の上にいて、身動きが出来なかった。



「ぅ~ん……ふぇ?ライオンさん……?」



 何時の間に移動したのか、レオンハルトは御者台から手を伸ばすと、ネコの子を持ち上げる様に風花の襟首をつかんで引き上げ、リカルドに向かって放り投げた。



「きゃっ……もー乱暴なんだから……乙女を何だと……」


 乙女の扱いがなってない……と、文句を言おうとして風花は、自分が十四歳になっている事を、思い出した。

ライオン隊長に放り投げられ、リカルドにキャッチされた風花は、地面に下ろされる事無く、片腕にお尻を乗せる様に抱えられ、幼子をあやす様に背中をトントン、とされていた……


 風花が小さいとはいえ一晩中膝に乗せ、ずっと同じ態勢で寝ていた為か、カーディナルはヨタヨタと、よろけながら荷台から降りてきた。



「……す、すみません隊長……」


「いや……連日の負傷者に対する治療は過酷だった。ゆっくり休ませたいが……もう暫く、よろしく頼む……」



 レオンハルトの言葉に一礼すると、カーディナルは無言で負傷者が収容されているであろう、ローシェンの教会に向かった。


 風花を抱っこしているリカルドに、ジャスティンが付き纏う様にして、しきりに声を掛けていた。


「ですからぁ~……私が代わりますよぉ~、副隊長~」


ジャスティンは、副隊長のリカルドに代わって風花の面倒を見るから、風花を渡してくださいと執拗に言っていた。


そんなジャスティンをレオンハルトは片眉を上げて睨みつけると、懐から何かを取り出して言うのだった。


「ジャスティン、この手紙を至急大隊長……辺境伯に届けてこい。辺境伯に直接、()()()だ。その後は辺境伯の指示に従え……」


「は!」


 ふざけたような態度だったジャスティンは、隊長のレオンハルトから辺境伯への手紙を預かると、布で包み懐に仕舞い込んだ。

右手の拳を心臓の位置に、略式の敬礼をして辺境伯の待つ、城へと向かって行った。


 風花は、その光景をリカルドに抱っこされたまま眺めていた。いいかげん下ろして欲しくて、リカルドに下ろして欲しいと伝えたが、迷子になったら大変だから、と聞き入れてくれなかった。


 リカルドに抱っこされたまま、風花は街の一角にある建物に、連れて来られた。


建物の入り口には同じ格好をした兵士が、左右に二人立っていた。二人は緊張しながら隊長に一礼すると、「お疲れ様です」と声を掛けていた。

そして、隊長の後に続く副隊長リカルドが、少女を抱いている姿を見て、二人は口を開けたまま、呆然とその姿を見送るのだった……

 

 建物の二階に上がると、風花はようやく、リカルドの腕から開放された。

身体は十四歳でも、精神は二十一歳の成人女性の風花は、羞恥のあまり、口から魂的な何かが抜け出しそうな気がしていた……


 やっと解放された風花が、自分の脚で部屋の中を歩こうとした途端、風花のお腹の虫が、派手な音を立てた。


ぐきゅぅうるるる~……


 そういえば、朝食抜きで強行するって……そうだよ、朝ごはん、パン一つしか食べてなかったよ……

朝食抜きだった事を思い出した風花は、恥かしさよりも、空腹で泣きたくなってしまった。


 風花の腹の虫が派手に鳴ったのを聞いて、大笑いしていたレオンハルトとリカルドだったが、お腹空いた……と涙目で訴える風花に、慌てて食堂へと案内をするのだった。


 ダンガルディ守備隊ローシェン支部勤務の隊員達は、少女を前にオロオロする隊長の姿に、見てはいけないモノを

見てしまったと、思うのだった。




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