6.風花の秘密
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自分の事について話す様にライオン隊長に迫られて、誰か助けて~、という風花の想いに答える様に、緊張の走る天幕に来訪者が現われ、声を掛けてきた。
「隊長、食事を持ってきました。入りま~す」
そう言って入って来たのは、またもやジャスティンさんだった。ジャスティンさんは私と、私に迫っている隊長を見て驚き、食事がのったトレイを床に落としていた。
「た、隊長、いくら女日照りが長いからって、子供に手を出すなんてやめて下さい。子供が相手するには大きすぎて無理です。フーカを壊す気ですか!?」
何だか聞きずてならない、発言が混じってるなぁ……
子供相手だと大きすぎて壊すって……??
隊長さんには、そんな気は無いのはわかってる。わかりきってるけど、ライオン隊長の追求から逃げる為に、ここは敢えて乗っからせて頂こう……
「ジャスティンさ~ん。隊長さんが……隊長さんが怖いよ~」
私は涙目で、ジャスティンさんに向かって走ろうとした。よしよし、これでライオン隊長から逃げられ……無かった……
隊長さん……レオンハルトさんは、ジャスティンさんの言葉に、石の様に固まったけどすぐに気を取り直して振り返ると、ジャスティンさんに飛びつこうとしていた私の頭を両手でガシッと、掴んでいた……
グリグリされていないだけましだけど、がっしり掴まれて痛いよぉ……
小さい子にお仕置きするみたいに、ライオン隊長は私の頭をガシッと掴み続けていた。
ジャスティンさんは、落としてしまった食事の代わりを取りに、天幕から逃げる様に出て行ってしまった。
「うッぅ……ゴメンナサイ、イタイデス。ハナシテクダサイ……」
「あぁ?なんか言ったかぁあ……?」
「……んぬぅ……」
「だから……そんな顔しても、少しも恐くないぞ。寧ろ可愛い……」
そう言うとライオン隊長は、私の頭を押さえていた手をゆるめた。ゆるめた両手がそのまま頭から頬へと滑るように移動し、両手が顎の位置まで来ると、右手でクイっと顔を少し持ち上げられた。
え?ちょっと待って、これってもしかして顎クイ??え?え?あわわわ……
上目使いにライオン隊長の顔を見上げれば、明るい茶色をした優しそうな目と、目が合った。茶色の目の中に、私の顔が映っている……
う~ん……何とも言えないこの雰囲気……あぁ……誰か来ないかな……
誰か来て、この雰囲気を壊して……という私の願いを叶えてくれるように、天幕の外から、誰かが声を掛けてきた。
「し、失礼……」
そう言って、天幕の中に入って来たのは、カーディナルさんだった。
走って来たのだろうか?カーディナルさんは、ハァハァと、肩で息をしていた。
カーディナルさんは私を見ると、興奮したように話し出した。
「き、きみ……ハァハァ……」
「カーディナル、少しは落ち着いてから話せ……」
「ハァハァ……す、すいません。だ、大丈夫です。そんな事より……」
「……カーディナルさん?」
「フーカ……君はギフト持ちですか?」
「はい?」
ギフト……何それ?お中元とかお歳暮?の事じゃないよね?もしかして異世界あるあるの、アレの事でしょうか?
「何があったカーディナル、とにかく落ち着け」
「隊長、落ち着くのなんて無理です。この娘は……この娘は……」
カーディナルさんは落ち着くどころか、この娘は、と二回繰り返し、上着のポケットから小瓶を取り出して、何かを一気に飲み干していた。
「ふぅ~……取り乱してしまい、失礼しました」
急に態度が変わったカーディナルさんを見て、ライオン隊長はタジタジとなっていた。私はカーディナルさんが飲んでいた、瓶の中身が気になってしょうがない……
興味津々な顔でカーディナルさんの手元にある空の小瓶と、口元を凝視していたのがわかったのか、カーディナルさんが黒い笑顔を浮かべた。
「ふふっ、コレが何か気になりますか?質問に答えてくれるなら差し上げますよ」
そう言うと、カーディナルさんは別のポケットから、同じ様な液体の入った小瓶を取り出した。そして、見せつける様に、私の目の前でゆっくりと左右に動かした。
猫じゃないんだから、うっかり手なんか出したりしないんだから……
ツーンと、横を向けば、カーディナルさんから奪う様にして、ライオン隊長がその瓶を手に取り、中身を確かめずに一気に飲み干してしまった。
「プッファ~……何じゃこりゃ、回復薬か?」
おぉ~、異世界ファンタジーでお約束の回復薬キター!
私は別の意味で、興味津々になってしまった。回復薬が有るなら魔法薬もあるんじゃない?
ワクワクした顔で、カーディナルさんを見ていたら……残念な子を見る様な目で見られてしまった……解せぬ……
「フーカ、真面目に聞くよ。君は【治癒】のギフトを持っているね?」
「カーディナルさん……ギフトが何かわからないのですけど……」
「ギフトがわからないって……ギフトが何か知らないのか?君は……」
「ええ、ギフトが何か知らないし、わかりません」
「ギフトってのはな、神が人に与えた特別な能力の事だ。ちなみに俺は、身体強化のギフトがある。どうだ、すごいだろう?」
ライオン隊長……ドヤ顔が眩しいです……ニカッとか、キラーンとか、擬音文字が浮かんできます……
「神様から授かった能力……ですか……」
「そうです。生まれながらに、個人が持っている特殊な能力の事です」
生れながら……ってことは、この世界の人はギフトを持って生まれてきたって事だよね。
私は生まれながらに持っていた訳じゃない……偶然、聖獣を助けて死んだ私を女神様が蘇らせて、能力と加護を下さったんだ。……ん?それってギフトなのかな?
考えこんだ私を置き去りに、カーディナルさんの話が続いていた。
「フーカ……君が持っている様な癒しのギフトは、通常であれば教会に管理、秘匿されているんだ。フーカ……君が住んでいた処に、教会は在ったかい?」
私が元居た世界……日本にも教会はあったけど、宗教が違ってるだろうし、どう答えるか悩んだ私は「わからない」で、通す事に決めた。
カーディナルさんの『教会は在った?』の質問に、私は俯き、無言で頭を左右に、プルプル振って答えた。
「……わからない、っていう事か……それじゃあ、教会で祝福の儀式に、出た事も無いかな?」
私はさっきと同じ様に、俯いたまま頭を左右に振って答えていた。
「そうですか……ちょっと待って下さいね」
そう言うと、カーディナルさんはライオン隊長と天幕の奥に行って、コソコソと何か相談していた。それにしても、教会で管理、秘匿って……
治癒の能力を持っている事がわかったら、教会に連れて行かれちゃうのかな……?
管理、秘匿って事は、自由に教会から出られなくなるって事だよね……それって……そんなの嫌だ。
そうだ、教会に連れて行かれるぐらいなら逃げよう……今なら……
私はコッソリ……天幕から出て行こうと、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
抜き足、差し足、忍び足……コソコソと天幕を出て行こうとして、逆に天幕に入って来ようとしていた、誰かとぶつかってしまった。
ガツンッ……
「イタッ!つぅう~、痛い……」
またもや、甲冑にぶち当たって、地味に痛い……。
今度は下を向いていたせいで、頭が甲冑に当たって、星が見えたよ……
私は涙を浮かべながら、両手で頭を擦っていた。う~ん、くらくらする……
「……?なんでここに子供が?……大丈夫?」
「……」
「リカルド、その娘を連れてさっさと来い」
「娘?ああ、君、女の子か……失礼……」
そう言うと、ライオン隊長にリカルドと呼ばれた騎士は、小さな子供を抱っこする様に、私を両手で抱きかかえ、そのままライオン隊長とカーディナルさんの所に連れて行った。
私を抱っこしたまま、リカルドと呼ばれた騎士が椅子に座ったので、その人の膝の上で、向き合って座っている状態だった。
ライオン隊長は、私に目線を合わせる様に、騎士と私の前に膝まづいた。
「フーカ、悪いようにはしない。だから、逃げたりするな」
「……教会に、連れて行ったりしない?」
「ああ、そんな事したら、フーカと会えなくなっちまうからな」
「それに、フーカの嫌がる事をしたらオリバーに殺られますよ」
カーディナルさんが、話しの中で知らない名前をだした。私は誰の事を言っているのだろう……と、無意識に小さく誰?と呟いていた。
「……フーカ、君が治療した患者の中に、ひときわ大きな体の兵士がいたでしょう?彼がオリバーですよ」
「あ、あの、大きな、切り傷のおじさん……」
「ええ、そうです。でも、彼だけじゃなく、貴方が治療した患者全てですよ」
カーディナルさんは、切断するしか無かった足を私が治したのを見て、私が包帯交換をした軽傷患者の状態を確認に行っていた。
小さい子供がやった事だから様子を見ると言って、私がした全ての怪我人の包帯をやり直し、傷の状態を見て来たのだった。
カーディナルさんが確認すると、私が包帯を交換した全患者の怪我が、きれいに完治していた。
元々軽い怪我だった事と、傷薬が特別製だったからと、大げさに宣伝したことで、大抵の患者は信じたようだ。
太腿を怪我した騎士見習いと、大きな体をした兵士のオリバーさん……二人だけが、傷が治ったのは塗り薬じゃ無く私の能力だろうと気が付いたようだ……
だがその事を、二人は誰にも言わない……そう言って誓いを立てたのだと、カーディナルさんが教えてくれた。
「フーカ、俺は……俺たちは君を守る。だから、君の事を教えてくれ」
隊長さんは、私の両手を包み込む様に両手でそっと、握っていた。
私は隠しきれないな、と覚悟を決め、話せる事については、話す事にした。
「ライオン隊長さん、カーディナルさん……私は……」
それから私は……異世界から来たという事意外のこれまでの事を三人に話した。
ラッセンの木造倉庫の中で気が付く前に、光の女神様から加護と、能力を授かって、あの場所に転移させられた事……
遠い東の果ての島国が故郷だけど、もう帰る事が出来ない事……
この世界には、血縁者も、頼る人もいない事……
私の話を聞いた三人は、驚きのあまり顔を見合わせて、黙り込んでしまった。
女神様に加護を貰った事と、ギフトが五つある事を話した時は、口をぱっくり開けてとても驚いた顔をしていた。
その時の、ライオン隊長のあの顔……ヤバイ、ツボ……
吹き出しそうになって焦った私は、今も私を抱っこしたままの、リカルドさんの胸に顔を埋めて、肩を震わせた。
「ぅう……くっ……」
私が泣いていると勘違いしたのか、リカルドさんは私の背中を、幼児にする様に優しくトントン、としていた……
「泣かないで……悪い様にはしないから……」
リカルドさんが、宥める様に私に囁いていた。
「そうだぞ、フーカ……一緒に、辺境伯様の所に行こう」
「辺境……伯様?」
「ああ、ダンガールド辺境領の領主でダンガルディ守備隊の大隊長……ダンガルディ辺境伯様だ」
「一緒に……一緒にいてくれる?」
「君を一人にはしませんよ。それに、私だけで患者の相手をするのは正直大変ですからね。手伝ってくださいね」
「カーディナルさん……」
「フーカ……良かったら俺の、家族になるか?」
「隊長さんの、家族……って、お嫁さん?」
「いや、嫁じゃなくて、娘な……」
私と隊長さんのやり取りを聞いていたリカルドさんが、呆れた様に声を上げていた……
「隊長、嫁を貰う前に子持ちですか?……ますます嫁のなりてが……ただでさえ、怖い顔で拒否られてるのに……」
リカルドさんってば、隊長が相手でも、グッサリと容赦ないね……でも、お嫁さんじゃなくて娘ェ?娘って……隊長さんがお父さん……
「……隊長さんて、いくつなの?」
「二十八歳だ。フーカ位の娘がいても、おかしくないだろう?」
隊長さん、意外に若いな……
「……私……二十一歳だよ」
「「「えぇ~!」」」
私の年齢を聞いた三人は、同じ様に驚いていた。
はぁ、私をいったい何歳だと思っていたのだろう……
「十二歳じゃないのか?」
「いえいえ、十三歳ぐらいかと思いましたが……」
「二十一歳?で、この体……不憫な……」
ふっふっふ……三人とも、忘れないからね?
私はいつか……三人に報復(私を抱っこしたままのリカルドさんには特に)する事を決意した事は、言うまでもない……