4.風花のお手伝い
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「君……おーい……起きて下さい。起きないと食べちゃいますよー」
「……」
「貸せ……俺がたたき起こす……」
「ちょ、ちょっと隊長、女の子なんだから優しくしないと……」
「フン……寝起きの悪い子供は、こうやって起こせばいいんだよ」
そう言うと隊長は、風花を抱いていた騎士から奪う様に取り上げた。
「おい!いいかげん起きやがれ!」
そう怒鳴りながら、隊長は風花を乱暴に地面に放り出した……
ベシャッ……ゴロゴロゴロ……
「ぅぎゃっ……イタタ……な、何??」
放り出され、軽い痛みと違和感に目を開けると、目の前に立っている、数人の足が見えた。
そっと顔を上げてみれば、地面に転がった私の周りを、取り囲むように騎士が数名立っていた……
その中の一人、濡れた私にマントを掛けて馬に乗せてくれた騎士が、私の前に膝まづいて、自己紹介を始めた。
「やっとお目覚めですね、お嬢さん。私はジャスティン・コーネル……どうぞジャスティと、お呼び下さい」
「?……」
地面に転がったからだろうか……腕が痛い……
痛む腕を擦りながらこの状況は何なのか、考えていた。
えぇっと……何で囲まれてるのかな?私??
「腕を痛めたのですか?かわいそうに……乱暴な隊長ですいません」
「だ、大丈夫です。時間がたてば、痛みも治まると思うので……」
目の前の、ジャスティンと名乗った騎士が、グッと近付きながら、私の身体を横から包み込むようにしながら、腕を擦って来た……
う~ん……これは、親切からだよね?
痴漢行為……じゃないよね?
私は引き攣った笑いを浮かべながら、その騎士と少しでも距離を取ろうと動いていた。
「ああ、怯えなくても大丈夫ですよ。隊長と違って、乱暴な事はしません」
ダメだ、この男……天然なのかしらないけど、女の敵だ!
私は目の前で優しそうに笑う騎士を、危険人物と認定した。怯えているんじゃない、警戒しているのだ。
私はジトっとした目で、目の前の騎士をチラ見していた。
ジャスティンと名乗ったその騎士は、私と目が合うとニッコリ笑って、有無を言わさない口調で言葉を続けた。
「それで、お嬢さん……貴方の名前を、教えてもらえますか?」
なるほど……さっきこの人が名乗ったのは、私の名前を聞く為でもあったんだ……
「……霜月風花といいます。風花と呼んで下さい」
多分、霜月は言いづらいだろうと思うので、風花と、名前で呼ぶようにお願いした。
「フーカ……変わった名前だね……それに、あまり見ない服装だよね?……フーカは、何処から来たのかな?ん?」
ありゃ……ヤバイ……もしかして職務質問されてる……?どうやって、誤魔化そう……
女神様に異世界から連れて来られたって言って、信じてもらえるかな?そもそも、言ってもいいのかな?う~ん……どうしよう……
「あ、あの……私にもよくわからなくて……昨日までバイト先のお店にいたのに……気が付いたら木で出来た、倉庫みたいな建物の中にいたんです」
私は嘘と真実を混ぜて説明した。本当の事は、信頼できる人が出来たら、その人に言えばいい……
それまでは、わからないで通すことに決めた。
「バイトサキのお店……?それはどんなお店なのかな?」
しまった……バイトって言って、通じなかった……
「え~っと、自分の都合に合わせて、働く事が出来るお店です」
バイトが通じないんだから、パートタイムも通じないよね……
それにしても、ジャスティンさんの顔が……何だか憐れんでいる様な……可哀相な子を見る様な、顔つきに変わっていた。
「フーカ……小さいのにお店で働いていたなんて……フーカの親は?」
小さい……?身長の事だろうか?私の身長は160センチ位で、ジャスティンさんとか、隊長さんに比べたら、小さいだろうけど……
それか、異世界転移あるあるの、アレか?
日本人が年齢よりも若く見られるという、アレの事だろうか……
ああでも、今はそんな事よりも、親の事について聞かれているんだった……
「私の親は……家族には……(私が)死んでしまって、もう会う事は出来な……い、です……ぅう、っぅう……」
両親と、三つ下の妹……仲が良い家族じゃなかったけど……それでも、大切な家族だった……
もう二度と会う事……戻る事は出来ない……
沸き上がって来る悲しい気持ちと、家族に対する複雑な想いと後悔に……溢れ出した涙をぬぐう事もせず、低く……唸るように泣いていた……
この世界に私の味方になってくれる人はいない……親しい人も、知っている人もいない……
これ以上質問なんてしないで……もう何も聞かないで……
声を堪え涙する風花を、ジャスティンが抱き寄せ、小さい子をあやす様に頭や背中を撫でていた。
私はジャスティンさんの胸に顔を埋めて、泣き続けた……
ジャスティンさんは、私の頭を優しく撫でながら、慰めてくれていた。
私の主観だが、女たらしなだけあって、女子供の扱いに手慣れていそうだ……
いつの間にか、私を取り囲むようにしていた騎士達は、ジャスティンさんと、隊長さんの二人だけになっていた。
ジャスティンさんとの話を聞いていたのか、隊長さんは私の頭にポンポンと、手を置いて、辛い事を聞いて悪かったな……と、謝ってくれた。
「今日は此処で野営する事になった。ジャスティンも天幕の設営を手伝え。娘……フーカと言ったか?炊き出しを手伝う事は出きるか?」
隊長さんに聞かれた私は、涙をぬぐいながら、出来ます、と隊長さんに返事した。
「うむ……それでは案内するから、付いて来い」
「は……はい」
私は隊長さんの後をついて、避難している人や、天幕を張っている騎士たちのいる場所を抜けて、大きな鍋が掛けられた簡易竈のある場所へとやって来た。
途中、チラチラと此方を見てくる人もいたが、置いて行かれない様に、隊長さんの後ろを付いて行くだけで精一杯だった。
「隊長、まだ出来てませんよ。つまみ食いはいけませんぜ。」
「おい、俺はそんなに食い意地が張っているか?」
隊長さんが軽口を叩いた騎士をジロリと睨むと、その騎士は小さく、冗談です、とか何か言っていた。金茶の髪に髭面……ライオンみたいな風貌の隊長さんは、迫力があって、睨まれると怖いよね……
「……まぁいい、手伝いを連れてきた……使えそうか?」
隊長に聞かれて、野菜を切っていた騎士が振り向いて、私を見た。
「隊長、そんな子供にうろつかれちゃ、危なくっていけません。かえって邪魔です」
バッサリと、野菜と一緒に私も切られてしまった。
見た目が小さく見えるのは、わかってたよ……
異世界転移、あるあるだもんね……
わざわざ実年齢を言うのも躊躇われるので、あえてスルーしておこう……
「そうか……邪魔して悪かったな、作業を続けてくれ……」
う~ん、どうすっかなぁ……
隊長さんは、立ち止まって考え込んだあと、私を覗き込むようにして話しかけてきた。
「フーカ、血とか見ても倒れたりしないか?」
「血ですか?多分大丈夫だと思いますけど……」
私はそう言った後で、目の前を人の首が転げていった時の事を思い出して、背筋がゾッとしていた。
飛んで行った生首を見ても、返り血で顔が赤く染まっても、私は悲鳴を上げる事も、気絶する事も無かった。
死にそうな目に二回……いや、実際には一度死んでいるからか、普通の感覚がマヒしているのかもしれない……
でも、他人の血を浴びるのは、二度と御免だ。病気の感染も怖い……
「顔色が悪いが……まぁ、返り血を浴びても気絶しなかったしな……」
私は再度、隊長さんの後をついて、歩いていた。
カルガモの様に、おいて行かれない様に速足で付いて行った。脚の長さの違いを、考えてくれたらいいのに……
女子供に対する、思いやりが足りないよ……
はぐれない様に、速足から、軽く走っている状態で隊長さんの背中だけ見ていた私は、急に立ち止まった隊長さんに、突っ込んでしまった。
「痛~い……もぅ、急に立ち止まるから……」
「ぶふっ、くっくっく……何やってんだか……鼻が赤くなってるぞ」
甲冑を着けている隊長さんの背中に顔から突っ込んだのだ。低い鼻が、これ以上低くなったら、どうしてくれる。私はジワっと、地味に痛む鼻を擦りながら、隊長さんを上目遣いに睨んだ。
「くっくっく……そんな顔してもちっとも怖くないが、取り敢えず、他の男の前で、そんな顔するなよ。まぁ、子供に手を出すような奴もいないとは思うがな……ちょっとここで、待ってろ、何処にも行くなよ……」
隊長さんは、笑い上戸なのだろうか……?私の失敗を、楽しそうに笑いながら、幌のついた荷馬車に向って、ゆっくり歩いていくと、その先にいた人と何やら話しをした後、私を手招きして呼んだ。
「多少の血を見たぐらいじゃ、倒れたりしないだろうから、よろしく頼むな」
そう言うと隊長さんは、私を紹介する事も、目の前に立っている人を、紹介してくれる事もしなかった。
軽く私の頭をポンポンと叩いて“しっかりやれよ”と言って、隊長さんは何処かへ行ってしまった。
何も言われていない私が、どうしようと困っていたら、目の前の男性が、小さく溜め息を吐いた後、私に話しかけてきた。
「私は薬師のカーディナルです。血を見ても倒れない気丈な貴方には、怪我人の手当てを手伝ってもらいます」
「ふ、風花です。宜しくお願いします」
カーディナルさんに案内されて、幌のついた荷馬車の先にある天幕へと入った。
「移動しながらで、応急処置しかしていなくてね……」
私がカーディナルさんに頼まれた事は、比較的軽い怪我で済んでいる人の、包帯の交換と化膿止めの薬を塗る事だった。カーディナルさんから包帯と消毒薬の入った瓶、塗り薬の入った籠を渡された。
私は桶に入っていた水で手を洗って籠を持つと、腕に包帯を巻いて、敷物の上に座っている男の子の横にしゃがみ込んだ。
「包帯を交換するね。慣れてないから、もたつくかもしれないけど、一生懸命やるから、お願い、我慢してね」
私はその子が何か言うのに構わず、包帯を外した事を後悔した。軽い怪我だろうと思っていたその傷は、深く抉れていて傷口の周りがどす黒く変色していた。
何をどうすればこんな傷が出来るのかと考えていたら、本人がボソボソと話してくれた。
「流れ矢に当たったんだ……毒矢じゃ無かったから、切り落とさないで済んだんだ……」
「そっかー、痛かったねぇ……薬がしみて痛かったらごめんねぇ」
怪我の理由が想像以上に重かった……忘れてたけど、紛争の真っただ中に転移したんだった……
外した包帯は、取り敢えずエプロンのポケットに入れておこう……新しい包帯と一緒にはできないもんね。
私は傷口に消毒液を流し込んで、塗り薬を傷の中まで入るように塗ると、ガーゼ……は無かったので、籠の中に入っていた小さなナイフで包帯を小さく切って、ガーゼ代わりにした。
包帯なんて使った事の無い私が包帯ってどうやって巻くのか考えていると、女神様に貰った検索能力が発動し、頭の中で、包帯を巻くのに上手な巻き方を検索します……と
何処かで聞いた様な声がした。
脳内で自分のとは別の声がする事に戸惑っていると直ぐに、今度は表示します……と声がして、私の目の前に透明なタブレット画面が現れ、包帯の上手な巻き方の説明が、
動画で流れ始めた……
何と表せばいいのか……いや、便利だからいいけど……驚いた拍子に、包帯を落としそうになってしまった……
上手な包帯の巻き方の動画に合わせて、包帯をクルクルと、少年の腕に巻いていった。
巻き終わって、包帯止めも、テープも無い時はどうすればいいのかと思っていたら検索画面に、まるで私の思考を読んだ様に、包帯止めが無い時は包帯の先を割いて縛りましょう、と補足動画まで流れていた。
女神様からもらった能力……使える。音声で検索するシステムのように使えるわー。
私は女神様に感謝しながら、少年の手当てを終わらせた。
「腕は動かせる?包帯はきつくない?」
私が問い掛けると、少年はゆっくりと腕を動かした。
問題なく指も動いたので、神経組織は傷付いてはいなかったようだ。最後に、早く良く治りますように……と念じて包帯の上から一撫でしてから少年の傍を離れた。
次は少年の隣にいた、二十台前半位の青年だ。
彼は足……太腿に包帯をしていて、殴られたのか、顔の片側が腫れ上がって赤くなっていた。
「包帯を交換するので、痛くても、我慢して下さいね」
足の包帯を換える為に手を伸ばしたら、何故か嫌がられた。治療の為なのか、下着姿になっているのが、もしかして恥かしいのだろうか?でも、恥かしがっているからって、そのままになんて出来ない……
私は青年の、腫れあがっている顔にそっと触れながら、呟いた。
「かすり傷だって、消毒して包帯を換えないでいると、化膿して腐るよね……組織が死んでその毒が体中に広がる前に足を切らないといけなくなるかなぁ……」
ブツブツと私が呟くのを聞いて、目の前の青年は顔を青くした。そして、嫌そうにしながらも、包帯を換えるのを頼んできた。ふふ……脅しがきいたね。
恥ずかしがりやの青年シャイ君(仮)の傷は、鋭利な刃物でスパッと、切られた様な傷だった。
シャイ君(仮)は騎士見習いで、住民を誘導している時に敵兵に斬られたのだと話してくれた。
「この程度で済んで運が良かった……」
私はまたもや、重い話は聞き流して聞き流して手早く傷を消毒し、薬を塗って、新しい包帯を巻いた。
「きつくないかな?……足先、指は動く?」
「ああ……大丈夫だ。ありがとう……」
私は少年にやったのと同じように包帯の上から、早く良くなる様に念じるて一撫ですると、次のけが人の前に移動するのだった。
女神様に貰った私のチート能力にある【治癒】が、どれだけ作用するかわからない。でも、あまり目立つのは嫌なので、コッソリおまじない程度にしておこう。
聖女扱いされる事は無いと思うけど、教会に捕まったり自分の意思に反して使われたりするのはイヤだ。
私が包帯交換をした怪我人は、腕とか足とか、素人でも出来る様な場所ばかりだった。
シャイ君(仮)とは逆に、私が恥ずかしくなる様な怪我人もいた。瓦礫の上に倒れこんで、お尻に気の破片が刺さったという、運が良いのか悪いのか良くわからないおじさんだった。包帯……は難しかったそのおじさんには、消毒液多め、傷薬を大量に、当て布をして寝たまま動かない様にお願いしておいた。見えてはいけない物がチラッと見えてしまって、とても困った……
最後に包帯交換をする事になった、立派な体躯をしている、いかにも戦士といった風貌の男性には、肩口から胸にかけて大きな切り傷があり、包帯にはまだ、血が滲んでいた。
「一人じゃぁ敵わないと、奴ら三人がかりで斬り付けてきやがってな……正面から斬られちまった。だがまぁ、きっちり三人の首を刈ってやったがな……」
いきなり、武勇伝をブッコんできたよ……
「……ツヨインデスネー」
「ああ、俺は敵に背を向けて、斬られた事は無いからな……」
そう言うと、目の前の兵士は、自慢げに背中を見せた。兵士が自慢する様に、その背中には切られた傷は無かった。でも、打ち身の後の……既に青くなっている痣や、まだ赤い痣が、いくつも出来ていた。
「動くと、傷がふさがりませんよ。ジッとして下さい」
私は胡坐をかいている騎士さんの前に膝立ちになって、肩から胸の傷を消毒し、傷口をなぞるように化膿止めの塗り薬を塗った。
途中くすぐったそうに、動く騎士に嫌になったが、それよりも包帯を巻くのが、難しかった……
包帯を巻く範囲の大きさと、背中側に包帯を回す時に、兵士の胸に密着しないと、手が届かなくて……結局他の人に手伝ってもらった。
精神的に、物凄く疲れた相手だった。
私は他の人にしたのと同じように、その兵士にも包帯の具合を確認し、早く良くなるように包帯の上から一撫でして、そうして天幕の中にいた軽い(?)怪我人の包帯交換が終了した。
エプロンのポケットには、交換前の、汚れた使用済みの包帯が、パンパンに詰まっていた。
交換前の汚れた使用済みの包帯を空いている籠に移しかえて、私はカーディナルさんを捜しに天幕の外に出た。
幌付きの荷馬車に近付いた時、大きな声が聞こえてきた。
私がさっきまでいた天幕の、荷馬車を挟んで反対側にある天幕の前に、四角く区切った簡易休憩所の様な所から、話し声が聞こえてきた。気になったのと、中から『カーディナル』と呼ぶ声が聞こえたので、カーディナルさんに、包帯交換が終わったことを報告しようと思っていた私は、ついつい天幕の中に足を踏み入れてしまった。