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36.初日の朝とシュガーラスク

読みに来ていただき有難うございます。




 訓練初日の朝、マクシミリアン……マックスは期待よりも不安の中で目を覚ました。


専属侍女のクレアがいないことを確認してマックスは息を吐くと上半身を起こした。


 昨日、動かせたんだ……今日だって……

 

「ヨシッ……」


気合を入れたマックスはベッドサイドを手で握り上半身を捻ると、両足をベッドの外に投げ出すと、ベッドの端に腰掛けた。


ゆるりと身体をずらし、キュッと指を曲げた足の先を、恐々と床に下ろし、マックスはその場に立つことが出来た。


「立てた……あとは……動け、動け足……」


 小さくても、自分の力で……

足を踏み出そうと、テーブルサイドから勢いをつけて手を離したマックスは、鈍い音をたて倒れていた。


寝室から聞こえた鈍い音に、前室にいたマクシミリアン付の侍女クレアは、ノックもせずにドアを開け、倒れているマックスに駆け寄った。


「マクシミリアン様、お怪我は……」


「……だ、大丈夫…何でもない、よ……」


「……失礼致します」


 クレアは倒れていたマックスをベッドに腰掛けさせると、普段通りに朝の支度の補助をし、着替えさせた。


「マクシミリアン様……朝のお支度が遅くなり、申し訳ありませんでした」


 床に倒れていたマックスを見たクレアは、自分がもっと早く部屋を訪れていたら、ベッドから落下などしなかったのに、と勘違いをしていた。


「いや、クレアの所為じゃないから、気にしないで……」


「いいえ、そんな事は……私がもっと早くご様子を見に来ていれば……お怪我が無くて、何よりでございました」


「……」


 足を動かす事が出来たんだから、以前の様に歩け無くても、一歩踏み出すぐらい出来るだろうと思っていたマックスだったが、自分の脚で立てたものの、怪我してない右足をほんの僅かずらしただけで、倒れてしまった。


『……脚は動いたけど、歩く事は出来ない……』


 僕の脚は……


『歩く事を忘れているの……歩き方の練習が必要なの……』


 僕の脚は、今のままでは……

マックスの頭の中では、風花が()()()話していた声が、繰り返し再生されていた。


「……フーカ…………」


「……何か?」


 息を吐く様に小さく『フーカ』と、こぼしたマックスの呟きは、クレアに聞かれなかった。


身支度を終えたマックスは、風花と顔を合わせるのを期待しながらクレアの押す車椅子で食堂へと向かうのだった。




 *****



 午前中にマックスの訓練(リハビリ)をする事になった風花は、割り当てられた仕事を出来るだけ終わらせられる様に、早い時間に朝食を済ませていた。


「おはようございます、ボス」


「おはよう……早いですね、フーカ」


「今日からマックスの訓練が始まるので、その分早く始める事にしました」


「いい心がけですね、と言いたいところですが……無理はいけませんよ、いいですね?」


「イエス、ボス」


 そう言って手首を折り曲げ、右手を挙げた風花を見たコストナーは米神を抑えながら首を小さく振るのだった。


 日課の鍛錬と朝食を済ませたアルフレッドが執務室に来る頃には、風花はその日の分の書類を終らせていた。


「早いな……」


「おはようございます、アルフレッド様」


()()()定刻出勤ですね。明日からもこの調子でお願いしますね」


 コストナーは冷淡な微笑みを浮かべ、アルフレッドの執務机の上に書類を追加するのだった。


風花がコストナーの手伝いをする様になってからというもの、各所からの報告書の下処理を風花が行い、風花が処理した書類をコストナーが精査し、最終的な決済をアルフレッドが行うというシステムが出来上がっていた。


女子大生だった風花は、計算能力だけでなく情報処理能力も高かった。書類ごとの検算だけでなく内容についても取りまとめが出来る様になっていた。


思っていた以上に有能な風花のおかげで、最近のコストナーは残業が減り、家でゆっくり過ごせる様になっていた。

デクスターの家庭の様に子沢山でなくても、そろそろ一人ぐらいは子を持ちたいと思っていた。


 フーカの様な可愛い女の子が欲しいですねぇ……


与えられた仕事に真面目に取り組む風花が可愛くて、風花の様な娘が欲しいと、コストナーは心から思うのだった。


「……コストナーは……手伝わせて…楽して……」


「あ゛?アルフレッド様、何か……?」


「フン、自分はフーカに手伝わせて……俺だってフーカに手伝って欲し……」


「四の五の言ってないで、サッサと手を動かしなさい!」


 不平を漏らすアルフレッドをコストナーが一喝していた。

叱られている大きな子供(アルフレッド)を見て、風花は吹き出しそうになるのをケホンっと、空咳で誤魔化した。


「おや、フーカどうしました?」


 って、聞かないでよぉ~()()かボスは()なのか……

「……イエ、ベツニナニモ……」


風花はジト~っとした目でコストナーをチラ見すると、退出の許可を取り、執務室の扉を開けた。



「ぁ……おはようございます」


 扉の外で控えていたランドルフに、風花が朝の挨拶をすると、ランドルフはニコリともせず小さく手を上げるだけだった。


 なんか……怒ってる……?

「……?」


「……何方(どちら)へ?部屋に戻られますか?」


「お茶の用意をするので、厨房へ行きます」


そう答えると風花は、仏頂面をしたランドルフが何も言わない内に……とスタスタと歩き出した。



 お茶の支度なんて侍女にやらせればいいのに……変わったお嬢ちゃんだなぁ……


「お茶の用意なんて、マリーの奴にでも……」


ランドルフの小さな呟きは、風花の耳には届かなかった……



 *****



 厨房とカウンターで間仕切りされている食堂に入った風花は、ランドルフに待つように言うと、自身に清浄(クリーン)をかけ、収納ボックスから出したエプロンをして厨房に入って行った。


「おはようございますフーカ様、今日は何を?」


 風花に気が付いたジャンが声を掛けてきた。


「ジャンさん、おはようございます……って、やだなぁ、前みたいに気軽に話してくださいよ」


「イヤイヤ、そんな事できませんって……」


 至高の甘味プリンを()()し、ジャンが失敗したプリンからもプレーンオムレツ、フレンチトーストといった()()を創り出した風花を、ジャンは師と仰ぐようになっていた。


「そしたら、『師匠』って、呼んじゃいますよ?」


「ぅう~ん、っそれもちょっと……で、出来るだけ普通にお願いします」


「それで、今日は何を?」


「今日は、ラスクを作ります」


「ラスク?ですか……」


「そう、『シュガーラスク』ね。必要な物は……」


 風花はシュガーラスクを作るのに必要なパン、砂糖、バターをジャンに用意してもらうと、調理台の前に立った。


風花はパンを薄切りにし、ジャンにオーブンで軽く焼く様に頼んだ。焼いている間に砂糖と溶かしバターを混ぜて、焼きあがったパンにシュガーバターを塗って、焦げないように再度オーブンで焼くようにお願いした。


食堂で待機しているランドルフが、カウンター越しに風花のする事を不思議そうに眺めていた。


 風花はパンが焼けるまでの間に、いつの間にか側に控えていたアイシャとお茶の用意をしていた。


 紅茶もいいんだけど、お茶うけがシュガーラスクだから、珈琲のが合うと思うんだよね……


「ねぇ、アイシャ、珈琲って知ってる?」


「コーフィー……で、ございますか?」


「そう……炒った豆を粉にして、その粉を濾して飲む黒い飲みものなのだけど……」


風花に聞かれたアイシャは、申し訳なさそうに首を横に振るのだった。


「お役に立てず、申し訳ありません……」


「んっ、ぁ~アイシャ、気にしないで……ジャンは珈琲について何か知ってる?」


 オーブンの様子を見ていたジャンは聞かれた事には答えず、風花に側に来るよう手招きした。


「コフィだか何だか知らんが……そんな事よりそろそろいい焼き加減じゃないか?」


ジャンに言われて、オーブンの中を覗き見た風花は、うん、イイ感じ、と首を縦に振った。


「ヨシッ、取り出すから下がってろー」


調理台に敷いた布巾の上に、オーブンから取り出したばかりの天板を置くと、布巾が熱で焦げていた。


「アチッ…」


天板からまだ熱いラスクを木べらで寄せ、手で摘まみ取ったジャンが思わず声に出していた。


皿に並べて、荒熱の取れたラスクを摘まみ上げたジャンは、その感触に驚いていた。


「硬いパンが、更にカッチコチじゃねぇか……食えんのか?」


 摘まんだラスクを裏に表にひっくり返しながら、ジャンは失礼な事を呟いていた。


 硬いんじゃなくて、サクサクなんだよ……

「別に、無理に食べなくていいよ……美味しく出来てると思うけ、ど……」


ザクッ、サクッ、サクッ……


「ぉお~硬いかと思ったけど、噛むとサクサクした感じがたまんねぇなぁ~。砂糖とバターを混ぜて表面に塗ってあるのも、甘すぎなくていいな」


「サクサクした歯ごたえがいいでしょ?で、美味しい?」


「ああ、美味いな。ただ口の中の水分が持ってかれるな……」


「だからお茶うけに、いいかな~って……お茶でもいいけど、ホットミルクでも美味しいよ」


「成程、お子様たちのおやつにホットミルクで……」


 ラスクを齧りながら話に割り込んだのは料理長だった。

作り方は簡単だし、砂糖とバターにレモンを少し混ぜても美味しいと伝えると、ジャンと料理長は競うように作り始めていた。


風花は仕込んでいる天然酵母の状態を確認すると、一口大に切ったラスクとカップやポットをアイシャと分担して持ち、執務室へと向かった。


黙って風花の後ろを付いて歩くランドルフだったが、こっそり口に放り込んだラスクを、モゴモゴと咀嚼していた。




 *****



「お茶の準備が出来ました。アルフレッド様、ボス、休憩して下さい」


 風花の掛け声に、アルフレッドとコストナーは席を立つと別々のソファーに腰を下ろした。

風花がいなかった間に何があったのか、コストナーは感情を隠す様に無表情で青白い顔をしていた。対するアルフレッドも憔悴したように虚ろな眼をしていた。


「……何か、ありました?」


「……」


「心配してくれるのですか?何て優しい……ぁあっ、そうだ、フーカ、今度我が家に遊びに来ませんか?」


「コストナー!」


「フッ、冗談……でもないですが、まぁ暫くは落ち着かないでしょうしね」


 コストナーのお宅訪問は、言われた当人(フーカ)を置き去りに延期される事となった。


 子育ての事で言い合いをした事がアビゲイルの耳に入り、風花が厨房に行っている間にアルフレッドは雷を落とされ、コストナーは謝罪されている内に何故か教育的指導をされていた。

   

 もしも養子をもらうとしたら、風花が良い……

騎士団がラッセルへ移動し落ち着いたら、嫁と風花を何とか顔合わせをさせようと、コストナーは考えるのだった。



 ……?何かあったみたいだけど、まぁ、いっか~

「お茶うけに『シュガーラスク』を作ったので、どうぞ食べてみて下さい……」


風花に言われてアルフレッドとコストナーの二人は、一口大のラスクを手に取り食べ始めた。


「これは……サクサクと食感がいいですね。甘すぎず、噛んだ瞬間にホロホロと崩れて口の中一杯に広がって、お茶にもよく合いますね……」


食レポの様な感想を述べるコストナーとは違い、アルフレッドは黙々と食べ続けていた。


「ちょっ……何一人でバカ食いしてるんです?ああっ、言ってるそばから……」


 サクサクのラスクの屑が出ない様に一口大にしたラスクは、コストナーがゆっくり味わっている隙に、アルフレッドが次々と口に頬張り無くなっていた。


「ボス……これ、よかったらどうぞ」


ガックリと項垂れたコストナーに、風花は紙に包んだ何かを差し出した。


「フーカ、この包みは……?」


 風花はコストナーの耳元に口を寄せ、アルフレッドに聞かれない様に、その中身を囁いた。


風花が渡した紙の包みは、コストナーが美味しいと食べてくれたら渡そうと思っていた、お持ち帰り用のラスクだった。


コストナーは嬉しそうに風花に礼を言うと、アルフレッドから隠す様に机の引き出しに仕舞い込んだ。 


風花とコストナーのやり取りを見ていたアルフレッドは、無言で口をハクハクと動かし手を震わせていた。 


「わ、私には無いのか……」


 勝ち誇ったような視線を送るコストナーを、アルフレッドは恨めしそうに見るのだった。


「ラスク、気に入ってもらえました?午後の休憩にも、お茶うけに出してもらえるように伝えておきますね」


「や、そうではなく……」

 コストナーにフーカが渡した包みは?俺には無いのか……


「?……」


「アルフレッド様、良かったですねぇ……午後のお茶でも、同じお菓子が食べられますよ」


笑いを堪えながら諭す様にコストナーが言うのだった。


「そういえば、そろそろ時間じゃないですか?」


 風花が時計を見ると、時間を示す針が十一付近になっていた。お茶の片付けをアイシャに頼むと、退出の挨拶もそこそこに執務室を出ると、風花は迎えに来ていたマリーと一緒にジムへと向かうのだった。


誤字脱字、文章の見直しで修正する事があります。

物語的には影響は無いと思いますが、ご理解いただけますよう、よろしくお願いいたします。

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