29.マクシミリアン
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アルフレッドの右目が見えるようになった事でマクシミリアンは、いままで暗く……心に深く刺さっていた棘が、自分を縛り付けていた鎖が取り払われた様な気がしていた。
グシュグシュと泣き笑っているマクシミリアンに、『次はお前の脚を風花に癒やしてもらおう』と、アルフレッドは言うのだった。
「フーカに……フーカの癒やしを受ければ、僕は歩ける様になるのでしょうか?」
アルフレッドに問い掛けながら、五年の間、誰も治せなかったのに……と、マクシミリアンは呟いていた。
マクシミリアンの様子を黙って見つめていた風花は、どう言えば、マクシミリアンを傷付けずに、今のままでは歩けない事を説明して、訓練をする事が出来るだろう……と考えていた。
カーディナルは自分に出来ることは全て……愛する息子の為にこれまで、持っている技術の全てを尽くし治療を施していた……
「フーカ、君から見て、マックスの脚はどうかな?」
「カーディナルさん、マクシミリアン君の脚は、完治しています。彼の脚に、これ以上の治療は……治療行為は、必要ありません……」
私の言葉は、マクシミリアンにどう届いたろう……
「それは……この子に癒しは必要ないっていうことかい?フーカ」
カーディナルの問いかけに、風花は無言で頷いていた。
「え……?だって……じゃぁ何で……?何で、僕の脚は動かないんだよ!」
マクシミリアンは風花を睨みつけ、父親……カーディナルの胸を叩いていた。
「なんで……なんで……」
カーディナルは黙って、マクシミリアンの拳を受けていた。
「フーカ、必要無いなんて事ない……頼むマックスを、マックスの脚を癒して……」
アビゲイルが、マクシミリアンの脚を癒すようにと、風花に懇願していた。
母親のアビゲイルが頼んでも首を横に振る風花を、マクシミリアンは、刺す様に激しい目付きで睨みつけた。
「フーカは……フーカは僕が、僕の事がっ、嫌いだから癒しなんて……」
「マックス……」
カーディナルとアビゲイルは、マックスの風花に対する気持ちを知って、顔を見合わせていた。
「叔父上と違って、僕は……だから、フーカがやっても駄目、って……嫌いだからっ、癒してくれ、ないんだ……」
「マックス……泣くな……泣くんじゃない」
アビゲイルは、傷心の息子を抱き締めようとベッドに手を伸ばした。
アビゲイルの手がマクシミリアンに届く前に、その手を遮るように風花が前に出てきた。そして、マクシミリアンの頬をバチ~ンッと、引っ叩いた。
「!」
「いっ痛ぅう……」
人を叩くと手が痛いって……事実なんだ
「な、なにするんだよ!痛いじゃないか」
「うるさい!バカ!」
「バ、バカだと?」
「バカだから、バカって言った。わかった?マックスバカ」
私にバカバカ言われて……マックスは真っ赤な顔でプルプル震えていた。私は自分で言った“マックスバカ”という言葉に、偶然だけど、最大バカと言ってしまったと思い至った途端自分で言った事が可笑しくて、笑いそうになるのを必死に我慢していた。
「フーカ……」
笑いを堪えて俯いている私を、アルフレッド様が心配そうに見ていた。
「な、何だよ、何でバカとか、言うんだよ……」
マクシミリアンは、今にも泣き出してしまいそうだった。
居た堪れない雰囲気が溢れる部屋に、末っ子のギルバートがヒョイッと顔を出した。
「フーカも、マクにいちゃも、ケンカしたら、めっ!なの……」
「ギャビィ……一人で、こっそりついてきていたのか?邪魔にならん様に、隣の部屋に行くぞ。ん?ギャビイ、どうした?」
「なかなおりしないの、だめなの……」
「ギル……」
「ギル君、喧嘩してない、喧嘩なんて、してないから……」
「なかなおりの、するの!かーしゃまと、とーしゃまが、してるの……」
「ギ、ギャビィ……?」
「かぁしゃまと、とーしゃま、いつも、してるの……なかなお……」
「ギャビィ、母と一緒に隣の部屋に行こう、な!」
「だめ。マクにいちゃ、フーカと、なかなおりしてないの……」
「ギャビィ、マックスも、フーカも、喧嘩なんてしていないから」
「そう、喧嘩なんてしてないよ。ねぇ?」
「フーカ、マクにいちゃ、キライなの?」
マクシミリアンは、ギルに答えようとする風花から顔をそむけた。
「ギル君……嫌って、ないよ……マクシミリアン君の事、嫌ってなんていな……」
「嘘つき!嘘だ……フーカは、僕のことなんて……」
潤んだ目で、私を見るマクシミリアン君にシュンと垂れた耳と尻尾が見えた気がした。
私は発作的にマクシミリアン君を抱き締め、柔らかな髪でサラフワな頭を撫で、その背中を小さい子をあやす様に、優しくトントンと、叩いていた。
小さい……そう、そうだよ、まだ十歳だった……
「バカって言って、ゴメンね。ねぇ……」
「なに?」
「マックスって、呼んでもいい?私の事は、もう、フーカって呼んでるし、いいよね?」
「……別に、好きにすれば?」
「ねぇ、マックス……間違ってたらごめんね?」
「……なに?」
私はマックスの、完治している脚が動かないのは……歩けないのは、アルフレッド様の右目が見えなかったから、自分の脚が治るのが許せない、歩け無い事が贖罪だと、そう思っていたんじゃないかと、マックスに問いかけた……
「どうして……」
マックスは、あの日からずっと自分を責めていた。
心の奥で燻っていた罪悪感、自分がとった愚かな行動の代償が、叔父の右目を奪い、王女との結婚を駄目にし、叔父の人生を壊した事に、どうやっても償えないでいる自分が、自分だけが、怪我が治って元の生活に戻る……
そんな事が許されていい訳が無いと、思い続けていた。
「マックス……そんな風に、思っていたのか……私は押し付けられた王女から逃れることが出来て、王家から干渉されなくなって、感謝していたのだぞ……」
「叔父上……」
「私は自分の伴侶は自分で選ぶ……誰かに押し付けられるのはご免だ」
アルフレッドは獲物を狙う狩人の様な目で、マクシミリアンを抱き続けている風花を見つめていた……