28.医者で薬師
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復興予算の中で人件費が少なかったのは、報酬を辺境伯が支払う必要の無い、第三騎士団に依頼したからだった。
王国第三騎士団……職人集団が派遣され、復興に当ると聞いて、風花が想像したのは自衛隊の災害派遣だった。
アルフレッド様も、コストナーさんも、騎士団には近づくなって言うけど……錬金術とか職人技とか、見たい。錬金術は私も使う事が出来るけど、他の人がどうやってるか見学したいし、出来れば教えて欲しい。それに職人技も見学したい。
アルフレッド様の機嫌の良い時に、お願いしてみようっと……私は心のメモ帳に……と、思ったが、うっかり忘れないように、他者には不可視タブレットのメモ機能に記録するのだった。
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執務室での業務が終わり、アイシャと自室に戻った風花は軽めの昼食を摂ってから、学習室へ向かった。
風花が学習室……子供達が勉強する時に使っている部屋に入ると、次男のエドワードと、三男のフェリクスの二人しか居なかった。
来るのが遅くなってしまった風花は、マーカス先生も居ない事から、今日の学習は中止になったのか、二人に聞くことにした。
「今日の授業って、終わったの?それとも、中止なの?」
「終わってないよ、マーカス先生は用事が出来て、今いないけど戻って来るって……」
風花の問いに返答したのはエドワードだった。
「マクシミリアン君と、ギルは?」
「……母上が今朝、父上を連れて戻ったんだ」
「ギルは、父様にベッタリだからな……」
子供達の父親、アビゲイル様の旦那様ってどんな人なんだろう?気になる……
「ギルはお父さんが好きなんだね……それに、まだ小さいから、ベッタリでもしようがないよ。それで、マクシミリアン君は?」
「父上は、優秀な医師で薬師なんだ……多分今、マックスの足を診てる……」
「そうそう、それでマックスもいないんだ」
「お医者様で、薬師?凄い人なんだね……」
「そう、父様は凄いんだ。でも、母様には逆らえないんだよね……」
「え?それって、アビゲイル様が強いから……?」
お尻に敷かれている、ってこと?それとも物理的な意味?
「フェリ、そんなこと母様の耳に入ったら……」
エドワードに注意され、母親がこっそり立っていないか、フェリクスは素早く後ろを振り返って確認していた。
背後に誰もいないことを確認して、フェリクスはホッと、小さく息を吐き、前を向いて絶句した。
「!!」
そこにはいつの間に来たのか、母のアビゲイルが腕を組んで立っていた。
「フェ~リ~ク~ス~……どうしたのかなぁ?顔色が良くないぞぉ?ん~?」
そう言うと、アビゲイルは両手をフェリクスの肩に置き逃げられないようにしていた。
「か、か、母様……な、何でもありません」
「そ、そうです……何でもないです……」
庇いあう、エドワードとフェリクス……麗しい兄弟愛だった。
「フン、まぁいい。そんな事より、ギャビィの相手を頼む。それと……フーカは一緒に来てくれるか?」
「は、はい、アビゲイル様……」
「ギャビィ、いい子で兄達といるんだぞ」
「あい。かーしゃま」
何処へ行くのか……何の説明も無いまま、風花はアビゲイルに連れられ、学習室を後にするのだった。
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風花がアビゲイルに連れて行かれたのは、ドアノブも取っ手もついていない、何だか見覚えのある扉の前だった。
アビゲイルはノックすると、返事を待たずにドアを押し開け、風花を連れて部屋に入った。それから、奥の寝室へと続く扉も、軽くコンコンと叩くとすぐに風花を連れて中へ入っていった。
「カディ、連れてきたぞ」
入り口に背を向けベッドの傍らに立つ誰かに、アビゲイルが「カディ」と呼び掛けた。その声に、身体ごと振り返った人物は、ローシェンで風花と別れたカーディナルだった。
カーディナルは、ポカーンと口を開け驚く風花に、唇に人差し指を立て微笑むと、手招きをした。
静かにカーディナルの横へと移動した風花が目にしたのは、上掛けを腰のあたりまで捲って脚をさらけ出し、ベッドに横になっているマクシミリアンだった。
「フーカ、君の能力で、この子の脚を治せるか……どうか……診てくれるかな……」
マクシミリアンの足を診る様に言われた風花は、小さく息を吐くと、目を閉じてゆっくりと頷いていた。
カーディナルさんに言われた私は、目の前にあるマクシミリアンの……下履きだけで、露になった男の子の脚を、足の付け根から爪先まで、ゆっくりと手をかざしていった。
神経には異常が無い……
不可視のタブレットに、鑑定した画像が写っていた。医療関係者ではない私でもわかるように、悪い部分や異常があれば、その部位が赤く表示が出て、更に詳しく説明がタブレットに表示されるようだった。
メイドの振りをして診た時と同じように、筋力不足の表示はあっても、神経が途切れているとか、血管が詰まっているとか、そういった異常は表示されたいなかった。
アビゲイル様から聞いた五年前の落馬事故で、マクシミリアンの心を深く傷つけ、脚が動かないと思い詰める何かがあったのだろう……
その原因を取り除ければ、いいんだけど……
脚の怪我は治っていて神経等に異常が無い事から、脚が動く事を本人……マクシミリアンに認識させて、それからリハビリ……脚の訓練をしないと……
私が今後の事を考えていると、言い合うような声が聞こえてきた。何事?と思う間も無く、大きな音を立てて、ドアが開かれた。
「アルフレッド!!」
アビゲイル様の制止を振り切り、ドアを半壊させる勢いでアルフレッド様が、部屋に入ってきた。
「義兄上、マックスは、マックスの脚は……」
「シーッ、アルフレッド静かにして……マックスが起きて……って、遅かった……」
カーディナルがアルフレッドに静かに、というより早く眠らせていたマクシミリアンが覚醒を始めた。
マクシミリアンが覚醒する前に、カーディナルは掛け布を露わになっていた下半身を覆うように掛けていた。
「う、うぅん……うるさ……」
「マックス……」
「父上?……?お、じうえ……?」
父親の横から覗き込む叔父のアルフレッドを見て、マクシミリアンは上体を起こした。
右腕で上体を安定させると、マクシミリアンはゆっくりと左手を伸ばし、叔父アルフレッドの顔を隠すようにかかっている前髪をすくい上げた。
「お、叔父上、お顔の傷が……目は?右目は……」
「マックス、落ち着きなさい」
「父上、叔父上の傷が……目はどうなっているのです?」
マクシミリアンはアルフレッドから左手を放すと、今度は両手で、首を絞める様な勢いでカーディナルの襟を掴んだ。
「落ち着け、マクシミリアン……」
「お、叔父上、どうして……」
「フーカが……俺を癒してくれた」
「フーカが?何を……右目は、目は見えるのですか?」
「見える……見えているさ、泣きそうなお前の顔がな、マックス……」
「叔父上……うっ、ひっく……よ、よがった……おじっうっうぇ……うわぁああ~ん、ひっぐ、ひぃいっぐ……」
自分のせいで、大好きな叔父アルフレッドの顔に傷をつけ、右目が見えなくなってしまった……
自分のせいで、見えなくしてしまったと、自分を責めていたマクシミリアンは、アルフレッドの右目が治ったと聞いて、五年前の……小さく幼かった時の様に泣きじゃくっていた。
マクシミリアンが幼い子供の様に泣きじゃくる様子を見た風花は、今まで吐き出せなかったマクシミリアンの心の闇が……脚を動かせない……動かそうとしなかった原因が解消されればいいと、思っていた。