26.補佐官はボス
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風花は今日も、補佐官の手伝いをする為に、辺境伯の執務室に来ていた。
「おはようございます、コストナーさん」
「おはよう、フーカ。今日も可愛いですねぇ」
「……ありがとう……ございます?」
いつもなら、苦虫を噛み潰した様な表情が定番のコストナーなのだが、どうした事か今朝は満面の笑みを浮かべている。
普段とは違うその笑顔に風花は胸が高鳴る感じがした。
もしかしてコレが噂の……ギャップ萌え?
上機嫌のコストナーに一体何があったのか、気になりつつも面倒な予感に、とりあえずスルーを決める風花だった。
今朝の執務室は、コストナーの様子も変だが、何か違和感がある……何だろう……と考えて、風花はアルフレッドがいない事に気が付いた。
昨夜のお説教を思い出すと風花は、アルフレッドと顔を合わせずらいと感じていた。
ホッと安堵する一方、少し寂しく感じている風花だった。
「ボーっとしている暇はありませんよ」
そう言うとコストナーは風花の机に、書類の束を置いた。
「出来るだけ早く……正確に、検算して下さい。頼みましたよ!」
「りょ、了解です……」
風花は与えられた仕事を黙々とこなしていった。
出来早正確にと言われた書類の内容が、材木、石材、人件費等の予算関連だった事から、戦災で焼けてしまった街の復興に関する物なのだろうと、風花にも見当が付いた。
検算終わったぁ……でも、材料に比べて、人件費が少なくない?ブラックなの??
風花は材料費に比べ人件費の少なさに、安い賃金でこき使うブラック企業を思い浮かべてしまった。
検算の終わった書類をコストナーに渡すと、風花はお茶の用意をする為に厨房に向かった。
風花はお茶のセットとプリンを持ったアイシャ、マリーと共に、執務室に戻ってきた。
風花が執務室に入ると、そこにはコストナーと、アルフレッド、そして王都に行っていたジャスティンがいた。
「フーカ!」
執務室に入って来た風花にジャスティンは、ソファから立ちあがると、背後からフーカに覆い被さった。
「!」
スンスン、クンカクンカ、とジャスティンは風花の匂いを嗅ぎ、フハァ~と、大きく息を吐きだした。
「はぁ~、癒されるぅう~……」
そして、腕の中で羞恥に顔を赤くしている風花の頭にスリスリと頬擦りを始めていた。
「うぅっ……恥かしぃ……」
「……っいい加減にぃ、しろっ!」
アルフレッドは、地の底から響く様な低い声を出し、風花からジャスティンをベリッと引き剥がすと、そのまま壁に放り投げた。
「大丈夫か?」
アルフレッドは呆然としている風花の手を取ると、ソファに連れていき、そして膝の上に横抱きにしていた。
「ぇえっ?」
風花に覆い被さって、変態行為をしていた、ジャスティンを引き剥がしてくれたまでは良かったのだが、アルフレッドの膝の上で横抱きにされている状況に風花は混乱していた。
な、何で膝の上?しかも横抱っこって……?
「あ、あの……下ろしてくださ……」
「ダメだ。震えている……恐かったんだろう?」
「こ、怖くなんか……」
怖くなかったよ!恥ずかしかったんだよ!今だって恥かしいよ!!!
風花は口を尖らせ、恨めしそうな目付きで、アルフレッドを睨みつけていた。
「うぅっ、イタタタ……アルフレッド様、酷い……」
首を振り、頭を撫でながらジャスティンがソファに近付き、風花を膝に乗せ横抱きしているアルフレッドの隣に腰掛けた。
アルフレッドは横抱きにしていた風花を解放すると、隣に座ったジャスティンから最も遠い向かい側の席、コストナーの隣に座るように言うのだった。
コストナーは風花を取り合っている様な二人を見て、氷点下の眼差しをするのだった。
異様な雰囲気の中風花は、マリーの入れたお茶を飲んで、ホッと小さく息を吐いた。
そして保管庫で冷やしてもらっていたプリンを、コストナーにすすめた。
「コストナーさん、どう……」
「フーカ、私と貴方の仲で、いつまで他人行儀な呼び方をするのです?貴方にはルイスと名前で……いえ、そうですね、愛称の“ルイ”と呼んで下さい」
コストナーの爆弾発言に、その場が凍りついた。
アルフレッドとジャスティンは、真面目な補佐官の意外な発言に顔を見合わせていた。
コストナーはそんな二人を鼻で笑うと、愛称で呼ぶ事を催促するかのように、風花を見ていた。
思いもよらないコストナーの無茶振りに、風花の顔は青白くなっていた。
な、何言って……コストナーさんってば、いきなりどした?私との仲って……?仲って何?上司と部下ですが何か……?
風花は年上の、しかも上司のコストナーを“ルイ”なんて呼び捨てには出来ない。
目上の人には敬語で……と教育されてきた身としては、妥協してもサン付けだ。
「え、っと……ルイ、スさん?」
「ダメダメです。もっと親しく愛情こめて呼んで下さい」
ぅぇえ、無理無理……
風花は無茶振りする上司に今迄のバイト歴で、何かいい呼称がないか考えていた。
カフェの時はマスター、その前の……
「あ、あの、コストナー補佐官、名前でなくて、私達の間でしか使えない呼称で、呼んでもいいですか?」
「愛称で呼んでもらえないのは寂しいですが、私達だけでしか使えないというのはいいですね。それは何と?」
風花の提案に、コストナーは期待に満ちた眼を向けた。
「はい、それはボスです」
「ボス?それはどういう……」
「ボスというのは、今の私にとってのコストナーさんの事です」
「特別、という事ですね?」
「はい。私達の間でだけです」
私の上司は、コストナーさんだからね……
風花の言葉にコストナーは満面の笑みを浮かべ、役職呼びに定着した事で風花も、小さな胸を撫で下ろした。
アルフレッドとジャスティンは、二人のやり取りを呆然と見ていた。
「ボス、プリン食べて下さい」
「プリン?何ですそれは?」
「厨房で昨日、私が作ったお菓子です」
「フーカが作ったのですか?」
「はい、出来立ても美味しいですが、冷たく冷やしたプリンも美味しいのです」
「この、薄黄色の液体が?」
コストナーは初めて目にしたプリン、しかも風花の手作りという事で、美味しいと言われても、どこか疑心暗鬼になるのだった。
プリンを前にして、一向に食べようとしないコストナーを放置して、風花は自分の分のプリンをスプーンで掬って食べ始めた。
「美味しぃ~」
蕩けそうな顔で食べている風花を見て、コストナーも渋々プリンを口にしていた。
「これは……液体かと思ったらなんて滑らかな、何とも言えない食感で、甘いだけかと思ったら底にあるほろ苦い物と合わせるとまた違った味わいがありますね……」
『美味しい』の一言で良いのに、コストナーの漏らした食レポ風な感想に風花はツッコミたかった……
「アルフレッド様も、ジャスティンさんもどうぞ……」
風花はアルフレッドとジャスティンにも、プリンを食べるようにすすめた。
「これが、昨日甥っ子達が食べたというプリン……」
アルフレッドは、甥っ子達が夢中になり、風花がマックスとギャビィに“ア~ン”していたという、プリンを、大人にはア~ンは無いのだな、と考えながら食べていた……
ジャスティンは目の前に出されたものが、風花の手作りだという事に感激していた。
「フーカの作ったコレ、美味しぃい~」
こんなに美味しい物が作れるフーカをお嫁さんにしたいなぁあ……
「昨日残しておいたプリンは三つだから、ジャスティンさんが食べているのは多分料理長が作ったプリンですよ」
美味しそうに食べているジャスティンに風花は、正直に言うのだった。
ジャスティンはショックを受けた顔をして、風花の作ったプリンを食べたい、と駄々をこねていた。
風花は“お子様か!”とツッコミを入れたかったが、
「王都まで出張して帰って来たご褒美です」
と、自分の持っていたプリンをすくって、ジャスティンに食べさせようとした。
も~、しょうがないなぁ……
「はい、ジャスティンさん、ア~ン……」
手を伸ばして、風花が差し出すスプーンを、ジャスティンが口に含む前に、アルフレッドが手で押さえて、そのまま自分の口に含んでしまった。
「な!アルフレッド様、ズルい……」
「……」
「…フーカ、昨日の今日で何を無防備にしている?」
アルフレッドが、黒い笑顔を浮かべていた。
ぅぁあ゛、魔王様が……魔王様がココにいる……
風花は、昨日のお説教を思い出して身震いしていた。
「昨日と同じ様に、指導したいが……美味しいプリンに免じて、許してやろう……」
やったぁ!有難うプリン。美味しいは正義だぁ!
「あ、ありがとうございます?」
「いや、これからも何か作って、私と、甥っ子達に、食べさせてやってくれ」
「は、はい!こちらこそ、望むところです」
風花は、アルフレッドから今後も厨房を使って良いという言質をもらって、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見たアルフレッド、ジャスティン、コストナー、侍女のマリーとアイシャまでも、風花の笑顔に癒されるのだった……