22.算術勝負
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なんちゃって侍女見習いのフリのまま、遅くなったのをお茶で誤魔化そうとした風花だったが、コストナーに呆気なくバレて、机の上にあった書類の検算作業を、ひたすらこなしていた。
侍女見習いのフリが思いのほか好調だった風花には、マクシミリアンの事以外にも、どうしてもやりたい事があった。でも、使用人の格好をしているからって、簡単に入り込んで、あれこれ見たり使ったりなんて、出来ないだろうな、とも思っていた……
作業を円滑に行うために、アルフレッドから許可をもらおうと、風花は考えていた。その話しをアルフレッドとする為にも、風花は目の前にある書類を一心不乱に片付けていた。
ぅあ~~、終わらない……山が減らない……計算間違いは多いし、書式がバラバラでやりにくい……
文字を読めても書けない風花は、書類自体の改善……書式を統一させて効率を上げる為にも、文字の書き取りを早く習得する必要があると実感していた。
一向に終わらない検算作業を早く済ませる為に、風花は検索能力を使う時に現れるタブレットの様な物を使う事を思いついた。
風花が想像した通り、検索画面で電卓機能と考えれば、
目の前の検索画面が電卓の様になっていた。目線を机の表面まで下げ手で操作すれば、卓上計算機その物だった。
処理能力の上がった風花は、机の上にあった書類の検算を、なんとか終わらせる事が出来た。
風花は席を立つと、終わった書類をコストナーに渡した。
「おや?もう終わったのですか……ふむ、少し早いですが、今日はここまでで、また明日、お願いしますね」
「はい、悪魔様、明日は遅れないようにしますね」
「ええ、待っていますよ」
笑顔を浮かべながら言うコストナーに、風花は“悪魔退散”と、思いながら、引き攣った笑顔を返していた。
そんな風花を見て、アルフレッドは苦笑い……同類相哀れむ、みたいな表情を浮かべていた。
風花はどうやって話しを切り出そうかと、アルフレッドの様子を見ていたが、『ええい、ままよ』とばかりに話し掛けた。
「あ、あのアルフレッド様、お願いしたい事があります」
遠慮がちに声を掛けられたアルフレッドは、ゆっくりと顔を上げ、目の前に立つ風花を見た。
緊張からか俯き加減で、下している手をギュッと握っている風花を、ソファに誘い座らせると、アルフレッドはその対面の席に腰を下ろした。
風花がアルフレッドと二人で向き合って座るのは初めてだった。
「あ、あの……」
「フーカ、私に出来る事なら、可能な限り、君の願いを叶えよう……何でも言ってくれ……」
風花は、何でも望みを叶えるというアルフレッドの、熱を持ったような眼差しに、若干引いていた。
ぅえぇ……そんな、大した事じゃないのに……
風花は顔が引きつりそうになるのを堪えながら、自分の要望をアルフレッドに話すのだった。
アルフレッドから許可をもらった風花は、意気揚々として迎えに来たアイシャと共に、執務室を後にした。
そんな風花の姿を、物陰からこっそりと覗っている小さな影があった……
******
午後からは昨日と同じ様に、学習室で勉強する事になっていた。
家庭教師のマーカスは、自分に今必要な勉強は何かと、風花に質問を投げかけた。
算術に関しては、風花には補佐官の手伝いをするほど実力があり、マーカスも認めていた。だがそれ以外の、歴史、地理、文化、語学といった一般的な事に関しては、ほとんど知識が無いのだった。
「フーカ様には、ショックで記憶障害がおありだと、アビゲイル様より伺っております」
教会さえ知らない、常識が欠如している風花を、アルフレッドとアビゲイルは、凄惨な出来事によりショックを受け、記憶障害になっていると、マーカスに説明していた。
マーカスの質問に、風花は補佐官の手伝いで必要に思った文字の書き取りを、早急に習得したいと返答していた。
歴史や地理に関しては、検索タブレットで調べる事が出来る。文字の書き取りもある程度は出来ると思っていたのだが、独学よりマーカスから教わった方が正しく習得できそうだと、風花は考えたのだった。
「フーカ様、読みについては、問題無いのですよね?」
「はい、マーカス先生」
ってゆーか、何見ても、日本語に見えてるけどね……
風花の返事を聞くと、マーカスは気が付かれない様に、小さく溜め息を吐いた。
「……ではこちらの本を教本代わりに、文字の書き取りをして下さい」
「わかりました」
風花はマーカスが差し出した本を受け取ると、席に座って、静かにその本を読みだした。
自動的に翻訳されて日本語に見える文字を、風花は検索能力で出てくるタブレット画面を使って、タブレットの翻訳機能の設定を変更出来るかどうか試していた。
異世界言語のまま、日本語で読み方のふり仮名をふり、日本語訳も同時に表示出来れば、アルシオーネの言語を日本語に変換せずに、理解できる様になるかも?と考えたからだ。
子供用の絵本といってもいい本を前に、唸っている様にしか見えない風花を見て、マクシミリアンは不機嫌そうに顔をしかめていた。
勉強を始めてからおよそ一時間が経過した。風花は検索タブレットを使って、翻訳機能の設定を思い通りにカスタマイズしていた。
タブレット上に、今迄日本語に見えていた文字が、アルシオーネの文字そのままに、読み方と日本語訳が表示されていた。設定変更が思った通りに出来た風花は、鼻歌交じりに、本を読み、指先で文字の書き取りをしていた。
ふんふ~ん……これがこの世界の文字なのねぇ……
マーカスから渡された本は、巻末に基本文字の一覧表がある幼児向けの絵本と、植物と動物の図鑑の様なものだった。緻密に描かれた植物のイラストの中には、前の世界と同じ様な花や果物もあった。
風花は動物図鑑の、魔獣について書かれているページに興味を持った。動物と魔獣の違い……それは見た目と狂暴さと、体内に魔石と呼ばれる核が有るか無いかで識別されるのだと記されていた。
ファンタジー要素の一つともいうべく魔獣と魔石について夢中になっていた風花は、休憩時間になっていた事も、誰かに呼び掛けられている事にも気が付いていなかった。
風花に呼び掛けていたのは、マクシミリアンだった。
「おい……おい!ってば……」
「……」
「さっきから呼んでるのに、無視かよ……聞こえてるんだろう?」
「ねぇ……おいって、誰の事?私、おいなんて名前じゃないんだけど……」
そう言うと風花は、ツンと澄ました顔で右隣に居るマクシミリアンを一瞥するのだった。
「くっ、オ、マエっ……フーカ、叔父上の執務室で、何やってんだよ?」
「何?って、お手伝い……」
「はぁ?叔父上の手伝い……って何だよ?子供のくせに、何やってんだよ……」
風花は咎めるように聞いてくるマクシミリアンの相手をする面倒くささに、舌打ちしたくなるのを『年下の子供』がする事……っと自分に言い聞かせた。
「辺境伯ではなく、私がやっているのは補佐官のコストナーさんのお手伝いです」
「コストナーの手伝いだって?読み書きも出来ないのに……」
辺境伯ではなく補佐官の手伝いだと風花が答えると、マクシミリアンは馬鹿にするように言うのだった。
「読むのは問題無いわよ……文字が書けなかっただけで……」
ボソボソと言い訳をする風花に、マクシミリアンは鬼の首でも取ったかのように話し始めた。
「ハン、文字も書けないのに補佐官の手伝いなんて嘘言うな!どうせ叔父上に取り入ってるんだろう?」
「な……そんな事してない。文字が書けなくても数字だけだし……検算するだけでいいから手伝って欲しいって、コストナーさんに頼まれたのよ!」
相手は年下の子供,冷静にならなきゃ……頭ではわかっている風花だったが、マクシミリアンに対して、なぜかムキになってしまうのだった。
「そんなに言うなら、勝負よ!私が勝ったら、言う事聞いてもらうから……」
「ハッ?オマエなんかに、負けるわけないね」
睨み合う風花とマクシミリアンの二人を、エドワードは呆れる様に見ていた。フェリクスはニヤニヤと楽しそうに、ギルバートは勉強に飽きてウトウトしていた。
「コストナーの手伝いが出来るのかどうか、確かめてやる……フーカ、僕と算術で勝負しろ、負けた方が勝った方の言う事をきくんだ……」
休憩時間が終わって部屋に戻ってきたマーカスは風花とマクシミリアンが、どちらが優秀か算術で勝負をすると聞いて驚いていた。
算術(数学)における風花の実力を知っているマーカスは、止めた方がいいとは言えずに、上級学園の入試問題の過去問を、ついでにとエドワードとフェリクスにもさせるのだった。
「「ぅえ゛ぇ~」」
成り行きを傍観していたエドワードと、高みの見物を楽しもうとしていたフェリクスは、巻き添えをくらった。
勝負の結果は……誰よりも早く間違いのない風花の圧勝で終わった。
「ふふふ、負けたマクシミリアンには何をやってもらおうかしら……?あら、顔色が悪い?」
「……」
「無かったことになんて、しないわよねぇ?」
「……」
「男が口にしたことを、簡単に取り消したりなんて、しないわよねぇ?」
「ああ、わかってる……」
「そう、よかった。何をやってもらうか、考えておくわね」
風花はまるで、悪役令嬢の様に高笑いをしながら、部屋を後にした。
マクシミリアンが私に悪印象を持っているなら、取り敢えずそれを利用するまでね……
風花は身の潔白を証明するよりも、悪役の様に振舞って言う事をきかせるという方法を選択した。
年下の下僕が欲しかったとかでは……ナイ、ハズ……
どうやって、マックスが立った……に
もっていくか、試行錯誤しております。