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20.過去の出来事


読みにきていただき有難うございます。

ブクマ登録、評価を有難うございます。

大変励みになっております。



 談話室のソファで風花の対面に座ったアビゲイルは、自らの心情を落ち着かせるようにゆったりと、しずかな声で話し始めた……



「フーカ、先ずは礼を言わせてほしい……アルフレッドの目を治してくれた事、深く感謝する……ありがとう……」



目の前で、深く頭を下げるアビゲイルに、風花は狼狽えていた。


「や……やめて下さい。アビゲイル様がそんな……」

頭を下げなければいけないのは、私の方だ……何も頼るものが無いこの世界で……アビゲイル様や、辺境伯様は、胡散臭い私を受け入れて、庇護者になってくれたのだ。それなのに……


 風花はこの世界とは別の……異世界から来た事も、自身が把握出来ていない神様からもらった能力ギフトについても、未だ打ち明ける事が出来ていなかった……



 漸く頭を上げ、風花の顔を正面から見据えたアビゲイルは、心の内を吐露する様に話し始めた……



「フーカ……少し前の……五年前の話なのだが、聞いてもらえるだろうか……?」


風花は淡々と話し始めたアビゲイルの表情を、静かに見つめていた。





 ******




 五年前の春……アビゲイルは長男アレクシスの、王立学園初等院入学試験の為に、夫と長男、二男のエドワードと共に、王都にある辺境伯の屋敷に滞在していた。


三男のフェリクスと四男のマクシミリアンは、叔父である辺境伯アルフレッドに預けられていた。


年若い辺境伯……アルフレッドには、母親代わりでもあった九歳年上の姉、アビゲイルとその家族しか肉親はいなかった。


アルフレッドにとって幼い甥っ子達は、子供の頃に欲していた、弟の様であり、子供の様でもあり……愛しく、大切な存在だった。

また甥っ子達も、年若い叔父を一番上の兄の様に、慕っていた。


 当時アルフレッドには王命により定められた婚約者がいた。王立上級学院を卒業したばかりのアルフレッドの婚約者、第三王女ベルローズは、卒業旅行を兼ねて婚約者であるダンガールド辺境伯の居城に、友人二人を伴い滞在していた。


 第三王女ベルローズは、父王から告げられた辺境伯との婚約を聞いた当初は嫌がっていたという……

政略結婚で他国の王族に嫁ぐというならまだしも、自国の辺境……田舎貴族に嫁ぐなど許容できない……と周囲に漏らしていた。


甘やかされた末の姫は、王に準ずる権利を持つ辺境伯というものを、正しく理解していなかった。

愚かで浅慮な第三王女ベルローズは、若く麗しい辺境伯の姿を目にすると、手の平を反す様に夢中になっていった。


 見目麗しい辺境伯の婚約者として、女性貴族からの羨望の眼差しに、ベルローズ王女の優越感と虚栄心は大いに満たされたのだ。


ベルローズ王女が、友人二人を伴って辺境を訪れたのも、婚約者であるアルフレッドの容姿を、二人に自慢したい、それだけの為だった。


 ベルローズ王女が辺境に滞在してから数日……

誰よりも優先されるべき自分よりも、幼い甥っ子二人を優先しているアルフレッドに、ベルローズは憤りを感じていた……


恋情による嫉妬というよりも、尊ばれる王女である自分を蔑ろにするアルフレッドと、それ以上に甥っ子二人の存在が、ベルローズは許せないでいた……



 仕事優先で婚約者の王女の相手をしようとしないアルフレッドに、当時はまだ補佐官補だったコストナーが苦言を呈した。


「明日は仕事を休みにして、王女様を誘って、遠乗りにでも出かけて下さい……」


コストナーは、我儘王女のご機嫌取りをして欲しいと、アルフレッドに頼んでいた。王女の傲慢な振る舞いに、使用人達からの苦情が、コストナーの耳に届いていた。

王女とその友人が、遠乗りにでも行けば、城の使用人達も少しは気が休まるだろう……


アルフレッドには悪いが、婚約者殿と交流して歩み寄る事も必要だからな……


補佐官補のコストナーは、米神を押さえながら溜め息を吐いていた。



 アルフレッドは、普段より早い時間に食堂に顔を出すと、久しぶりに、甥っ子二人と共に夕食を済ませた。

夕食の後も、応接間で甥っ子達の相手をしていたアルフレッドは、明日の休みに一緒に遠出しよう……と、話をしていた。



「「やったぁ~」」


アルフレッドの小さな甥っ子達は、手を上げて喜んだ。

姉から甥っ子二人を預かったものの、忙しくて構ってやる事が、出来なかった。遠出先に考えている森には小さな泉があり、甥っ子と釣りをするのも楽しいだろう……


 アルフレッドが明日の予定を考えていると、応接間にベルローズ王女が入って来た。


アルフレッドはソファから立ち上がり、王女の手を取り、指先に軽く口づけた。



「王女殿下……今宵は、食事を共にできず申し訳無かった」



「まぁ、いいえ、そんな事……それよりもアルフレッド様、甥御様も共に遠出を?」



「え?ああ、そうです。殿下がよろしければ、ぜひ一緒に……」


アルフレッドの言葉に、ベルローズ王女は厭う心を隠し笑みを浮かべた。


「そう……ですわね、お留守番は可哀相ですものね」


「王女殿下……」


ベルローズ王女は両手を胸の前で組むと、上目遣いに、アルフレッドを見つめた。



「お姫様も一緒に行くの?」


 女の子が王子様に憧れる様に、男の子は綺麗で優しいお姫様に焦がれる……そして、目の前には本物のお姫様がいるのだ。

五歳のマクシミリアンは、目をキラキラさせて、アルフレッドとベルローズ王女を見ていた。



「え、ええ、一緒に行きましょう……」


 微笑みを浮かべそう答えたベルローズ王女だったが、内心では邪魔な甥っ子二人を連れて行く事に憤っていた。


 親でも無いのに、なぜ面倒をみなくてはいけないの?

甥だからといって、アルフレッド様が相手をしなくても、侍女が相手をすればいいのに……と、ベルローズは思っていた。



 翌朝……雲一つない晴天に恵まれ、絶好のお出掛け日和だった。遠出先の、小さな森の少し開けた場所には小さな泉があり、アルフレッドと子供達は釣りを始めた。


 魚の影は時折見えても、一向に釣れない……

やんちゃ盛りの甥っ子達は、すぐに飽きてしまった。

護衛の守備隊員に体術を手ほどきされたり、動植物について教わったりしていた。



 アルフレッドは、泉の周りを、ベルローズ王女を馬に乗せ、ゆっくりと走らせていた。


二人で話をしていると、ベルローズは、結婚しても辺境に住むのは嫌だ。領地など、家令に任せて王都に住めばいい……今の辺境伯の屋敷を売って自分に相応しい豪奢な屋敷が欲しい、なんなら国王(ちち)に用意してもらうとまで、言い出していた。


 したり顔で言うベルローズに、そんな事は出来ない、辺境がお嫌でしたら自分などより好条件の男を探して、どうぞお幸せに、と冷めた目でアルフレッドは言うのだった。


ベルローズは、王女である自分の希望を叶えるどころか、切り捨てる様なアルフレッドの態度に激高していた。

婚約者であり、王女でもある自分を蔑ろにして、姉の子供を優先する……あの子たちさえいなければ……

ベルローズの歪んだ怒りの矛先は、子供達に向かった。


 仏頂面で戻って来たベルローズ王女と、アルフレッドに、王女の友人と、同行していた守備隊員は、無意識に

目を背けていた。



 国防の要である辺境を任されている辺境伯が領地を出て王都に居を移す事などありえない。

辺境に来るつもりのない者など、誰であっても必要無い。


 ベルローズ王女と御友人二人には、一両日中に辺境から退去してもらおうと、アルフレッドは考え始めていた。


手綱を手に、馬の首筋を撫でていると、フェリクスが、馬に乗せてほしいと言ってきた。

アルフレッドは、快く甥っ子を馬の背に乗せた。


「うわぁ、高い……」


馬上からの景色に、フェリクスは感嘆の声をあげていた。

アルフレッドはヒラリと、フェリクスの後ろに跨ると、ゆっくりと泉の周りを駆け始めた。


マクシミリアンは、騎乗して駆けて行く二人を、羨ましそうに見ていた。


 アルフレッドが甥の一人と騎乗して行った後、その場に

立ってジッとしているマクシミリアンに、ベルローズ王女が話し掛けた。



「貴方も馬に乗せてもらったら?」


「え?でも、ボクまだ小さいから……」


「アルフレッド様が一緒に乗って下さるから、大丈夫よ」


「ダメって言われないかなぁ?」


「アルフレッド様はお優しいから……でも……そう、ね、こうしたらいいわ……」



 ベルローズ王女は、マクシミリアンに何事か囁くと、歪んだ月の様に口角を上げた。頑張ってね、と言いながら、遠くに見える、アルフレッドに目を向ける王女の視線の奥には、憤怒の炎が静かに揺らいでいた。



「お姫様、ありがとう~」


マクシミリアンは、馬が駆けて行ったのと反対の方向に駆け出すと、灌木の影に身を顰め、その時を待った。



 馬上の高さに、気後れしていた小さな甥っ子も、乗っている内に緊張が取れたのだろう姿勢が安定してきた。

アルフレッドは、馬の尻に軽く鞭を入れ速度を上げた。


駈歩かけあしで走ってくる馬の前に、低木の影から急に誰かが飛び出してきた。

アルフレッドが馬を止めようと素早く手綱を引いたが、間に合わず、飛び出てきた影は馬に撥ね飛ばされていた。


急に手綱を引いたことで、放り出されたフェリクスを身体全体で庇いながら、灌木の茂みに突っ込むようにアルフレッドは落ちて行った。



「きゃぁああ~……アルフレッド様ぁ!!……」



ベルローズ王女の悲鳴に、護衛の隊員達がアルフレッドに、駆け寄って行った。


フェリクスは、手足にかすり傷がある程度でほぼ無傷であったが、アルフレッドは低木の茂みに、突っ込んだ衝撃で折れた枝により、顔の右側が大きく抉れる深い傷を負っていた。


 アルフレッドは身体を起こすと、馬の前に飛び出してきたマクシミリアンの身を案じた。

馬に撥ね飛ばされたマクシミリアンは、蹴られた左足が、あり得ない方向に折れ曲がっていた。


アルフレッドは、倒れているマクシミリアンを抱き上げると騎乗し、数名を引き連れて急ぎ城に戻って行った。

フェリクスを前に乗せ騎乗した隊員も、アルフレッドと共に城へと向かった。


 ベルローズ王女達の乗る馬車は、護衛騎士と残りの守備隊隊員達に警護され城に戻った。

馬車に乗る時の王女と友人の会話を守備隊の一人が聞いていた。


 城に戻ったアルフレッドは、マクシミリアンの足の怪我を治療する為に、治療院から医術師を呼び、教会からは治癒師を招いた。


自らの怪我を後回しに、すぐに治療を始めたマクシミリアンの足は、目に見えてよくなっていった。だが、アルフレッドの顔の傷は、既に瘡蓋になって表面が乾いてしまい、完全に治癒する事が出来なかった。


大きな傷跡よりも、目蓋が開かなくなったことで右目を使えなくなっていた。

辺境を守る騎士の一人として、大きなハンデを背負う事にになった。



フェリクスに、何故馬の前に飛び出してきたのかと責められたマクシミリアンは、泣きじゃくるばかりで何も言わなかった。


 ベルローズ王女とその友人二人は、長期滞在した事に礼の一つも、挨拶さえもせず、後片付けをさせる為なのか侍女一人を置き去りに、逃げる様に辺境から王都へと戻って行った。


 王女と友人の会話を聞いていた隊員からの報告に、守備隊副隊長のレオンハルトは苦虫を噛み潰した様な表情だったという……




 ******




 あの時……一日でも早く戻っていれば……二人を置いてなど行かなければ……


 アビゲイルは、戻って来た時の城の様子……幼いマクシミリアンの痛ましい姿に、身を斬られる思いだった。

何もかも拒絶するような、虚ろな眼をして……思い出した様にアルフレッドに許しを請いながら嗚咽していた。

マクシミリアンは、動かなくなった足よりも、心に深い傷を負っていた。



 ……僕が……馬の前に飛び出したりしなければ……

 ……の、言う通りにしなければ……

 ……アル兄様、ごめんなさい……ごめんなさい……



 マクシミリアンの心の中は、後悔の言葉で埋め尽くされていた。

閉ざされそうな心を繋ぎ止めたのは、マクシミリアンの家族……父、母、兄達と、叔父のアルフレッドだった。


 優秀な薬師である父親の力をもってしても、マクシミリアンの足は動こうとはしなかった。

アルフレッドの傷が治らないことで、自分の足が治る事を拒んでいるのだろう……と、医術師も治癒師も……薬師であるアビゲイルの夫もそう結論付けた。


 自分の殻に閉じこもって、話そうともしないマクシミリアンが、歩くことは出来ないながらも、話をするようになったのは、末っ子のギルバートが産まれてからだった。


話す事が出来ない小さな弟の面倒を見て行くうちに、自然と話しをするようになっていった。




『……お姫様なんて……嘘つきだ……』


 弟ギルバートに絵本を読み聞かせていたマクシミリアンが、呟いていた。

侍女のアンナから報告を受けたアビゲイルとアルフレッドは、落馬事故の後、そそくさと逃げる様に辺境を去った、

ベルローズ王女が、事故の原因だったのだと、確信したのだった。



 王命により結ばれていたベルローズ王女と、アルフレッドの婚約は、王女が王城に戻って早々に、破棄された。

それ以降は、顔の右側に残った傷のせいで、社交に出ても、令嬢や未亡人、性に奔放な人妻でさえも、アルフレッドに、近付いて来る女性はいなかった。


アルフレッドは傷跡を隠す様になり、笑わなくなった。




 ******




 ここまで一気に話をしたアビゲイルは、冷めた茶を飲むと、大きく息を吐いた。



「アルフレッドの右目が治った事で、マクシミリアンも、歩く事が出来る様になるかもしれない……」



「……落馬事故があったのは、五年前なんですよね?」


「ああ、そうだ……」


「五年前から、マクシミリアン君は歩いてないんですね……?」


確認するような、風花の問いかけに、アビゲイルは辛そうに、黙って頷いていた。



「五年前……あっ、いけない……」


急に何かを思い出したかのように、風花は慌てだした。


「ア、アビゲイル様、アルフレッド様は……?」



「……私に何か用か?」



 いつ来たのか、何時からいたのか……いつの間にか、談話室にいたアルフレッドが風花に声を掛けた。

急に声を掛けられた風花は、思わず肩をすくめてしまった。


「び……ビックリしたぁ……」


「そんなに驚いて……姉上と何の話を?」


「アルフレッド……」


 アビゲイルは、バツが悪そうな顔でアルフレッドを見ていた。

風花は立ち上がると、アルフレッドをソファに座るように促した。そして、アルフレッドの顔にかかっている前髪を手ですくうと、そっと右の頬を手で撫でた。


「!」


「傷……少し残っちゃいましたね。右目、五年も使って無かったんですよね?見えるようになったからって、使い過ぎないようにしてくださいね?」


「あ……ああ」


「目が疲れたって思っても、押えたりしないで、蒸しタオルで……」


「蒸しタオル?」


蒸しタオルについて、アビゲイルが風花に問いかけた。


「熱めのお湯に浸して、絞った布です。それを……」


風花が説明している途中で、アビゲイルがアンナに指示すると、すぐに熱い湯で温められた、手拭が用意された。



「それでフーカ、これをどう使う?」


アビゲイルに言われて、風花は実際にアルフレッドに

使ってみる事にした。


「え、と……アルフレッド様、背中を背もたれにつけて、

顔を上向きにして、両目を閉じてください。」


「……」


 アルフレッドは、風花の指示に黙って従っていた。

風花は、閉じているアルフレッドの両目を覆う様に、温かな手拭をのせた。


うあぁ……やっぱりアルフレッド様、クラ○○ス様みたい……

「こうやって、閉じた目の上に置いて、暫くジッとしていて下さいね。」


「……」


「?……言葉は普通に話して問題ないですよ?」


「ん……なかなか気持ちがいいな……」


「目が疲れない様に、無理しないで下さいね」


「うむ……」


「……ぷっ……くっくっく」


 風花とアルフレッドのやり取りを黙って見ていたアビゲイルが、こらえきれずに吹き出した。


「姉上……なんですか?……」


「クスクス……悪い……あまりにもアルが素直なのでな……」


「姉上……」



 不服そうなアルフレッドは放置して、アビゲイルは笑顔のまま風花に向き直った。

そして、風花の両手を取ると、アビゲイルは頭を下げながら、風花に懇願するのだった。


「フーカ、マックスも……マクシミリアンの事も、アルフレッドの様に、癒して欲しい……」


「アビゲイル様……」


「姉上……フーカ、私からも頼む。マクシミリアンを……あの子の足を……治してやってくれ……」


蒸しタオルを外したアルフレッドは風花の手を取り、懇願していた。


風花は、アビゲイルとアルフレッド……二人から頼まれて、どうしたらいいか、考えてしまった。


 足の治療は終わっていて、精神的に歩けないって……


風花はマクシミリアンの足について、アビゲイルから聞いた事を考えていた。


「あの……確実に治せるなんて、言えないです。けど、やってみます。いえ、やらせて下さい」


 風花は、アビゲイルの手を握り返しながら、微笑んだ。

アルフレッドはソファから身を起こすと、風花の頭を抱える様に、抱きしめていた。




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