18.補佐官の小さな助手
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大きな音に目を覚ました風花は、数字の書いてある紙を拾い、計算間違いを指摘してしまった。
不機嫌そうな補佐官の様子に、余計な事を言ってしまって叱られると思った風花だったが、補佐官が言った言葉は、風花の予想を大きく外れたものだった。
「取りあえずこの箱の中にある書類の検算を頼みます」
「……各書類毎に合計の数字を検算すればいいんですよね?」
「ええ、最後に総計も出来たらお願いします」
専用の机を持たない風花は、応接テーブルで与えられた仕事を黙々とこなした。一時間もかからずに、三回検算して総計を出していた。
元の世界で大学生だった風花にとって、四則計算程度なら、電卓無しでも軽くこなす事が出来た。
与えられた分の書類を終えていた風花は、数字を見直しながら、記されている内容にも目を通していた。
風花が書類を手に首をかしげているのを見て、補佐官が休憩にしましょう、と声を掛けた。
応接セットに広げていた書類を風花が片付けていると、
お茶とお菓子を載せたカートを引いて、アンナが執務室に入って来た。
カップにお茶を注いだアンナは、当然の様に、風花の隣に腰を下ろしたアルフレッドの様子に、複雑な思いを抱いていた。
女性を嫌悪しているアルフレッドが、独占欲丸出しで、離そうとしない風花という少女……十四歳だという話だが、どう見ても十歳ぐらいにしか見えない……
女嫌いが高じて幼女趣味になってしまったのかと、アンナは生温かい目で、アルフレッドを見ていた……
左隣に座っている風花に、菓子を食べさせようとしている
アルフレッドを見ていたアンナは、ある事に気がつき、注いでいたお茶が溢れているのにも、気が付かずにいた。
「アンナ、何をして……」
「ア、ア、アルフレッド様ぁ……そ、そのお顔……」
アンナの言葉に、風花は思い出した様に、左隣に座っているアルフレッドに振り向くと、ジッとその顔を見つめていた。
風花の視線に気が付いたアルフレッドは腕を伸ばし、風花を膝の上に抱き寄せた。
「フーカ……癒しの乙女よ。フーカの癒しで、長く開かなかった右目が、開くようになった……感謝する。」
「え?癒しの乙女って何?私、何もしてな……」
「いいや、この手が、私を癒してくれた……」
そう言ってアルフレッドは風花の手を取ると、愛おしそうに、頬擦りしていた。無意識に治癒してしまった風花は、頭に疑問符を浮かべながら、されるがままだった。
アンナはアルフレッドの顔の傷だけでなく、心の傷も癒している風花に、心の中で深く感謝するのだった。
休憩が終わると、お茶の片づけをしてアンナは執務室を
出て行った。
ソファに座り、次に検算する紙の束を待っている風花に、補佐官のコストナーが話し掛けた。
「さて……そういえば、自己紹介が未だでしたね。私は辺境伯の補佐をしている、ルイス・コストナーです」
「霜月……風花霜月です。」
「スィムゥヲチュ……」
「……風花で、いいです、よ?」
上目づかいで下から見上げる風花の可愛らしさに、コストナーは、平常心を保つために不愛想になるのだった。
「フーカ、私の助手として働きませか?」
「え?あの、それって……」
「勿論、報酬もお出しします。そうですね、大人の文官の
半分からで、時間も朝から昼までで、どうでしょうか?」
「半日と言わず、一日中でもいいぞ。フーカが側にいれば……」
アルフレッドが自分の要望を口にしていた時、執務室の扉を破壊しそうな勢いで開け放し、アビゲイルが中に入って来た。
「アルフレッドぉお!!」
辺境伯の姉アビゲイルは、弟の名を叫ぶと、張り倒しそうな勢いで襟をつかみ、前後に揺するのだった。
「傷が、傷が無くなって……目は……が見えるのか?見えるようになったのか?」
アビゲイルはアルフレッドの顔を両手で挟み、ギュウギュウと潰しながら眺めていた。
「ええ……姉上、老けまし……グフッ」
「フ、ン、傷が無いと、迫力に欠けるな……」
余計な事を言う弟の腹を殴りつけ、憎まれ口をたたきながらも、アビゲイルは弟、アルフレッドの目が見えるようになったことを喜んでいた。
「フーカが、癒してくれたのですよ……」
そう言って、アルフレッドは風花を抱き寄せ、アビゲイルは、アルフレッドごと風花を抱きしめていた。
間に挟まれた風花は、苦しいやら、恥かしいやらで、息も絶え絶えになりそうだった。
「姉上、いい加減離れて下さい。フーカが苦しそうです」
「ぁあ?す、すまない、フーカ、大丈夫か?」
「ハァ……」
アビゲイルが腕を離すと、風花は息を吐いた。
「フーカ、マリーとアイシャが、フーカが戻ってこないと
心配していた……」
そう言って眉を下げたアビゲイルに、コストナーは今後、自分の助手として風花に仕事を手伝ってもらう事を説明するのだった。
「フーカには、一日執務室で……」
「はぁ?アルフレッド、フーカはまだ十四歳だというのに何をさせようと……?」
「フーカ様は能力的な事でしたら、一般的な文官並に優秀です」
「コストナー、フーカの能力が問題なのではない。一年後の学園入学に合わせて淑女教育とダンスのレッスン、歴史や教養といった事を学ばせ、社交デビューしても、侮られることが無いようにしなくては……」
うぇえ?学園?ダンス?淑女教育??
風花は一体何の話?と顔を引き攣らせながらアビゲイルとコストナー、そしてアルフレッドら三人のやり取りを見ていた。
暫くの間、アルフレッドとアビゲイル、コストナーの三人によって、当人の意思確認は置き去りに、今後の風花の過ごし方が話し合われた。
辺境伯の遠縁の娘として此処で生活するようにと言われた風花も、これから何をして過ごせばいいのか、辺境伯と話し合いたかったのだ。
それが、成り行きでコストナーの手伝いをし、補佐官助手として仕事をしないかと、提案されたのだった。
女神リュミエールに、この世界で好きに過ごしていい、と言われた風花だったが、何をどうすればいいか分かっていなかった。
この世界で……知る者も、頼れる者も、誰一人無かった風花が、辺境伯の遠縁の娘として、子供でありながら午前中は補佐官助手として働き、収入を得る事が出来る様になった。そして、午後からは淑女教育として、一般的な事を学べるのだ。
風花は自分にとって都合のいい展開に、何かしらの力が働いている様な気がしていた。
長い休憩時間……話し合いが終わったのは、もう昼に近い時間だった。
風花はアビゲイルに連れられて、執務室を出ていった。
コストナーは風花に向かって、『明日も待っていますよ』と、にこやかに声を掛けていた。
補佐官の助手をする風花はやがて、『小さな補佐官補』と呼ばれる様になるのだった。