表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/39

17.苦労性の補佐官


読みに来ていただいて有難うございます。




 ダンガールド辺境伯アルフレッドは、昨日会った小さな娘……フーカの事を考えていた。



 二日前に、ジャスティンから手渡された、レオンハルトからの赤い親書……

最重要度を示すその報告書には、多数のギフトと、女神の加護を持つ娘を連れ帰ると記されていた。


半信半疑ながらも、娘の迎えに馬車を手配し、ジャスティンを向かわせた。


 その娘は、警戒心が無く、ジャスティンに抱かれたまま寝息をたてていた。なかなか目覚めぬ娘を、レオンハルトが猫の様に襟首を持ち上げ何事か囁くと、急に眼を剥いて飛び起き、落とされ尻餅をついていた。


差し出した手に、軽く握った手を置いた娘の手首を引き幼子の様に腕に抱けば、その小ささに驚いた。

もぞもぞと動いたその勢いで、落ちそうになると、必死に頭にしがみついていた。


怖がらせぬ様に優しく娘の名を聞いても、娘は答えようとしなかった。怒気を込めて問うても、頑なに答えようとせず、顔を背ける小さな娘……


 横を向いた娘の顔を無理矢理自分に向ければ、腕を振り回し、右の頬を引っ掻かれた……


猫の子の様に、レオンハルトに襟首を掴まれた娘が、猫の様に爪を立てたのだった。


 痛みについ怒気を込めて唸れば、娘は涙を浮かべ、怯えてフルフルと震えていた。


 小動物の様にプルプルしている娘の様子に、もっと虐めてみたい、と思った事の無い黒い欲望を抱きそうになってしまった……



 私の姿を見ると、子供は怯えて逃げて行ってしまう……

怯えながらも真っ直ぐに私を見つめてくる娘の黒い瞳……

黒曜石の様なそのから目が離せなかった……


 お仕置きに、耳をそぐか、口を縫うか、と冗談を言えば、腕の中から逃れようと、短い手足を懸命に動かしていた。その様が愉快で、我を忘れて笑ってしまった。


 小動物の様に怯えるわりに、娘は頑固で、私には教えなかった名を、姉にはあっさりと教えていた。

『名を聞くなら名を名乗ってから』……そんな事で、私には名を教えなかったようだ……


仕方なく先に名乗れば、娘は渋々と、フーカという名を口にするのだった……


 膝に乗せ腕に囲っていたフーカを、餌付けでもする様に

菓子を食べさせていた姉に、奪われてしまった。

『娘がほしい』と言い続けていた姉が、フーカを養女にすると言いだしたが、家族全員の了承が無ければ許可できないだろうと言って阻止する事が出来た。


 姉の娘になってしまったら、揶揄って遊ぶ事など出来なくなってしまう……何よりもレオンハルトの報告通りの娘であれば、警護の為にも近くに置いておかなければ……


 フーカの今後については、遠縁の娘として、姉が使っていた部屋に住まわせることにした。これで、側に置くことが出来るだろう……


 フーカを連れて姉が執務室を出て行くと、レオンハルトから詳しい報告を受け、補佐官のコストナーと話し合った。



 仕事を切り上げ執務室を出たのは、日付が変わる少し前だった。



 朝、目覚めて、いつも通り守備隊の鍛練場に行くと、隊員の様子が、尋常ではなかった。

普段以上に、目を合わせようとはせず、私の顔を見ては、同情するような顔をしていた。


不思議に思っていると、レオンハルトとリカルドが私の顔を見て、笑い出していた。



「プックク……アルフレッド様、何やらかしたんです?」


「ぁあ゛?なんだ……?」



わからない事を言うレオンハルトを睨みつけ、早々に鍛錬場を後にした。


汗を流すために浴室で湯を浴び、濡れた髪を整えようと鏡を見て、気が付いた……

昨日フーカに引っ掻かれた跡が赤く、みみずばれになっていた。


くっ……隊員共あいつらめ、これを見て……

私の顔を見て笑ったレオンハルト、生温い視線を浴びせた

リカルド、そして隊員達……


 姉のアビゲイルに、この顔を見られない様、早々に朝食を済ませると、執務室に入った。


昨日、アビゲイルに連れて行かれてしまったフーカと話をするために、アンナを迎えに行かせた。


出仕してきた補佐官……コストナーが私の顔を見て、肩を震わせていた……

前髪に隠れて、気が付かれないと思っていたのに……


この後、アンナに連れられてフーカが……私の顔に引っ掻き傷を作ったあの娘がやってくる……

見られたくない……包帯でもすれば隠せるだろうか……


包帯を巻いて誤魔化そうとしたのだが、上手に巻けない。

巻いたり、外したリを繰り返していたら、コストナーがそんな事よりも仕事をしろと煩い。


 ドアをノックして、アンナがフーカを連れてきた。

包帯を顔に当てていた私を見たフーカが、飛びついて来た。この国では見た事が無い艶やかな黒髪と黒い瞳……


何という事だろう……私に馬乗りになったフーカは、私の顔を見ると左の手の平で私の顔を……醜い傷のある右頬を……優しくなでていた……


何かを呟きながら私の顔を撫で続けるフーカの手が、心地好くてそのまま好きにさせていた。

目の前にある黒曜石の瞳をよく見ようと、眩しい光にまたたけば、開くことが出来なかった右の瞼を開くことが出来ていた。


五年前の事故以来、開く事の出来なかった右の瞼……

両目でフーカの黒い瞳と目が合えばフーカは微かに微笑んでいた。


 フーカは、私の身体の上に乗ったまま、意識を失っていた。私はその小さな体を、両腕で抱きしめ、手放す事が出来なかった……





 *****




 ダンガールド辺境領、領主補佐官のコストナーは、目の前で起こった出来事に呆然としていた。


国境の街から昨日、戻ってきた守備隊隊長のレオンハルトが報告した、複数のギフトと女神の加護をもつ【癒しの乙女】……


教会で秘匿される筈の治癒能力者が、発覚する事無く放置されていたなど、コストナーには信じられなかった。



 辺境伯・アルフレッド様に馬乗りになった風花に撫でられていたアルフレッド様のお顔を淡い光が包み、眩しく光輝いた瞬間、その光は消えてしまっていた。


アルフレッド様に倒れこむように風花が気を失うと、そのまま風花を右腕で胸に抱き、反対の手で前髪をかき上げたアルフレッド様の右頬に……落馬事故で負っていた傷は無く、開かなかった右の目が開いていた。



「ア、アルフレッド様……」


「コストナー……右目が、右目が開く様に……」


 コストナーは、取り敢えず辺境伯の上で意識を失くしている風花を、邪魔にならぬ様に移動させようとした。


「手を出すな!」


風花に触れようとして制されたコストナーは、辺境伯の声に、手を出した姿勢のまま身動きを止めた。


「あぁ、いや……起き上がる、手を貸せ……」


コストナーの手を借りて、辺境伯は起き上がった。


「アルフレッド様、何が……?」


「フーカに右の頬を撫でられた……温かくて、心地良く感じていただけだ……」


「……心地好かったと?」


「ああ、悪い気はしなかった。眩しい光を感じて、目を閉じて、その後目を開いたら、右の瞼も開いた……」



 そう言いながら、顔の右側に手をやった辺境伯は、傷が無くなっているのに気が付いた。


「コストナー、傷が……私の顔はどうなっている?」


「アルフレッド様、失礼を……」


コストナーは、辺境伯の顔を隠すように顔にかかっていた

前髪を右手ですくうと、唇が触れそうなほどの至近距離で、辺境伯の顔の傷があった部分に左手で触れながら確かめていた。


「うーん、手で触っても傷があった名残は……あ、あった。眉の上に、少し残っているだけですねぇ」


 確認のためとはいえ、両手で顔を挟むようにしているコストナーのその距離の無さに、辺境伯はまるで、迫られている様で居心地が悪かった。


きっと第三者が見たら、ソファーに座る辺境伯に、補佐官が迫っている様にしか見えないだろう……

アルフレッドは、侍女を入室させなくて良かったと、小さくため息を吐いていた。



「それにしても、傷が無いと凄味に欠けますねぇ……」


「……そんな事無いだろう……?」


「いえいえ……麗しくおなりで……」


「んぁあ゛?()られたいか?」


「我が主のお望みとあれば……ですが、宜しいので?」


 コストナーは、執務机の上に積み重なっている未決済の書類を顎で示すと、辺境伯を振り返って口角を上げた。


「ぐっ……」


「その娘は誰かに部屋に連れて行かせて、仕事し……」


「駄目だ!気が付くまで、ここで様子を見る。フーカには、その、いろいろ……話をせねばならんだろう……?」


「……それもそうですね。では、娘はソファで寝かせるとして、アルフレッド様は、さっさと仕事をして下さい!」


 コストナーに引き剥がされ、風花をソファに横たえると、アルフレッドは執務机に溜まっている書類の処理を始めた。


チラチラとソファにいる風花を盗み見るアルフレッドの様子に、一向に減らない未決済の書類を見たコストナーは、

両眉を寄せ額を押さえると、深い溜め息を吐いていた。


はあぁ~、今日も残業でしょうねぇ……



 十日前に始まった、モンフォールの侵攻に、人手を取られ、書類を捌ける人材が足りていなかった。

最終的に決済しなければいけないアルフレッドと言えば、書類仕事(デスクワーク)を嫌っていて、はかどらない……


連日の激務に、コストナーは処理済みの書類を、整理箱ごと引っ繰り返し、机から落としてしまった。


ガッターン、バサバサッ


「あぁっ……」


思ったより大きな音を立てて、床に落ちた整理箱に、コストナーは小さく叫んでいた。


小さく溜め息を吐きながら、書類を拾い纏めるコストナーに、風花が手にした書類を手渡そうと差し出していた。


「あ、ああ、失礼を……起こしちゃいましたか……」


「い、いいえ、そんな事……」

(ってゆーか、何で私、寝てたんだろう??)


無意識に癒しの能力ちからを使っていた風花は、自分が何故ソファーで寝ていたのかわかっていなかった。


「あの、コレ……」


風花が差し出す書類を、コストナーが受け取ろうと手を出しても、何故か風花は渡そうとしなかった。


「?……拾ってくれてありがとう。渡して下さい……」


「あの、この数字……」


「何です?数字がどうかしましたか?」


「ぇっと……あの、一番下の数字って、合計ですよね?」


「ええ、そうですが……何か?」


「あの……計算間違ってるみたいですけど……」


 コストナーは、書類をチラッと見ただけで間違っているなどという風花の言葉を、疑いながらも確認の為に、再度見直しをするのだった。


風花が間違っていると言った決算書の数字を、再確認したコストナーは、書類を持つ手をプルプルと震わせていた。


風花が指摘した通り、合算した数字は間違っていた……

しかも、風花が言った数字が正しかったのだ。


「ふ、ふふっ……」


コストナーは不敵な笑い声を出すと、風花の肩をガシッ、と両手で掴んだ。


「計算得意なんですねぇ……手伝ってくれますよねぇ?」


「え?えぇ~……??」


驚いている風花に、有無を言わさずに書類の入った整理箱が押し付けられた。


「右の数字を、上から足して、合計を出して下さい。」


 机の無い風花は、応接セットで書類整理を手伝う事になった。コストナーは、決算書類の計算が終わっているだけでも効率が違うと、計算が早く出来る風花に手伝いをさせてみる事にしたのだった。


「コストナー、子供に何をさせ……」


「子供だからなんです?誰のせいで仕事が滞ってると?」


 コストナーに、刺すような目で睨まれたアルフレッドは、何も言う事が出来なかった。


 溜まった書類と過酷な仕事量に、手段を選ばなくなった補佐官コストナーによって、風花は辺境領の内政に、少しづつ巻き込まれていくのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ