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12.ダンガルディ辺境伯


読んでいただき有難うございます。



 小さな集落、幾つかの村を過ぎ、山の裾野に広がるのどかな牧草地帯を抜け、谷川から別れた支流の先に、堅牢な城壁に囲まれた辺境の地ダンガールドの領都、セントールがあった。



 ガッシャン、ジャラジャラジャラ……

派手な音を立てて、釣り上げ式の跳ね橋が、城壁前の水路に架かった。


橋が架かるのとほぼ同時に重厚な門が開かれ、レオンハルトを先頭に隊列を組んだまま、風花を乗せた馬車も門の中へと進んで行った。





 ******




 市街地、住宅街を経て、教会前の広場には、レオンハルト隊長率いる守備隊を、出迎える人々が集まっていた。


 無事に帰還した守備隊を歓迎する人々に隊長が右手を掲げると、大きな歓声があがった。

馬の足を止める事無く進む、守備隊に守られる様に進む立派な馬車に……誰が乗っているのかと、人々は好奇心に満ちた視線を向けるのだった。


 移動している馬車の内部を覗おうにも、中にいる人物が小さく、しかも寝ているのだから、扉に付いている窓から見られる事は無かった。


 レオンハルトは、風花を馬車で迎えに来させた辺境伯の判断に舌を巻いた。

もし、リカルドと一緒に騎乗して帰還していたら、あの子供は?と、人々の記憶に残っていた事だろう……



 守備隊本部、公的機関などの主要施設前まで広場を移動した隊員たちは、一部を除き明後日まで休養となった。

隊員達は歓喜を上げ、兵舎に戻る者、家に帰る者、様々であった。


レオンハルトは、馬車を先導していたジャスティンと共に騎乗のまま辺境伯の、居城の敷地内へと入って行った。





 ******




 ダンガルディ辺境伯の居城は、外壁に囲まれた領都セントールの最奥に、侵入者を阻む崖に、背後を守られるように建っていた。


 有事以外、常時開放されている城門を通り抜け、居城前の開けた場所で風花を乗せた馬車が停止した。

馬車を先導していたジャスティンが馬から降り、馬車の扉を開けると、風花はまだ眠り続けていた……


 隊長は馬から降りると、出迎えに来ていた辺境伯の補佐官に連れられ、居城内へと入って行った。


 ジャステインは寝ている風花を抱き上げ、馬車から降りると、隊長の後を少し遅れて、内部(なか)へと入って行った。




レオンハルト隊長と、風花を抱き上げたままのジャスティンは、補佐官に案内され、応接室に入った



 ダンガルディ辺境伯は、ジャスティンに抱かれたまま寝ている風花を見て、不機嫌そうに眉根を寄せていた。


 その様子を見た補佐官が、ジャスティンに近寄ると、腕の中で寝息を立てている風花を起こそうとした。

だが、声を掛けても、眉間に皺を寄せ顔を歪める程度で、一向に目覚める様子が無かった。


 レオンハルトは、呆れた様に大きく溜め息を吐くと、猫でも掴む様に風花の襟元を掴み、“ベリッ”と音がしそうな勢いでジャスティンから引き剥がした。

そして、風花の耳元でレオンハルトが何事か囁くと……寝ていた風花の目が“カッ”と見開き、ジタバタと手足を動かし始めた。


 無我夢中で動かしていた風花の足が、偶然にもレオンハルトの脛に、クリーンヒットした。

風花に弁慶の泣き所を蹴られ、レオンハルトは掴んでいた風花の襟首をうっかりを離してしまった……


 急に解放され床に落下した風花は、尻餅をついていた。


「ぃっ、ったぁ~~っ!」



 急な衝撃に、周囲に気がつく余裕も無く、風花は痛めたお尻を撫で擦っていた……



ライオン隊長のばか!女の子の扱いがなって無いよ……だからモテないんだよ、ザンネン隊長……滑って転んで尻餅つけばいいのに……



ブツブツと恨み言を呟きながらお尻を擦っている風花の目の前に、形の良い、けれど硬そうで明らかに男の人の手が差し出された。


何だろう……これは、まさか……

「お手……??」


差し出された手の平に風花が猫の様に軽く丸めた手を“ポンッ”と置くと、グイっと手首を引かれた。



「……小さいな……」


手を引き、目の前に立たせた風花を見て、辺境伯は思わず口に出していた。


 何だか値踏みする様に自分を見た青年から、「小さい」と言われた風花は、大げさに頭を動かしながら青年の足先から頭の方まで、集団発生した毛虫を見つけた様な、何とも渋い顔をして見るのだった。


「こ、これ、娘……何と不躾な……」


 辺境伯に対し太々(ふてぶて)しい態度をする風花を戒めようとする衛兵を、辺境伯が手で制した。

そして風花を抱き上げると、幼子を抱く様に、左腕に風花の尻を乗せてがっちりとホールドした。


 一方風花はと言えば、いきなり抱き上げられたと思えば、左腕でお尻を押さえられ、ワタワタして動いた拍子に、ぐらついた上半身からだを立て直そうとして、目の前の誰かの頭を腕で囲うように抱きついていた。



「ふ……暴れると落としてしまいそうだ……」



 辺境伯はそう言いながら、頭を抱える様にしていた風花の腕を、そっと右手ではがした。それから風花を、目線を合わせる位置までずらすと、優しく話し掛けた。



「……娘、名は……?名は何という?」



「……」



私は小さくなんかない……そう言おうとして、自分を抱き上げている誰かと目を合わせ、その顔をマジマジっと見ていた風花は、その整った顔を見て大いに照れていた……


 ヤバイ……まるでアンジェ○ー○のキャラだ……


 風花は乙女ゲームはやった事が無かった。そもそも、ゲーム自体あまりやった事が無い……やったとしてもその腕前は、赤い服を着た髭親父は、キノコを避けられず、ジャンプしても距離が足らず奈落の底に落ちて行く……壊滅的に下手くそだった……


 風花はゲームよりネット小説、漫画、アニメが好きだった。乙女ゲームの草分け的な、アンジェ○ー○も、ゲームでは無く、アニメを見て漫画に走り、麗しいキャラのイラストに、胸をキュンキュンさせていた。


そんなオタ系女子の風花にとって、目の前にいる辺境伯は、ライオン隊長以上にどストライクな容姿をしていた。


 貴族風の長い衣服を腰のベルトで緩く絞め、濃紺の長い髪を右側で一つに束ねていた。

身長は百九十ぐらいは、ありそうだ……

抱き上げられる前、風花は目の前にいるのが、なんとな~く、ダンガルディ辺境伯なのだろうと思った。


それにしても、もの凄くイケメンなのに、長い前髪を無造作に垂らして顔の右側を隠す様にしているのを、風花は残念に思っていた。



「……娘、聞こえなかったか?名前は?」


「……」

うわぁ~……イケメンは声もイケテル……



 斜め横の思考で、心ここにあらずだった風花は、徐々に機嫌が悪くなっていく辺境伯の様子に気が付いていなかった。


左の眉尻を上げ、辺境伯の左頬がピクピクと小刻みに痙攣していた。

そんな辺境伯の様子に、補佐官とレオンハルトは、頭を抱えていた……



「娘、名前を言え!」


 不機嫌オーラを身に纏い、額に青筋を浮かべた辺境伯は、威圧を込めて風花に声を掛けた。


風花は辺境伯の威圧を受けても、うはぁ~、機嫌わるぅ~……と、感じたぐらいだった。



 人に名を聞くなら、自分から名乗りなよ……

そう思った風花は、辺境伯に答えもせず、不機嫌には不機嫌とばかりに、プイッと顔をそむけた。


 辺境伯は、殺気に満ちた表情で、風花の顎を“ガッ”っと掴むと、無理矢理に自分の方へ風花の顔を向けた。


「い……いひゃい……ひゃだぁ!」


 辺境伯の手から逃れようとした風花は、後先考えずに、腕を振りまわし、辺境伯の右の頬をガリッと引っ掻いてしまった。


「痛っぅ……こ、のぉ……」



 叩かれる……

風花はビクッと怯えながら、両手で頭を覆った。



「大隊長!……」


「アルフレッド様!」


 レオンハルトと補佐官が、怒っている辺境伯に慌てて声を掛けた。



「騒ぐな!女子供に手などあげぬわ!」



「……た、叩いたりしない?」



 女子供に手はあげない……と言う辺境伯の言葉を耳にした風花は、ビクビクしながらも、頭を庇う様にしていた両手を下ろし、小首を傾けて辺境伯に問い掛けた。

さっきまで顎を掴まれていた風花は、痛さで、目にうっすらと涙を浮かべていた。


 辺境伯は、涙目で訴える風花の仕草に、衝撃を受けていた……



 ぐぐぅ……な、何だこの可愛い生き物……

嗜虐趣味など抱いた事も無い辺境伯だったが、風花の泣き顔に、イケない扉を開いてしまいそうだった。



「叩いたりはしない。だが、お仕置きは必要だろう……」


「ぇっ、ぇえ……?」


「そうだな、人の話を聞けぬ耳とか、答えない口など、要らぬよなぁ……?そぐか……縫うか……」


「ぁっあ……あぁあ、いやぁああ」



 辺境伯のお仕置き宣言を聞いた風花は、再び腕の中から逃れようと、小さな手で辺境伯の身体を押していた。

その一生懸命な顔を見ていた辺境伯は、堪らずにぶふっ、と吹き出し、大笑いしていた。



「ぶふっ……あはっ、あーはっはっは……」



 辺境伯が心の底から笑う声など、何年も聞いていなかった補佐官とレオンハルトは、その光景を見て驚き固まっていた……


 ジャスティンは、初めて聞く主君の笑い声に、面食らっていた。



執務室に乱入者が現れるまで……辺境伯は、風花の顔を見ては笑い続けていた。




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