10.ライオン隊長は意外に可愛い
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ダンガルディ守備隊ローシェン支部は、強固な石壁造りの、二階建ての建物だった。
左右に一人づつ……槍を構えた兵士が守る広い入り口を入った右側は、受付の様だった。
カウンターの向こうには、常時二人の隊員が待機をし、来客に応対しているという事だった。その奥には、休憩室も設置されているそうだ。
反対側は留置場になっており、「小さな子供には見せられない、見ても楽しくはない」とリカルドさんに言われた。
別に犯罪者なんて見たく無かった……
国境を越えて侵攻してきたモンフォールの捕虜は、バンデールにある第二騎士団の砦に収容されていると、隊長が話してくれた。
カウンターの中から、二階に上がったと思ったらすぐに下りてきて、小さな女の子を宥めている隊長のレオンハルトと副隊長のリカルドを見た二人の隊員は、お互いに顔を見合わせ、見ていない……何も聞かなかった事にしよう、と無言で頷きあっていた。
風花を連れたリカルドとレオンハルトは、通路を更に奥へと進み、突き当りにある重厚な扉を通り抜けた……
******
あれ?おかしいな、さっき扉を開けなかったよね?通り抜けた??
「え?なんで……?」
一人納得のいかない私とは違って、二人は何でもない事の様に、そのまま通路を進んでいた。
「あの扉は見せかけだ。関係者だけが通過できる様になっている」
「フーカは登録していませんが、私が抱いていましたから弾かれずに通れたのですよ」
そう言われたけど、私には重たい鉄で出来た扉にしか見えなかった。どんな仕組みになっているんだろう?
登録していない私は、誰かに抱っこされてないと通れないのか…ぅぁあ、ソレってすごくイヤだわー……
私は居た堪れない気持ちで、リカルドさんに抱えられ続けていた。そんな私の気持ちに気が付いたのか、ライオン隊長は私を床に下ろす様、リカルドさんに言ってくれた。
これ以上、誰かに見られる前に解放された私は、ホッと一息ついたのだった。
大きく開いた開口部のスイング扉を開けて、私達は食堂の中に入った。
「何か、残っているといいのですが……」
リカルドさんは、昼食時間は終了しているので、食べられるものが有ればいいのですが、と呟いていた。
「まさか、荷馬車の中で、二人して熟睡してるなんてなぁ……」
「私には駄目と言うくせに、フーカを抱っこして熟睡なんて、いくら子持ちとはいえ、許せませんねぇ……」
リカルドは低い声で呟くと、獲物を前にしたような鋭い眼をして、遠くを見ていた。
何かリカルドさんの背後に黒いオーラが、見える気がする……そう思って、ジッと見ていたらリカルドさんと目があった。私は誤魔化す様に、にへら、っと笑いかけた。
食堂には頑丈そうな椅子が四脚備えてあるテーブルが、間隔をあけて六つ並んでいた。食堂の雰囲気は、私が元いた世界……日本によくある学食の様な造りになっていた。
入り口から入った左側には、大きなカウンターがあり、カウンターを挟んだ向こう側は、調理場と配膳台になっている様だった。
昼食時間を終えて休憩時間なのか、調理場には一見すると、誰の姿も見えなかった。
「すいません。誰かいませんか?」
リカルドさんが、調理場の奥に向かって声を掛けると、
少しして、調理場の奥から、前掛けをした四十代ぐらいの女の人が出てきた。
「……おや?見ない顔だけど……何だい?昼ならもう終わったよ……」
奥から出てきた女の人は、不機嫌そうにそう答えた。
「休憩時間に申し訳ありません。実は、空腹に泣いている子供が……」
リカルドさんが不機嫌そうな女の人に、私の事を話し始めた時だった。
微かに残る食べ物の匂いに刺激されたのか、恥かしい事にお腹の虫が、ぐきゅううう~るぅるぅうう~……と、派手な音をたてた。
空腹と恥ずかしさで、私はマジに泣きたくなった……
「おやまぁ……私らが食べてる賄いぐらいしかないけど、持って来てやるよ、ちょっと待ってな……」
そう言うと女の人は、調理場の奥にある部屋へ戻るとすぐに、パンとスープを乗せたトレイを持って現れた。
「いつもは何かしら残ってるんだけど、今日は利用する人が多くてねぇ、こんなのしか無くて悪いねぇ……」
「お手間かけてすいません。用意して頂いて、有難うございます」
休憩時間にお邪魔したのに用意してくれたのだ。
私はお礼を述べると同時に、頭を下げた。
そんな私を見て、どこか不機嫌そうだった女の人は、優しく微笑んだ。
「小さいのに偉いねぇ。食べ終わったらトレイは、カウンターの上に置いといてくれたらいいからね。じゃあ、あたしはこれで……」
「ああ、邪魔して済まなかった。お心づかい感謝する」
ライオン隊長が女の人に声を掛けると、女の人は驚いた様にビクッとして、そそくさと、調理場の奥にある部屋に引っ込んでいった。
その様子を見ていたリカルドさんは、小さく溜め息を吐くと、食事の乗ったトレイを持って、テーブルの上に置くと私を呼んだ。
「フーカ、冷めないうちに、お食べなさい」
そう言ってリカルドさんは椅子に座ると、私を手招きした。隣にある椅子に座ろうとした私を、リカルドさんが引き寄せて、膝の上に乗せた。
「一人で椅子に座ったら、食べづらいでしょう?」
「……アリガトウゴザイマス……」
私は目の前の食事に専念する事にした。両手を合わせて、『いただきます』をしてから食べ始めた。
先ずは、硬そうなパンを何とかちぎって、端を少しスープに浸けて、ふやかしてから噛り付いた。
荷馬車で食べる様に渡されたパンより少しだけ柔らかい。
それでも、元の世界で食べていたハードなフランスパン並に硬い……
これは異世界あるあるの硬いパン……なのかな?
今迄に食文化を変えようとした、転移者がいなかったのだろうか?いや、そもそもこの世界に異世界からの転移者はいたのだろうか?
異世界から来たという事を隠している私は、過去に異世界から転移した人がいるかどうか、聞きたいけど言い出せない。
他にも聞きたい事が出来たら、また夢の中で女神様に教えてもらえばいいか……
考えながら食べていたからか、味わう暇なく食べてしまい、味が良くわからなかった。
スープは野菜の出汁がきいていて、優しい味だったと思う……
完食した私は、ごちそう様でしたと、食後の挨拶をした。長く続けている習慣だから、無意識に出てしまった。
私を膝に乗せていたリカルドさんが、小さく畳んだ布で、私の口元を拭った。
「お腹いっぱいになりましたか?良かったですね……」
「……」
そう言うとリカルドさんは、私を膝から下ろし、空になった食器をカウンターに置いた。
私はカウンターの奥に聞こえる様に、少し大きな声で、有難うございましたーと、声を掛けた。
返事は無かったけど、何も言わずに食堂を後にするのは嫌だった……
食堂を出た私はリカルドさんに手を引かれ通路を歩いていた。それにしても……食堂で膝に乗せたり、口元を拭いたり、手を繋いだり、リカルドさんは、私を何歳だと思っているのだろう……
ライオン隊長は何も言わずに、私の半歩後ろを付いて歩いていた。
階段を前にして、リカルドさんは私を抱き上げると、トントンとリズムよく階段を上がり……貴賓室とドアに表示のある、初めに案内された部屋に戻ってきた。
『貴賓室』とドアに表示されていただけあって、室内の装飾品やソファーセットは豪華な物だった。
リカルドさんは私を下ろすと、部屋に入る事無く、そのまま何処かへ行ってしまった。
ソファーに腰を下ろすと、対面に座ったライオン隊長は、目を瞑って何かを考え込んでいた。
私はそんなライオン隊長を見て、まるで見当違いな事を考えていた。
ライオン隊長……女の人にビクッとされたのがショックだったのかな……見た目がちょっとコワいからしょうがないかな~。
そう言えば誰かが、見た目が怖くて嫁が来ないって言ってたっけ……そんなに怖い顔してるかなぁ?よく見れば、優しい瞳をしてるのに……残念さんなのかなぁ……?うん、きっとそうなんだね。ザンネン隊長……
「フーカ……」
「!」
地の底から響く様な低い声が、ソファーの対面に座っている、さっきまでダンマリだったザンネン隊長から聞こえてきた。
明らかに機嫌が悪そうだ……なんだ?どうしたんだ?
「お前……さっきから何か、失礼な事考えてないか……」
「ぅひぃっ……そ、そんな、ザンネンだなんて、考えてないですぅ」
「ぁあ゛」
ザンネ……イヤイヤ、隊長さんってば、チンピラみたいに凄まないでー……どうしよう、ライオン隊長の背後から黒いオーラが見えそう……
私はソファーから立ち上がり、逃亡をはかった。
ライオン隊長は私の手を素早く掴むと、座っているソファーへと引寄せた。勢いよく引っ張られた私は、バランスを崩し、ライオン隊長に倒れこんでしまった。
「うにゃっ……」
気が付いたらライオン隊長の膝の上で横向きに抱っこされていた。
何故だ……?
「フーカ、さっき何を考えていた?ん?」
「え?ぅ……や、べ、別に、隊長さんの事なんて……」
「ほぉ……俺の事を考えていたのか……やっぱ俺の家族に……」
「ダメですよ隊長。フーカは私の妹にするんです」
ポットとカップを乗せたお盆を持って、いつの間にか、リカルドさんが応接室にいた。
「隊長、何やってるんですか?離れて下さい。フーカが嫌がってます」
「嫌がってなんか、いな……」
「ハナシテクダサイ。オネガイシマス」
「チッ……」
隊長さんは舌打ちして、渋々と言った感じで、私を膝から下ろすと、隣に座るように言った。
リカルドさんは慣れた手つきで、お茶を入れると、ポケットから焼き菓子の様な物を出して、私に手渡してくれた。
「リカルドさん、ありがとうございます」
「ふふ……可愛い妹の為ですからね」
リカルドさんは私の対面に座って、優しく微笑んでいた。お兄様というよりも、お姉様?俗にいうオカン属性っていうアレなのかな……
ライオン隊長は、不機嫌そうな顔をして、無言で茶をすすっていた。フーフーと息をかけ、少しづつ飲んでいるライオン隊長を見て、もしかしてライオン隊長は猫舌?ネコ科だから……って、年上の大きな男の人なのに、隊長さんてば可愛い、と思ってしまった……
「もしかして、隊長さんは熱いの苦手なんですか?」
「ぁあ?な、何で分かった?」
「ふふ……見てたらわかりますよ。猫舌なんですね……」
可愛い……と最後に小さく呟いたのを、隊長さんにはしっかり、聞かれてしまった様だ。私の顔を驚いた様に、目を見開いて見ていた。
「フーカ、隊長が可愛いなんて、目に異常が?それとも熱が……?」
私の可愛い発言は、リカルドさんにも聞こえていたらしく、熱でもあるのかと言いながら、私の額に手をあてて、確認していた。
「隊長さん、可愛いですよ。大きいのに、猫舌って……」
駄目だ。ツボに入った……が、我慢できな……
「うっ……くっ……」
私は、両手で顔を覆い、吹き出しそうになるのを何とか堪えていた。微妙に肩を震わせる私を見て、リカルドさんは、私の体調が何処か悪いのかと心配していた。
リカルドさんは間違いなく、オカン属性のようだ。
隣に座るライオン隊長のコワイ顔を見て、やっと平常心を保てるようになった。ぬるくなったお茶を飲み、リカルドさんからもらった焼き菓子を食べていたら、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「隊長は……フォッカー隊長は此方でしょうか?」
「……リカルド、フーカを頼む……」
そう言うと、ラオイオン隊長はソファーから立ち上がって貴賓室を出ていった。
リカルドさんは、空になったカップにお茶のおかわりを入れて、これからの予定を教えてくれた。
明日の朝、守備隊の負傷者を連れ、約半数の隊員が領都セントールの守備隊本部へと帰還する。
「フーカもセントールに行きますよね……?」
「……はい、隊長さんから聞きました」
「おや、浮かない顔をして……行きたくありませんか?」
「いえ、ただ……また、荷馬車で行くのかな?って……」
私は荷馬車の荷台の振動が酷くて、お尻が痛かった事と酔いそうだった事、それでカーディナルさんが、膝の上に乗せてくれて、話し込んで、二人で寝てしまった事をリカルドさんに話した。
「成程、それで、二人で荷台で寝ていたんですね……」
その話を聞いたリカルドさんは、ニッコリとイイ笑顔で私に笑いかけた。
「荷馬車が嫌でしたら、セントールまで、馬で行きますか?」
「え?馬ですか……?私、乗馬なんて出来ないです!」
「ラッセンから野営場所までジャスティンと乗馬出来たのですから、セントールまで私と一緒に馬で行きましょう……ねぇ?フーカ……」
笑顔で話すリカルドさんがコワい……断ったら殺られそうだ。
「お、お願いします……?」
「ええ、私にお任せ下さい。……ところで、カーディナルとはどの様な話を?良ければ私にも話してくれますか?」
イヤとは言いませんよね?……と、後に聞こえた気がした。実際には、そんな事言っていないのだけど、リカルドさんからの圧が半端ない……
言葉にしない分、ライオン隊長より手強い……逃げられる気が全くしない。
私は夢の中で女神様に会って、自分の年齢が十四歳だったと、教えてもらった事を話した。
カーディナルさんから娘に……養女にと言われた事は、黙っていた。
リカルドさんは私が十四歳だと判明しても、十歳ぐらいにしか見えないと唸っていた。私のナニを見て判断しているのか、突き詰めてみたいけど、理由を聞いたら凹みそうだから断念した。
「ああ、でも、十四歳ですか……う~ん……」
リカルドさんは、うんうん唸って、何やら考え込んでいた。時々聞こえてくる“妹”とか“嫁”とか不吉な単語はスルー……というより、聞こえなかった……うん、聞かなかったことにしよう!そう決めた。
それに、今はそんな事よりも、困った状況に陥っていた。
遅い昼食の後、お茶を飲んでいた私は、トイレに行きたくなっていた。恥かしい……恥かしいけど、そんな事言っていられない。
「リ、リカルドさん……トイレ何処ですか?」
恥かしいのを我慢して、リカルドさんに聞くと、わざわざ案内してくれた。
貴賓室を出て反対側の、少し奥まったところに、同じ様なドアが二つ並んでいた。
その一つ、女性用という札が付いたドアを開けて中に入ると、広い洗面台と個室が一つあった。便器は座るタイプで、紙の代わりなのか、端切れの布が何枚も丁度よく手の届く位置に、備え付けられていた。
水洗では無かったが足元に床よりも少し浮いている、ペダルの様な板を踏むと排泄物は無くなっていた。個室を出て、どういった仕組みなのか、一定の量の水が絶えず流れ落ちている洗面台で手を洗ってから、通路に出ると、反対側の壁に凭れて、リカルドさんが待っていた。
「す、すいません……使い方がよくわからなくて……」
「そんなに待っていませんから、気にしないで下さい。体調が悪くなったとかじゃなくて、安心しました」
ダメだぁ~。恥かしくて死にそう……男性、しかもイケメンにトイレの出待ちされるなんて……恥かしすぎる……
ゲームだったら、私のライフポイントはゼロ……いや、既にマイナスだ……
私は、ガックリと項垂れたまま、リカルドさんに手を引かれ、貴賓室へと戻っていた。
貴賓室に戻っても、リカルドさんは私の手を離さなかった。手を引かれ、リカルドさんの隣に並んでソファーに腰を下ろした。
ソファーに座っても、リカルドさんは私の手を離そうとしなかった。
「リカルドさん……あの……手を、離して下さい……」
「……嫌だと言ったら?……ふふ、冗談です」
「からかうの、やめて下さい。呪いますよ?」
「呪う……まさかそんなギフトが……?」
“ギフト”という、普通は持っていても一つしか無い能力を、私が複数持っている事を知っているリカルドさんの顔色が、悪くなった。
呪いというギフトなんて、持っていないのに……
顔色が悪くなってもリカルドさんは、その手を離そうとしなかった。
「フーカ、この小さな手を、離す事が出来ない。私は既に、呪われているのでしょうか?」
そう言ってリカルドさんは、私の手を口元に持っていくと、指先に口付けた。
「ゴメンナサイ。ノロウナンテデキマセン」
からかわれた仕返しに、冗談言ってからかうつもりだったのに、何故こうなった?
予想外の出来事に、脳内処理が追いつかない……
私は考える事を、放棄した……
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リカルドが風花の指先に口付けると、風花は顔を真っ赤にした。その顔が不意にガクンっと傾いて、風花の身体がテーブルに向かって倒れ込んだ。
風花がテーブルに接触する前にリカルドが風花の身体を抱き留めた。
「指先に口付けただけで気を失うなんて……初心で可愛い……」
そう呟くとリカルドは、風花の身体を抱き上げて、座っていたソファーの、両端に付いていた杭を外した。
背もたれの部分が平らになり、簡易ベッドとなったその上に、風花の身体をそっと降ろした。
リカルドは、壁際にある戸棚から掛け布を出して、風花に掛けると、寝ている風花の額にそっと唇を落とした。
そして、テーブルの上にあったポットとカップを片付けると持ってきた盆に乗せ、鍵をかけて貴賓室を出て行った。
貴賓室を出たリカルドは、食堂に向かった。
夕食の準備を始めた調理スタッフに、冷めても食べられる食事を二人分注文すると、貴賓室への配達を頼んだ。
用事を済ませて、リカルドが貴賓室に戻っても、風花は意識を取り戻すことなく、気持ち良さそうに爆睡していた。