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1.煙に巻かれて


読みに来ていただき有難うございます。

宜しくお願い致します。



 けほ……げほっ……

うぅ……眼が痛い、喉が焼ける……

煙で何も見えない……


こんな所で、死にたくない……

誰か……助けて……神様……






 ******





「倉庫いってきまーす」



「ほいよー」





 私の名前は霜月風花しもつきふうか

華道の家元という旧家の後継を外れた私は、腰まであった長い髪を切り、自宅から通うには遠い大学を受験した。


後継を外れた私を、両親も部屋住みの内弟子達も、居ない者として扱うようになり、後継者になった妹と、声を交わす事も無くなってしまった。誰からも構われなくなった私は、大学進学を機に一人暮らしを始めた。


 今は海外旅行に行く資金を貯める為に、ハンドメイド品をネットで販売したり、週末には駅ビルにあるカフェで、接客のバイトをしている。

倉庫に行くというのはバイト中に、手洗い(トイレ)に行くという、この店での隠語だ。



 私が通っている大学に近いこの駅の西側は、大学を中心に、文化施設や公園、商業施設や新興住宅街といった、新しい街並が広がっている。


 それに対して、私がバイトしているカフェ……というには古めかしい喫茶店がある東側には、昔ながらの商店街があり、歴史のある……高くても五階立て位のビルが、不規則に立ち並んでいる。


 数年前から、昔懐かしい風景を眺めに、そこそこ観光客が来たりもする。

アニメに出てきた風景に似ているとかで、最近は聖地巡礼とかいうオタな集団が来ることもある。

なんだかんだで、こちら側の開発は、遅々として進まない様だ。



 私が働いている喫茶店(カフェ)も、駅ビルというには躊躇われる様な建物で、店内にトイレは無かった。

通用口から一旦店を出て、同じビルの一階か、三階にあるトイレまで、行く必要があった。


トイレ掃除をしなくて済むのは有難いけど、地味に面倒だった。


 同じビルの一階はビリヤードやダーツが楽しめる、ちょっと大人なゲームセンターになっていて、絡まれたり、ナンパされたりが嫌で……って、実際は髪を染めた事も無い地味な私に、声を掛けてくる人なんていないのだけど……


だけど利用するのはいつも、一階じゃなく、三階にあるトイレだった。

ドアを開けて中に入ると、二つの内一つは使用中で、もう一つには故障中の張り紙がしてあった。

仕方が無いので普段は行かない、五階にあるトイレまで階段を昇って行った。エレベーターは一応あるけど知らない人と乗り合わせるのが嫌で、使わないようにしていた。

 文系な私……はぁ、地味に疲れる……


 

 五階には、最近まで学習塾だったからか、正面の全面ガラスから、内部が見える造りになっていた。

テナント募集はされていても、古いビルだからか、駅前なのに次の借り手は決まっていなかった。


 部屋の中に、誰もいない筈なのに物音がした……

誰か入り込んだのかと思って通路側のガラス窓から覗いてみると、何処から入り込んだのか、アメリカンショートヘアみたいな縞々のトラ猫が入り込んでいた。


 出られないのか、走り回っては壁にぶつかっている……

放っておくわけにもいかないと思って、通路側の窓が開かないか動かしてみた……

三つある窓の内の一つが開いたので、注意深く中に入った私は、脅かさない様にそ~っと猫に近付いていった。


 始めの内、猫は私を警戒して毛を逆立たせていた。

やがて、私に害意が無いことが分かったのか、膝をついてしゃがんで手を差し出していた私に飛び上がってきた。

そのまま、抱き留めようとした手をすり抜け、トラ猫は私の頬を舐めると、開いたままだった窓から出て行ってしまった。


 置いて行かれた感半端ない……

私は小さな溜め息を吐くと、入った時の窓から出て、何も無かった様に窓を閉めてトイレに入った。

遠くから消防車のサイレンが聞こえていた……



 手を洗って……肩まで伸びた髪をシュシュで一つに結い直し、鏡で全体をチェックした。

普段より時間がかかってしまった……マスターが勘違いをしていなければいいのだけど……

そう思って出て行こうとした私は、扉の下から煙が侵入してくるのに気が付いた。



「!え?なに……まさか……火事?」



 私は咄嗟に、手に持っていたハンカチを水で濡らすと、

口元にあててトイレの扉を開けた。

途端にガラスの割れる音、消防車のサイレン、人の叫び声などが聞こえてきた。


 煙が充満してくるけど、炎は見えない。私は出来るだけ身体を低くして、壁を伝って階段に向かった。

ハンカチで口元を覆っていても、息が苦しい……

煙がしみて目を開けていられない……

ゲホッ……ケホッ……

何だっけ……火事の時になる……

あぁ……あれだ、一酸化炭素中毒……



建物の中、充満した煙に視界は遮られ、

息も出来ない……


息苦しさのあまり、私は意識を手放していた……


 

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