第96話 お悩み 苦悩する若者たち
「あの娘にそんなことができるとは思えない……」
コンスタンツェは戸惑っていた。あの娘とはもちろんフローラのことである。コンスタンツェにとって、かつてのフローラは、同情すべき存在だった。努力が実力に結びつかない存在。それゆえに他の女生徒から馬鹿にされている存在。そんなフローラを庇い、励まし、力になっていたのがコンスタンツェだ。
フローラが努力していたことはコンスタンツェも知っていた。それが魔法の実力になかなか反映されないことも。はっきり言ってしまえば、フローラには魔法の才が欠けているとコンステンツェは思っていた。だが、コンスタンツェは、それでも努力を続ける彼女を評価していた。
「でも、努力したくらいで、七極を退ける実力は得られないはず」
王国のアルビ砦を襲ったという七極のイーラ。原因は、何らかの行き違いであったらしいが、王都の住人であれば、シジョウ冒険爵のパーティーがその『氷結の魔女』を撃退したという話は聞いている。そして、フローラがその決定的な役割を担ったという話も。
魔法の才能がなかったはずのフローラが、七極をも退ける大魔法を使ったらしいが、コンスタンツェは俄かに信じることはできなかった。
「シジョウ卿が、何か特殊な魔道具か神具をフローラに与えたとすれば……」
彼女は、フローラの力について何らかの理由を考えてしまう。フローラが特別な何かで強化されたのだろうと。もちろん、フローラの力はユキトから付与された加護の力に起因するものなので、彼女の推測は間違ってはいない。だが、この推測については、コンスタンツェ自身の心を落ち着かせるために、何らかの理由が欲しいだけであることを、彼女自身が自覚していた。
「フローラに嫉妬しているのか……私は」
コンスタンツェは女性ではあったが、剣の腕も魔法の技術も、同学年の生徒の中で群を抜いて優れていた。彼女の家であるセントワルド侯爵家は、軍事面の重鎮であるブレイブリー公爵家に次いで、アスファール王国の軍事の中核となる家柄である。コンスタンツェも、王国の軍を率いる将軍としての将来を期待されるようになっていた。
周囲の期待を受け、コンスタンツェ自身もその気になっていた。いずれ王国の英雄になることを夢見ていなかったと言えば、嘘になる。
だが、いつの間にか自身が庇っていたはずのフローラがあっさりと英雄になってしまった。フローラの努力はコンスタンツェも知っている。一向に上達しない魔法スキルに同情もしていた。だが、そんな友人の成功に対して、コンスタンツェは素直に祝福する気になれない。
「まだまだ私は心が弱いな」
学校の2階の窓から外を眺めながら、コンスタンツェは呟いた。その視線の先には、銀色の髪をなびかせて笑うフローラの姿があった。コンスタンツェの目には、その銀色が眩しく映った。
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「はぁ……」
「どうしたウヒト? 溜息などついて」
王都の観光名所も一通り堪能したウヒトとサジン。本日は宿の近くの喫茶店でティータイム中である。美形エルフの2人にチラチラと視線を向けてくる女性客もいるが、2人が気にしている様子はない。
一応はウヒトもサジンも、エルフ族の重要人物であるアウリティアの護衛役である。だが、アウリティアも七極と呼ばれるほどの強者であり、護衛の必要はほぼゼロだ。そういう意味では、2人は旅の間の使用人という側面が強い。その上、当のアウリティアが護衛を連れて歩くことを嫌がるので、王都ではほぼ自由行動である。
流石にヒト族の王国の首都というだけあって、エルフの里では見ることのできない珍しいモノも多い。ユキトの治めるサブシアに比べれば見劣りする点もあるが、あちらのオーバーテクノロジーは電子辞書というチートアイテムの産物なので比べるのは酷というものだろう。
「サジンとではなく、もっとファウナさんと王都を回りたかった……」
溜息をつきながら、ウヒトが心情を吐露し、サジンは、ウヒトから漏れ出た正直な願望に苦笑する。
「おいおい……正直すぎるだろう」
ウヒトがファウナに惹かれているのは、誰が見ても明白であった。いや、当のファウナは気づいていないようであるが、それ以外の者は気づいていただろう。しばしば、ウヒトがファウナをデートに誘っていたのだが、当のファウナはユキトと一緒に行動したがるため、なかなか実現していない。
「宿でファウナさんと一緒にお茶を飲めたから、望みはあるはず」
(現実を受け入れられていないな……ウヒトのやつ、意外と執着心強いな)
ウヒトの呟きに、そんな感想を抱くサジン。若いエルフに多いのだが、プライドの高さゆえに現実を正しく受け入れられないことがある。目の前の100歳ばかりの若者もそうした状況のようだ。宿の休憩スペースで、ファウナと2人でお茶を飲んだという程度の事実を過大評価している。ウヒトには言わないが、サジンもファウナと休憩スペースで談笑したことはある。
サジンはふぅと息を吐いて、ウヒトを観る。彼は唇を軽く噛み、ティーカップの表面を見つめていた。
「ウヒト、ファウナ殿はシジョウ殿を想っているように見えるがな」
サジンは、年長者として現実を突き付けておく役割をこなすことにしたようだ。ウヒトもそれに気づいていないとは思えないが、第三者から指摘を受けることにも意味はあるはずだ。
案の定、恨めしそうな表情でサジンを見るウヒト。
「やっぱり、そうなのか?」
「間違いないだろ。それ以外には見えん」
サジンはきっぱりと言い切る。相手が普通のヒト族ならまだしも、上司であるアウリティアの非常に親しい友人であり、戦闘力も非常に高い。王国の貴族でもある。叶わぬ想いは諦めたほうが良いというサジンの判断だ。
「あきらめろ、ウヒト。彼女はエルフではあるが、旅の途中で会っただけに過ぎぬ」
サジンは静かな声でウヒトを諭すと、カップのお茶を口に含んだ。高級な茶葉の香りが鼻へ抜け、茶特有の苦みと渋みを感じる。
「シジョウ殿は人間じゃないか……ヒト族がエルフと釣り合うはずが……」
ウヒトが尚も執着の言葉を吐くが、その方向性が良くないことにサジンは眉をひそめる。エルフがヒト族を見下す傾向は、古くは良く見られる光景だったが、最近ではかなり解消されている。これは、アウリティアが持ち込んだ『ジンケン』という概念が普及したことにも影響されている。もちろん異世界向けにアレンジされてはいるが、一方的にヒトを見下すことを是とはしない。
「ウヒト、口を慎め。シジョウ殿はアウリティア様の御友人だぞ」
とはいえ、今のウヒトに正論を説いたところで意味はないだろう。サジンはアウリティアの名を出して、咎めるにとどめた。正しいことを述べることが正しいこととは限らないことをサジンは知っている。今はその時だろう。
咎められたウヒトは、流石にバツが悪いのか、サジンから目を逸らし、床に視線を向けていた。理屈ではないので、納得するにも時間がかかるだろう。
(まぁ、何事も経験だ)
サジンは、100年ほど前に意中のエルフに告白して玉砕したことを思い返しながら、残りのお茶を喉に流し込んだ。茶の苦味がいつもよりも強く感じられた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。繁忙期で更新が遅れがちですが、もうすぐ解消見込みです。御容赦ください。