第95話 一変!?フローラと学友
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昨日行われた、アウリティアとイーラによる特別講義という名の掛け合い漫才は大盛況のうちに終わった。もちろんネタ合わせをした漫才ではない。気ままに勝手なことを喋りかつ魔法を実演しようとするイーラと、それをたしなめるアウリティアのドタバタ系のやり取りである。日本の大学で例えるならば、ノーベル賞受賞者が2人同時に出てきてコントを始めたとでも考えてもらえれば良いだろう。まぁ、コントだけでなく、ちゃんと魔法の精髄についても触れていたようなので、講義と呼べなくもない。
「まぁ、アウリティアとイーラの七極という肩書を考えれば、大入満員で当然なんだけどな」
ユキトから見ると、あまり有難み感じない七極という肩書も、この世界のほぼ全ての人間にとっては雲の上の存在を意味する。ユキトから見える七極は、ラーメン好きの同郷人と最近丸くなってきたロリばばあになってしまうが、そもそも国家間のプロトコールにおいては、七極に位置する者は、王や皇帝と同等に扱われる程である。
そのようなわけで「シジョウ卿はこの世界のトップクラスの戦力2名と深く友誼を結んでいる」という印象を、貴族学校の関係者に与えておくことは、今後の異世界生活を送る上で非常に有効である。なにしろ、貴族学校には様々な貴族の子弟が通っているのであるから、彼ら彼女らを通じて、ユキトの情報は広く王国中の貴族に知れ渡ることになる。シジョウ卿は七極と関係が深いとなれば、一目どころか十目は置かれることになり、様々な交渉事で圧倒的に有利になるだろう。
事実、王国中の貴族は、シジョウ卿がアウリティアとイーラに気楽に頼みごとをできる間柄だという情報に大いにうろたえている。
「シジョウ卿は国を乗っ取るつもりではないのか?」
「確かに、七極のうち、2人も自陣にいれば国のひとつくらいは……」
「これは『黒犬の宴会』に招待するしかないのでは……」
「無理だ。シジョウ卿自体が七極並に強いという話だ」
なお、黒犬の宴会とは特定の派閥内で暗殺を意味するジャーゴンである。
「落ち着け、ラング公爵が言うにはシジョウ卿は権力を求めていないそうだ」
「権力を求めていない人間など存在するわけがない!」
このように貴族が集まった際の話題として、シジョウ卿に関するトピックは大人気であった。現状では、まだまだ様子見の派閥が多いが、そろそろ抜け駆けして、シジョウ卿に取り入ろうとする貴族も出てくる頃合いだろう。
「……とはいえ、俺は貴族との交渉なんてしたくないんだよな」
自身の置かれている状況を考察して、ユキトはため息をつく。
ユキトも、アウリティアやイーラが特別講義をしてくれた意味は理解している。だが、そもそも貴族間の交渉は、面倒なこと極まりないというイメージだ。異常な発展を誇るサブシアの噂が広まっており、今後は貴族間の交渉も爆発的に増えていくと予想されるが、ユキトとしては、できることならフローラやストレィ辺りに丸投げしたいところだ。
「……であるからエルム山地に面する領土は」
ここで、ユキトは教師の声にハッと我に返った。
特別講義の翌日、開講された地理の講義を受けていたのだが、ついつい自分と自領の今後を考えてしまっていたようだ。肝心の講義の内容が全く頭に入っていない。
「まぁ、領主らしくなってきたということで……」
自席に座ったまま、誰に向けたものか不明な言い訳を呟くユキトであった。
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「あら、フローラ。お久しぶりね」
「ご無沙汰していました。コンスタンツェ」
ユキトと同じく、フローラも貴族学校に久々に顔を出し、クラスメートと顔を合わせていた。
フローラは、ユキト達と出会う以前に貴族学校に通っていた経歴がある。しかし、フローラは貴族学校に対して、あまり良い思い出がなかった。火球以外の魔法を満足に使えなかったフローラは、クラスの女子達から良い扱いを受けていなかったからだ。もちろん、有力者たるウィンザーネ侯爵の娘という立場があるので、暴力的なイジメがあるわけではなかったが、「無能」「魔なしのフー」「火吹き女」と言った陰口が止むことはなかった。
だが、ユキト一行が七極のイーラを撃退し、その功労者がフローラだという事実は既に王都中に知れ渡っている。その情報によって、クラスメート達の態度が一変していた。
「聞きましたわよ! フローラ様が七極のイーラを退けたとか」
「いったいどのような秘術を? 実力を隠しておられたのですか!」
何人かの者は学校内で火球しか使えなかったのは、実力を隠していたのだと信じ込んでいるようだし、それ以外の者も尊敬のまなざしでフローラを見ている。頬を赤らめている少女もいるようだが、大丈夫だろうか。極一部の者だけが「あの無能が七極を追い払えるわけがない」と疑いの目で見ていた。
その状況でフローラの前に現れたのが、コンスタンツェと呼ばれた長身で鋭い目をした美女だ。黒く短めの髪が肩の上で切り揃えられており、腰には長剣を帯びている。
「あの……コンスタンツェ、私に何か?」
コンスタンツェはフローラの正面に立ち、まっすぐに瞳を向け、問いかけてきた。
「貴女が色々な努力をしてたのは知ってるわ。でも、七極のイーラを退けたという噂はにわかに信じられない。本当なの?」
突然のコンスタンツェの質問に、周囲の学生もスッと声量を落とし、全員が聴き耳を立てている。一瞬だけその空間が静寂に支配された。
1秒ほどの間を置いて、フローラは目の前の女性にニコリと微笑むと正直に回答した。
「私だけの力ではありませんが、私の魔法がきっかけになったのは事実ですわ」
過剰に謙遜することは、ユキトから与えられた力を侮辱することになる。そう考えたフローラなりの回答であった。
それに、フローラにはコンスタンツェには嘘は吐きたくない。かつての学校生活において、何かと陰口を叩かれていたフローラを庇ってくれたのはコンスタンツェであったのだ。コンスタンツェは魔法も剣技もずば抜けていた。彼女を慕うクラスメートも多く、下級生の女子から告白された回数も、両手の指が足りない程だ。
「そう……本当のことだったのね。その魔法、見せてもらえる?」
コンスタンツェはフローラに、イーラを退けた魔法を要求した。フローラの言葉を信じていないわけではないようだ。恐らくは自身が強者であるという自負もあって、フローラの実力を見てみたいのだろう。
だが……
「ごめんなさい。大変に危険な魔法なので、必要がないときには使えないわ」
フローラとしても、自身の力を隠すつもりはないのだ。だが、ユキトの加護の付与能力で得られた力は、地球の怪獣達を参照して得られた加護であり、1兆度の火球を可能とするものだ。魔力の制御を少しでも失敗すれば、1兆度の火球から放たれたエネルギーの極一部ですら、王都くらいは簡単に蒸発させるだろう。
「そう……仕方ないわね」
コンスタンツェはそういうと表情を変えないまま、くるりと背中を向け、立ち去っていく。
「コンスタンツェ……」
その背中にフローラは寂しげに声をかけるのだった。
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