第93話 ゲット!生命の宝珠!
「司教もユキトくんに感謝してるって言ってたわぁ」
朝からザンブルク司教に会いに出掛けていたストレィが宿に戻ってきたのは、夕方になって、人々の足元から伸びる影が随分と長くなった時間帯であった。王都の家々の窓や煙突からは、炊事の湯気や煙が立ち昇っている。ちょうど、ユキト達も宿の1階の共用スペースで夕食前の雑談に興じていたタイミングだ。
「随分と遅かったな。司教とそんなに話すことがあったか?」
非難に聞こえないように、アクセントに注意しながら、ユキトはストレィに尋ねた。
もちろん、教会の司祭でもあるストレィが司教の所にいたところで、別におかしいことはない。だが、ストレィ自身は、何かと口うるさいザンブルク司教を苦手としているのだ。そんなストレィが長々とザンブルク司教のところにいたとなると、何かあったのかと尋ねたくもなる。
「ユキトくんのおかげで、教会の宝物庫に入れてもらったのよぉ」
ストレィは眼を輝かせながら、そんな報告を口にした。宝物庫、お宝の匂いがする単語である。
「ほほぅ。宝物庫ですか」
横からセバスチャンが登場し、ストレィにお茶の入ったカップを差し出す。カップの中には、紅色に近いお茶が湯気を上げている。
「セバスさん、ありがとぅ」
ストレィは礼を述べつつ、セバスチャンからカップを受け取って、一口飲む。この宿で無料で提供されているお茶だが、それなりに高級な茶葉を使用しているようで、とても香りが良い。流石は高級宿である。ユキトが日本で泊まっていたビジネスホテルとは違うのだ。
「で、ストレィ。宝物庫ってのは?」
教会の宝物庫というのだから、何か宗教的な遺物でも収めてあるのだろうか。もしくは金銀財宝か。ユキトはそんなことを考えながら、ストレィに説明を求めた。
「古来よりの貴重な魔道具などを収めているのよぉ。中のモノを見学できたのも面白かったけど、司教から今回の御礼にって、宝物庫に収めてあった魔法生命の核になる宝珠をもらえたわぁ」
ザンブルク司教なりのサンタの御礼ということだろう。ユキトではなくストレィがもらっている点については、些か納得がいかない気もする。まぁ、教会にユキトが求めるアイテムがあるとは思えないし、そういう意味ではストレィに御礼を渡すことで、今後ともストレィをよろしくという意志表示でもあるのだろう。
「魔法生命の核って、なんだか気になる響きだな。何に使えるんだ?」
「ふふふ……それはお楽しみねぇ」
ユキトの問いに悪戯っぽく笑うストレィ。相変わらず司祭とは思えない色っぽさがあるが、ユキトとしては面倒ごとにならないように祈るだけである。
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翌朝から、ストレィは貴族学校にある自分の部屋、つまりはアトリエへと引き籠った。十中八九、教会の宝物庫からもらってきた魔法生命の核とやらを使って、何かを拵えているはずだ。
「ストレィには秘密道具の加護がついてるからなぁ……魔道具の扱いや製造にかけては、世界有数のレベルになってると思うんだが……逆に不安だな」
ユキトは自身の不安を口に出す。昨日と同じく、宿の共用スペースの一角だが、他の宿泊客はいないので、ほぼユキトのパーティが顔を合わせるためのスペースとなっている。
「ストレィ、久々に眼を輝かせてたわね」
「没頭できる趣味があるのはいいことですわ」
ファウナとフローラは、ストレィを応援する立場のようだ。彼女達はストレィが何かとんでもないものを拵えたとしても、責任を取る立場ではないので気楽なものである。
「魔法生命の核って言ってたから、動く土人形……ゴーレムでも作るのかねぇ」
ユキトとしては、魔法生命と聞いてイメージできるのは、ゴーレムくらいのものだ。いや、そう言えば、サンタ活動中に遭遇した音怪異も魔法で産み出された生命であったはずだ。
「化学反応じゃなくて、音の連鎖でも生命になる世界か……流石は異世界というべきか、魔法が凄いというべきか」
ユキトは、この世界の生命という概念が、元の世界とは大きく異なることを実感し、改めてここが異世界であることに納得する。魔力がこもった音が生命になるのであるから、地球の常識とは大きく異なっている。
「ふむ、生命の宝珠か……」
そこに現れたのはサンタ活動で大活躍したアウリティアである。基本的には部屋で昼過ぎまで寝ている男なのだが、今日は比較的に早起きのようだ。なお、お付きのサジンとウヒトは既に起床し、それぞれの日課である王立の図書館や鍛錬場に向かった後である。
「お、アウリティアなら、この話題に詳しそうだな」
「まぁ、俺も極魔道士と呼ばれるくらいだからな。で、話を戻すが、その魔法生命の核となる宝珠は貴重なアイテムだぞ。そもそも生命の創造は、創造の女神であるクレアール様や生命の女神のハイム様の領域だ。人間やエルフがその真似事をするには、それなりの準備がいる」
「まぁ、魔法がある世界とは言え、ポンポン生命を作りだされてはたまらないもんな」
ユキトもアウリティアの説明に納得する。
「もちろん、単純な生命なら魔法で産むことはできるんだけどな……ほい」
アウリティアがユキトの目の前のカップに指を向けると、器の中に満たされていた紅茶がグニャリと動き出した。
「うげ、スライムみたいだな。ティースライムだ」
モーニングティーを楽しんでいたユキトだが、流石に動き出したお茶に口をつける気はない。その間に、ティースライムはグニャグニャとアメーバ状の動きで、カップの縁から外へ這い出そうとしている。
「ユキトの言うとおり、こいつはスライムだ。魔法で仮初の魂を与えた。他に邪法の類になるが、成仏していない魂を使う方法などもある」
アウリティアはもう一度カップに指を向ける。すると、たちまちティースライムは粘度を失って、元の紅茶へと姿を戻す。そこにはカップの中で静かに揺れる紅茶があるのみだ。
「え……俺、これを飲むの?」
先ほどまでグニャグニャとスライムになっていた紅茶を複雑な表情で見つめるユキトを無視して、アウリティアは説明を続ける。
「スライムのような単純な生物なら魔法でも生成できるんだが、それ以上の複雑な生命になると他の魂を使ったり、『核』を使ったりする必要があるな。だが、成仏できない魂なんかを使うとアンデッドモンスターになって生者を襲うケースも多いんだ」
やはり、生命を作るのは危険がないわけではないようだ。映画などの創作物でも良くあるパターンである。
「となると、こないだの音怪異ってのは?」
紅茶のカップを傾けて、中の液体を眺めつつ、ユキトは質問を投げかける。あの姿の見えない音の魔物も何者かに作られたのだろうか。
「音を生命にするってのは、既に失われた技術だな。こないだ遭遇した個体は、神々が世界に姿を見せていた時代に作られたものの生き残りだろう」
そう述べたアウリティアは、俺が本気で研究すれば十数年で作れるとは思う、と付け加えた。極魔道士としての自信なのだろう。アウリティアとしては、そんな存在を産み出す技術を復活させても何の得にもならないので、研究していないだけだ。必死で再現した豚骨ラーメンとは比べるべくもない。
「果てさて、ストレィは何を作ってくるんだか……アイツ、電子辞書を使って、地球の技術も学習してるからなぁ」
ユキトは2割の期待と8割の心配を込めて、そうつぶやくと、心を決めて、目の前のカップの紅茶を口に流し込むのだった。
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むむぅ……先週はもっと時間が取れると思ったのですが。可能な範囲で鋭意執筆していきます。
どうぞ宜しくお願いします。