第92話 聖夜!王都を満たす喜び!
ユキト達がサンタ行為を行った翌朝、空は高く晴れ渡っていた。だが、その空の元で王都の孤児達は騒然としていた。寝ているうちに謎の小袋が枕元に置いてあり、その中に金貨が入っていたのだから無理もない。
「俺のとこにも袋があったぞ」
「エイミーのとこにも、シェイダのとこにもあった!」
「バーズのヤツの枕元にもあったらしい」
孤児達は自身の枕元だけでなく、どこで寝泊まりしているか把握できない仲間の元にすらも、小袋に入った施しが置かれていたということで、驚きを隠せないでいた。一晩の間に、どこに寝泊まりしているかも定かではない孤児全員に財施を行い、誰にも気づかれていないというのは、どう見積もっても人間業とは思えない。孤児全員が、教会の関係者が口にしていた「降臨祭の夜の神様からの施し」という話を思い出していた。
「神様の噂……ホントだったんだ」
「金貨なんて初めて見た……偽物じゃないよね?」
孤児達の戸惑いが、喜びと興奮に変わっていくのに、さほど時間はかからなかった。
もちろん、ザンブルク司教のところにも朝から何度も報告が入っている。ザンブルク司教の派閥の人間が、孤児達の話を耳にしたらしい。
「司教! 昨夜のうちに孤児達に対して神からの施しがあったと!」
「確認は取れていませんが、全ての地区の孤児に金貨と聖印が配られているそうです」
「ザンブルク司教の仰ったことは本当だったのですな……奇跡だ」
司祭達から昨夜の奇跡について報告を受けているザンブルク司教は、もちろんこの奇跡がユキト達の仕業であることを知っている。ただし、その具体的な手法までは聞いていない。
(シジョウ卿がやってくれたようだな。どうやら管理者と会ったというのも嘘ではないようだ……)
ここまで材料が揃えば、ザンブルク司教にもユキトが『まろうど』であることは容易に想像できた。こことは異なる世界から来た『まろうど』達の中には、この世界に来る際に、神の代理である管理者と話をしたという者も多い。一晩で、孤児達にプレゼントを配るという偉業をやってのけた点についても、『まろうど』特有の特殊な力によるものなのだろう。そのようにザンブルク司教は考えた。だとすると、サブシアの急激な発展も納得がいくというものだ。
「これで孤児達が神の寵愛は皆に平等に降り注ぐのだと実感してくれれば良いがな……」
執務室の窓から、晴れ渡った空を眺めつつ、司教はそう呟いた。
司教の願い通り、神の奇跡を目の当たりにした孤児達も、教会を無視できなくなったようだ。昼を過ぎると、孤児達の支援を謳っている教会に、2~3人単位で訪れる孤児らの姿が目立つようになった。
「あのぅ、こんな袋が朝……」
「私にも神様からの贈りものが来たの!」
伏し目がちにおずおずと尋ねてくる子、目を輝かせて報告する子、様々な子がいたが、教会を訪れた子供達は、全員が神様の存在を意識しているのは間違いない。神様のことについて尋ねるのなら教会が一番だろう。
「神は我らに大いなる慈悲を与えて下さるのです。君らは特に恵まれていなかったので、特別の恩恵を与えて下さったのでしょう」
孤児達と対話した教会の助祭も、ここぞとばかりに神の寵愛を語って聞かせている。彼も、孤児達を救済したいと考えている一人だが、孤児達と教会の間に信頼関係がなければ話にならない。今回のチャンスは無駄にしたくないところだ。
もちろん、孤児の中には、なお神様など信じたくないという者もいたが、大多数は神の奇跡に驚き、教会への信用もグンと増したようである。ユキトの作戦が成功したと言える。
「ハフストン司教も、孤児達が信仰に目覚めたとなれば、救済の予算を渋るわけにはいかないでしょうな」
教会関係者はそんなことを囁き合った。そもそも、孤児の救済については、信仰を持たない孤児は対象外と、予算を握っているハフストン司教が主張しており、その発言は多くの関係者が耳にしている。
逆に言えば、孤児達が神様の存在を信じるようになったのであれば、ハフストン司教も予算を出さざるを得ない。だからこその今回の作戦であったわけだ。
「さっそく、孤児院の建設計画を進めようか」
ザンブルク派閥の関係者は、孤児の救済に向けて、具体的なプランの検討に入るのだった。
一方、ハフストン司教の執務室の空気は重い。ハフストン司教をはじめとして、派閥の司祭達が集まっている。これまでは神の存在を疑っていた孤児達が神を信じるようになったのであるから、教会の一員として歓迎すべきことであるはずなのだが……
「これで、かなりの予算をザンブルク司教の主張する孤児達の救済に回さねばなりますまい」
「だが、執行する予算についての権限は我らの手を離れてしまう」
「それでは、ザンブルク派の拡大に繋がりかねないぞ」
そんな司祭達の議論を、ハフストン司教は不愉快そうに聞いている。部屋の最も奥に位置する執務机で、両手を組み、人差し指だけが忙しなくトントンとリズムを刻んでいる。
(……音怪異も戻って来ない。くそっ! どうなっている……ザンブルクのヤツが何かしたのは間違いないはずだ)
ハフストンとしては、便利な手駒である音怪異を失ったことも痛手だった。
(怪しい男から購入した魔法生物だったが、思った以上に役に立ってくれた。いずれザンブルクを消すためにも使う予定だったのだが……)
司教は、2年程前に音怪異を売りつけてきた、濃紫色のローブ姿で七極を名乗った男のことを思い出していた。胡散臭い存在だったが、買い取った音怪異は本物であった。司教は、こんなことならば、もう2~3体購入しておくべきであったと悔やむ。
「まぁ良い。ザンブルクのヤツには孤児の救済でもやらせておくのが丁度いいだろう」
ハフストンは内心のいら立ちを抑えつつ、そう嘯いた。
教会の派閥争いの闇はまだまだ晴れそうにはなかったが、今回はザンブルク司教に軍配が上がったのは間違いないようだった。
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一方その頃、大陸の北側のエルム山地に位置するドワーフ族の集落の一つ。この集落では、朝から不気味な音が聞こえていた。森の奥の方から、何かゲル状のものを破裂させたかのような粘着質な音が響いている。
グジュッ グボッ……
「なんじゃ? このなんとも不気味な音は」
「森の向こう側から徐々に近付いているようじゃが……」
森に長く棲むドワーフ達も、このような音には心当たりはなかった。この付近に出現する魔物のいずれも、あのような音とは無縁であるはずだ。竜蛭の出す威嚇音と多少似ているが、こんなに大きい音ではない。
「ここで考えても仕方ない。ワシが見てくる」
やがて、1人のドワーフの男が自慢のミスリル斧を片手に、暗い森に分け入っていった。森の中は、不気味な音が響く以外には、動物の気配もしない。鳥も逃げてしまったのか、姿を見せない。ガサガサと森を進むにつれて、不気味な音も段々と大きくなってくる。
グブグブグブ……グボッ……
そして、茂みをかき分けて進んだドワーフの前に「それ」は姿を現した。
「グボゥ……ブブブッ……グボボ」
「な、なんじゃ! こいつは!?」
それは縦横3~4メタ程の巨大な脈動する肉の塊だった。一部は半ば液化しており、さらに反対側はブクブクと泡立って膨れ上がっている。そして肉塊の表面には、巨大な口や眼がランダムにいくつも張り付いていた。
「ば、化け物……」
肉塊はその全体を蠢かせると、ズリズリと這いずるように移動してくる。ドワーフの男の方へ向かって、ひいては集落のある方へと進んでいるようだ。
「おのれ!」
勇敢と呼ぶべきか、蛮勇と呼ぶべきか。化け物が集落へ向かっていると気付いた彼は、ミスリルの斧を持ったまま、高く飛び上がった。その驚くべき跳躍により、一気に距離を詰めると、その勢いのまま、斧を肉塊表面の巨大な眼へと叩きつける。
ドスッ!! ダピュッ!
巨大な瞳にミスリルの斧が深々と喰い込み、その割れ目から透明な液体が飛び散った。同時に、肉塊はビクンと大きく脈動する。
そして、ドワーフが再び距離を取ろうとした瞬間……
ガバッ!!
肉の表面を突き破って、巨大な手……いや、手というにはあまりにも太く、辛うじて先端が短く5つに分岐しているだけの肉の塊が出現した。
「しまった!」
まさか自身の身体を突き破って出てくるとは想定していなかったドワーフは、避ける間もなく、その手に飲み込まれる。そう、貼り倒されたわけでも、殴り飛ばされたわけでもない。まるで泥にでも包みこまれたかのように、ドワーフの身体がその巨大な手に飲み込まれたのだ。
辛うじてドワーフの下半身は表面に出ており、ジタバタと暴れていたが、上半身は肉塊と一体化したかのように抜けることはなかった。やがて、ドワーフは動きを止め、そのまま手の肉に吸収されていく。そのまま彼の肉は溶かされ、肉塊の一部へと変換された。
「グボォグボゥ……」
肉塊は何らかの声をあげると、そのまま集落の方へと這いずっていく。これが、インウィデアの策略により、その力を暴走させられたグラ・グリトのなれの果ての姿であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。先週は時間がとれず更新が遅れましたが、今週はもう少し時間が取れそうです。
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