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第91話 生きている音!?配達業務は忙しい!

 

「さて、空を飛んでみたわけだが……」


 深夜になり、王都の孤児達への配達業務を開始したアウリティアと配達員達は、まずは地球の伝説に則って、空を駆けることにした。といっても、ソリを用意する時間はなかったので、馬車の人員を乗せる箱部分=キャリッジ部を空に浮かべている。


「魔法って便利だよな」


「キャリッジを空に浮かべるって、極魔道士たる俺の魔法があってこそだぞ?」


 簡単に言うユキトにサンタとなったアウリティアが反論する。並の魔法使いが同じことをしても、すぐに魔力が尽きるだろう。


「とは言え、サンタの加護のおかげで、乗り物を空に浮かべるための魔法の効果がグンと上がっているんだよな。こりゃ、楽でいいや」


 アウリティアに付与(エンチャント)した聖老の加護は、こういうサンタクロースを模した行動に対して、自動でサポートする機能が働くらしい。つくづく便利な能力だ。おまけにアウリティアの赤白の例の衣装も加護により生成されたものである。ファウナとフローラ、ストレィの3人に加えてユキトもサンタ衣装を纏っている。


「ユキト、この衣装は何なの?」


「俺達の出身地では、プレゼントを配る者はそのいでたちが決まりなのだ」


 ファウナの質問に対して、ユキトが半ば嘘を交えて力説する。ミニスカサンタは良いものなのである。


「ふぅん。まぁ、悪くない格好だわぁ」


「でも、これ短くないですか? こんなものですか?」


 ストレィはサンタ衣装が気に入ったようだ。一方のフローラはスカートの短さを気にしている。なお、3人のサンタ衣装を見て、イーラも欲しがったが、配達を手伝うかと尋ねると、「(わらわ)に労働は似合わぬ」と言って去っていった。実に自由である。



「では、孤児達へプレゼントを配ることにする。今夜はスーパーサンタタイムだ。配り終わるまで夜は明けないからそのつもりで」


 サンタ長のアウリティアが、馬車内の配達員に通達する。アウリティアは、聖老の加護のおかげで、プレゼントを贈る相手である孤児達の居場所と状態を直感的に把握できるのである。しかも、そのイメージを魔法で配達員に転写することが可能だ。


 ユキト達はそのイメージに従って、寝入っている孤児のところへ向かい、プレゼントの小袋を置いてくる役目だ。


「ユキト様、空を駆けていますわ!」


「おおぅ……なんかジェットコースターを思い出すな(あ、見えそう)」


 ミニスカサンタのフローラがテンションを上げて、ユキトに話しかける。配達員達は、アウリティアの魔力の影響下に入っており、その身一つで空を自在に舞うことができるのだ。まるでピーターパンだ。さらに驚くことに、念じることで建物の薄い壁を抜けることも可能であった。どこからがアウリティアの魔法で、どこからがサンタの加護の効果なのか不明だが、配達には充分な能力である。


 その様に空を舞いながら、ユキトたちは地上の孤児を目指す。


「えっと、この廃墟には4人か……」


 ユキトは、脳裏に浮かぶイメージから、目の前のボロボロの小屋の中に4人の孤児がいることを知る。アウリティアから送られてきたイメージである。全員が寝入っているようだ。


 隣の小屋はもう少しマシな様子だが、それでも壁には穴が開いているし、窓も外れている。孤児が3人寝ているようだが、そっちにはフローラが向かった。


「うーん、子供がこんな生活をなぁ」


 ユキトは、孤児達の枕元にプレゼントの小袋を置いてゆく。枕元と言っても、ほとんどの孤児は藁の束やぼろ布が寝具なので、枕など使えていない。つい先日まで日本人だったユキトから見ると、複雑な胸中である。


 尤も、孤児以外にも親子で貧しい家庭はたくさんある。だが、そういった家庭は今夜のサンタの訪問対象外だ。一度に全ての人々を救うことはできないので仕方ない。


 そんな胸中にもやもやしたものを残しつつも、ユキトはプレゼントを配布していく。手元の小袋がなくなれば、上空に待機している馬車へ戻って、補充する。その区域の全員に配り終えると、馬車を移動させ、次の区域で同じように配布を行っていくのだ。


 *********


「ようやく半分終わったな」


 数時間の配達作業の後、少し休憩を入れようと、5人は上空の馬車内でお茶を飲んでいた。ユキトとしては、かなりの人数の孤児に配ったと思うのだが、サンタ長によれば、ようやく半分程度ということだ。


「サンタの加護のおかげで夜の時間を引き伸ばせるから、急ぐ必要はないんだけどな」


 アウリティアが言うには、時間を止めてしまうことも可能らしいが、魔力の消費が激しいので、夜を長引かせる方を採用しているらしい。どちらにしても、かなり無茶なことをやっている気がする。


「でも、寒いし、一気に配ってしまいたいわね」


 ファウナの言うとおり、雪こそ降っていないが、夜の王都はかなり冷え込んでいる。あまり時間をかけたいものではない。


「じゃあ、一気に配って……!?」


 だが、返事をしようとしたアウリティアが、急に鋭い眼つきで馬車の外に視線を向けた。ユキトも目を向けるが、曇った夜空が広がっているだけだ。


「!!」


 同時にファウナも同じ方角を向く。何らかの気配を感じとったらしい。


「ユキト、何かが近づいてきているわ。何か分からないけど、魔物かしら」


 だが、その回答は意外な声でもたらされた。


音怪異(サウンドクルス)じゃな」


 声とともに馬車の片隅に粉雪が舞い、幼女が姿を現した。瞬間移動で出現する幼女はユキトが知る限りでは一人だけだ。


「イーラか。脅かすなよ」


 ユキトが突如出現した幼女に苦情を述べる。突然、会話に割り込まれると心臓に悪い。


音怪異(サウンドクルス)?」


 フローラが首をかしげながらイーラに尋ねる。フローラも初耳の言葉らしい。


音怪異(サウンドクルス)とは、ホムンクルスのような人工生命と言われておる。尤も、1000年前の大戦でその技術は失われたはずじゃがな」


 イーラが全員に対して音怪異(サウンドクルス)の簡単な説明を行う。その説明をアウリティアが引き継ぐ。


「人間や動物は、化学反応の連続で生命を維持しているわけだ。だが、音怪異(サウンドクルス)は、魔力を含んだ音の連続体なんだ。音が複雑に絡み合って生命を形成している存在だ」


 どうやら音怪異(サウンドクルス)とは、化学反応の動的平衡状態としての生命と同じように、魔力を持った音が生命となった存在らしい。


「そして音怪異(サウンドクルス)は人間を襲う」


 アウリティアがそう付け加えた。どうやら、ユキト達のプレゼント配布を邪魔する存在のようだ。


「やばいのか?」


 ユキトは心配そうにアウリティアに尋ねる。尤も、ここに七極(セプテム)が2人もいるのだから、そう危機的な状況になるとも思えない。


「いや、普通の人間なら危険な相手だがな。極魔道士たる俺の相手をするには力不足だ。ただ、夜の王都にポンと出現するような魔物じゃないんだ。魔法生物としては非常に珍しいから、飼っている好事家がいないとも限らないが……」


 そう言うと、アウリティアは馬車の外を指差した。


 アウリティアの指差した先で、陽炎のように風景が歪んでいる。恐らくはそこに音怪異(サウンドクルス)がいるのだろう。音の生命体なので、姿は見えないようだ。その歪みは揺らめきながら、ユキト達に近づいて来る。


 その背後の路上には、音怪異(サウンドクルス)に襲われたのか、人が倒れていた。衣服は綺麗なままだが、流れている血の量からして、既に死んでいる可能性も高い。音怪異(サウンドクルス)は、振動で生物の体内を破壊するのである。


「あれは犠牲者か。音というだけあって飛べるみたいだな。こっちに向かって来るが、どうする?」


 ユキトは腰を浮かせながら、アウリティアに問いかける。ファウナ達も立ちあがって、臨戦態勢に入っている。陽炎のような歪みから、ジジジジジ……と不快な音が聞こえてきた。


 ズズズ……


「悪くない茶じゃの」


 そんな中、イーラは座り込むと、淹れてあった紅茶を飲み始めた。お茶菓子もつまんでいる。マイペースもいいところだが、アウリティアがいれば問題ないと踏んでいるのだろう。事実、七極(セプテム)にとっては音怪異(サウンドクルス)などは脅威ではない。


 イーラの余裕っぷりを見て、ユキトも苦笑しつつ、アウリティアに顔を向けた。どうやら慌てる必要はなさそうである。


「音の生命体相手だが、ユキトならどうする?」


 アウリティアは落ち着いた様子でユキトに尋ねる。


「音? うーん、真空にすれば死ぬんじゃないか?」


 音と言われれば対策の1つは真空だろう。この世界(ディオネイア)の科学のレベルではどうか分からないが、地球では常識である。空気がなくなれば、音は伝わらないのだ。


「正解。音怪異(サウンドクルス)にとっては、人間が水分を失うようなもんだろうな」


 そう述べると、アウリティアは音怪異(サウンドクルス)に向かって広げた掌を向ける。


「風は失われよ!火は死に絶えよ!無空陣(エア・バニッシュ)!」


 わざわざ中二めいた呪文を口にしながら、アウリティアは魔法を展開した。呪文の内容的にも、真空を作りだす魔法だろう。アウリティアの力ある言葉に従い、薄い光の膜が陽炎の周囲を覆った。


 ギジュッギジュッギジュッ!


 光の膜が陽炎を覆うと同時に、不快な音が周囲に響いた。こっそりとプレゼントを配ろうとしているユキト達にとってはいい迷惑だ。奇妙な音に目を覚ます者もいるかもしれない。だが、その音もだんだんと小さくなっていく。


「膜の中が徐々に真空になっているはずだ」


 アウリティアが説明する。なるほど、それで音が小さくなっていくのかとユキトは納得する。ファウナやフローラは意味が分かっていないようだが、ストレィだけはウンウンと頷いているので、理解しているようだ。流石は電子辞書を通じて、現代知識にアクセスしているだけのことはある。


 やがて、陽炎の揺らめきも消え、音もしなくなった。音怪異(サウンドクルス)が音の生物であるならば、これで死んだのだろう。


音怪異(サウンドクルス)はこれで良し。襲われた人も生きてるか確認するか……」


 アウリティアはそう呟くと、路上で倒れている男のところへと飛んで向かった。路上に降り立ったアウリティアは、何やら確認していたが、手から緑色の薄光を出しているところを見ると、まだ息があったので、回復魔法を施しているのだろう。


音怪異(サウンドクルス)に襲われた者を回復させるのは難しいのじゃ」


 ユキトの背後からイーラが解説する。幼女は片手にティーカップ、もう片手にスコーンを持ったままだ。


「難しいの?」


 アウリティアの様子を眺めるユキトの代わりに、ファウナがイーラに尋ねた。


音怪異(サウンドクルス)に襲われた者は外傷がなくてのぅ。体内を破壊されるのじゃ」


 ユキトも相手が音ならば、そういうことになるだろうなと考える。だが、極魔道士なら簡単な治療だろう。なにしろ「極」なのだ。



 結局、男は一命を取り留めたようだが、その時間を費やした分、ユキト達は大急ぎで残りのプレゼントを配る破目になった。サンタクロースはさんざん苦労するとは良く言ったものである。



 やがて、いつもよりも長い夜が明けた王都では、孤児達の喜びと困惑の入り混じった声が響いたという。



ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや評価も励みになります!



年度末まで忙しい時期なのですが、可能な限り更新していきますので、どうぞよろしくお願い致します。

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