第90話 準備万端!現金は強し!
ユキトの作戦の決行日時は、降臨祭という創造の女神クレアールへの祈りが捧げられる日の夜だ。
クリスマスであれば、サンタクロースが訪れるのは、クリスマス前夜となるところだが、異世界にそのような風習はないので、祭の夜の方が受け入れやすいだろうという判断である。
この作戦は、サンタクロースをモチーフとした加護を得たアウリティアが、その能力を駆使して、王都中の孤児にプレゼントを配ることで、神の奇跡と信じ込ませる計画である。如何に七極である極魔道士とは言え、サンタクロースの力がなければ一晩で王都中の孤児達に秘密裏にプレゼントを配るのは不可能であろう。逆に言えば、サンタを知らないこの世界の人間ならば、神の奇跡と考える以外にないということだ。
尤も、その夜を迎える前に、サンタ役でもあるアウリティアはアスファール王との会談という重要なイベントもこなさねばならなかった。そもそもアウリティアが王都を訪ねた理由は、王に挨拶をしておくためである。
王とアウリティアの会談の行われた部屋は、七極を迎えるための王城でも特に豪華な一室だ。シャンデリアは金銀の光沢に輝いており、椅子ひとつにも艶のある刺繍が誂えてある。その部屋の中央に鎮座する長いテーブルの両端に王とアウリティアが対面で座っていた。
「私の名はアウリティア。エルフにおいて魔術を極めし者。今代のアスファール王にはお初にお目にかかる」
「余はアスファール12世。ようこそ、アスファール王国へ。我が国は七極のアウリティア殿を歓迎する」
そんな堅苦しい挨拶からスタートした会談は、さしたる問題もなく、双方の友好を確認して終わった。アウリティアとしては「聞いたと思うけど、これからユキトと仲良くするから、そこんとこよろしく」と伝えれば良いわけであり、アスファール王としても「そっちから挨拶に来てワシの顔を立ててくれて助かったわ。おけ、仲良くしたってや」と返したわけである。
実際には、その内容はオブラートに何重にも包まれ、修辞が凝らされ、文彩豊かな表現として語られるわけで、充分に慣れた者でなければ、正確な意味を推し量るのも難しい。だが、そこは一国を治める王と英知を極めたエルフの魔道士である。特に問題は発生しなかった。
「アウリティア殿は、シジョウ卿の治めるサブシア領をご覧になったかな?」
主目的が果たされた後、アスファール王は、雑談がてらにサブシアの様子をアウリティアに尋ねてみた。監査の者が、サブシアを含めた国内の情報を定期的に王都に送っては来るのだが、王自身の目ではサブシアの様子を確認してはいない。七極の一であるアウリティアが、サブシアをどう評価するか、王も気になるところであった。
「我が友ユキトの力もあって、非常に発展していたが、今後の伸びも大いに期待できそうであった。我が里であるリティアとの交流を持ちかけたのも、現状よりも、今後の可能性に惹かれたからである」
アウリティアとしては、サブシアに電子辞書がある以上、サブシア領が可能性の塊であることを知っているが、ここで電子辞書について口にするわけにはいかない。可能性という言葉でお茶を濁すことにした。ユキトが『まろうど』であることはアスファール王も知っているが、電子辞書のことまでは伝わっていないはずだ。
「アウリティア殿にそこまで評価頂くとは……、将来はサブシアに首都を譲らねばならなくなりそうですな。はっはっは」
もちろん、この2人の会話についてはユキトも聞いている。王の背後に何人かの貴族や文官が立ったまま控えているのだが、ユキトのその中に加わっているのだ。だが、特に話を振られない限りは、口を開ける立場にない。
(王様もアウリティアも普通に喋れば楽なのにな……)
ユキトは、もったいぶった口調のアスファール王とアウリティアの会話を、内心で突っ込みをいれながら聞くだけであった。
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「あぁー、久しぶりに王侯貴族と会話したから、肩が凝ったぞ」
宿に戻ってきたアウリティアが、その肩を回しながら、声を上げた。既に外は薄墨を流したように闇が滲み始めている。
「奥さんってエルフの女王じゃなかったか? 王侯貴族との会話は慣れてるだろ」
ユキトは会ったことはないが、聞いたところによればアウリティアの配偶者もエルフの女王、すなわち王侯貴族のはずである。もちろん、身内との会話と今日の会談が全く別モノであることくらい、ユキトにも分かっているが、会話のキャッチボールとしてそこは指摘しておく。
「ティアと話すのとは、全然違うんだってば」
アウリティアからは、予想通りの回答が返ってきて、ユキトは苦笑する。
トントン……
そこで扉が軽くノックされた。
「ファウナとフローラか?」
ユキトは扉の向こうに声をかける。七極とS級冒険者のコンビを襲う馬鹿もいないとは思うが、世の中には時々信じられない馬鹿もいるものだ。用心するに越したことはない。
「私もいるわよぉ」
少し不機嫌な声はストレィのものだ。自分の名前が含まれなかったのが不満らしい。
「悪い悪い。意図的に外したわけじゃないんだ」
扉を開けると、ファウナとフローラ、ストレィの3人が部屋に入ってきた。彼女達も配達に同行する予定だ。一方で、セバスチャンとサジン、ウヒトは宿での待機組だ。王城からの急な呼出しや他貴族の訪問などがあった際に対応する役目でもある。
特にアウリティアと縁を結びたいと考える貴族は多いようで、どこの宿にアウリティアが泊まっているのかを探らせている貴族もいるようだ。アウリティアは隠蔽の魔術を施しているので、発見されることはないだろうが。
「さて、プレゼントは準備できたか?」
ユキトはファウナ達が抱えている小袋の山に目を向けながら、確認する。
「ええ。袋に詰めるのが面倒だったわ」
ファウナがうんざりした声で応じる。王都の孤児は数百人程度だ。それだけの数の袋を準備する必要があったのだから、神速を得た武道家ファウナであっても、やはり重労働であったらしい。
「プレゼントは、金貨と聖印だけで大丈夫か」
アウリティアは袋の一つを開けて、中身を確認しながら、ユキトに尋ねた。聖印は、教会のシンボルマークを象った金属に紐を通してペンダントのようになったものだ。装備すると、僅かに生命力が強化される特典付きだ。
「やっぱりプレゼントは元ネタに倣って現金が一番なんじゃないか? そして、聖印があれば神の奇跡っぽさが出るだろ」
サンタクロースの元ネタである聖ニコラウスの伝説も、貧しい家族のために窓から金貨を投げ入れるというものだ。ユキトの言うとおり、現金は強いのだ。
「ま、金貨なら使い道は自分達で決められるか……悪人に奪われないようにする必要はあるけどな。しっかし、聖印がサンタの能力で生産できたのは驚いたな」
そう、アウリティアに付与した聖老の加護は、子供達へのプレゼントであれば、様々なものを生産できた。流石に現金は出せなかったが、簡単なおもちゃやアクセサリーなどを作れるのである。
「このまま店に売ってみようかとユキトが手にしたら、消えたのは笑ったけどな」
アウリティアが思い出したようにニヤリと笑う。サンタクロースの生産能力は子供達のプレゼント用としてのみ機能するようで、目的外使用を目論むと、アイテムは霧のように消えるのだった。アウリティアはこの能力を使って、ありがたい聖印をたくさん準備したのである。
では、ユキトが金貨をどこから調達したのかと言うと、ラング公爵からであった。と言っても、ラング公爵からの借金ではない。確かにサブシアに戻れば、すぐに返却可能な程度の額ではあるが、今回の金貨はユキトが稼いだお金であった。ラング公爵が言うには、ユキトがもたらした「グラフ」の概念が、資料をまとめるのに大変に有効であり、その使用料をラング公爵が代わりに徴収したということであった。
「著作権の概念があるわけじゃないから、一回払えば使い放題なんだけどな」
そんなわけで、領土持ちの貴族の間では、線グラフや円グラフを使って自領の様々な情報を整理するのが流行っているらしい。グラフで情報を整理することで、気付かなかった相関関係が見えてくるケースもあって、中々に好評のようだ。
そんなわけで、孤児達に配るプレゼントも用意できたユキト達。残されたタスクは、配達業務だけである。
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ここは、王都内のある建物内。ゴツゴツした燭台がうっすらと室内を照らしている。
「ザンブルク派が流している噂、気になるな」
痩せた神経質そうな男が、机を人差し指で叩きながら、向かいに立つ男に話しかけた。
「王都中の孤児達に神が施しをなされるというアレですか? どうせ、孤児達に信仰を抱かせようという嘘八百でしょう」
話しかけられた男は、孤児達に広まっている噂をデタラメだと決めつけているようだ。その返答に、痩せた男が細い眉を歪ませる。
「いや、何か企んでいるのかもしれん。夜のうちに孤児達に施しを配って歩くとは思えんが……念の為、深夜に音怪異を放っておけ」
「音怪異を!? 死人が出ますぞ!」
「深夜に出歩くような者はどうせ盗人だ。天罰というものだ」
痩せた男はニヤリと口角を上げて笑うのだった。
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サンタ編が当初の想定より長くなりました。次回程度で終わる予定です。
早めに更新して次の話に入りたいところ……