第86話 大食い!エルム山地の不穏な動き
前回のお話
システムさんの働きで世界は動いています。
アスファール王国やハルシオム皇国が存在する大陸の北側には、エルム山地が広がっている。ユーラシア大陸で言えば、ロシアの辺りだ。エルム山地は山地の名を冠しているだけあって、多くの山々と大森林に覆われている。面積だけで言えば、皇国よりも広く、王国と同じ程度だ。広大なこの地には、エルフの里が点在するだけでなく、他にも様々な異種族が暮らしている。
「おい、グリト」
エルム山地の深い森の奥で、何者かの声が響いた。そして、その声に反応する小さな影。
「ん? ……なんじゃ、インウィデアか」
グリトと呼ばれて反応したのは、1メタ程度の背丈の小さなドワーフだった。彼は、茶色の口髭と顎髭を豊富に蓄えており、頭には宝石の細工が施された赤銅色の兜をかぶっている。ずんぐりとした太い腕と脚には、短いながらも剛力が秘められているに違いなかった。なにしろ、グラ・グリトは七極に名を連ねている実力者なのだ。
「おっと、食事中だったか。相変わらずの大食漢だな」
「ふん」
インウィデアと呼ばれた存在は、グリトの背後にいつの間にか姿を現していた。濃紫色のローブを頭から被り、その顔は知れないが、ローブの奥に2つの瞳が輝いていた。ローブの袖から伸びた手は、青い皮膚と鋭い爪を持っており、彼が純粋な人間ではないことを示している。
一方、グリトの前では、大型の魔物が斧と鉈で解体されていた。切り出された肉は、片端からすぐ横の焚き火で炙られ、軽く火が通ったところでグリトの腹に消えていく。
「むぐ……やはりギガントハナアルキの肉は美味いわい」
グリトは背後のインウィデアの存在を無視するかのように、ひたすらに解体と食事を続けている。肉を切り出し、それを焚き火で焼く。肉が焼けるまでの間、さらに解体を進めて、肉が焼けたらそれを喰らう。この動作を繰り返していく。やがて2時間程が経過すると、全長5メタはあろうかと思われたギガントハナアルキの肉は、すっかりグリトの腹の中に消えていた。後には骨と皮が残っているのみだ。
「いつも思うが、お前の背丈よりも大きな肉が、お前の腹に消えるのは不思議だな」
グリトの食事中は黙っていたインウィデアだったが、食事が終わったと同時にグリトに話しかけてきた。
「知らんのか? 重さが変わったらおかしいがの、容積は変わるもんなんじゃ」
グリトは質量保存の法則には反していないと言いたいらしい。確かに、食べた分だけ体重を増しているならば、物理法則には反していない。体積の方は不変ではないのだから、自分よりも大きな肉を食べたと言っても、物理法則上の問題はない。普通の人間では不可能な真似であるが。
「グリトの胃の中では、さぞかし密度の大きな物質が出来ていることだろうな」
インウィデアはそう言って、クックックと笑った。グリトはその濃紫色の姿をジロリと睨みつける。
「で、なんのようじゃ? 言っておくが、シジョウとか言う人間のことなら、ワシは手伝わんぞ?」
「いや、お前に『喰って』もらいたいものを持ってきただけだ」
インウィデアの指す先には、鈍い鉄色をした2メタ程の金属の塊が転がっていた。表面には薄っすらと白い粉が浮かんでいる。
「なんじゃこれは?」
グリトは訝しげな目でそれを見つめるのだった。
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漸く王都に到着したユキトとアウリティア達は、まずアスファール王に挨拶をすることにした。といっても、アウリティアは七極である。王国において、七極は異国の王に準ずる扱いを受けることになっていた。これは、世界屈指の実力者へ敬意を示すことで、無駄に敵対しないための措置である。もちろん、イーラのように王国に敵対してきた相手の場合は、その限りではない。
「じゃあ、まずは俺が状況を王様に説明してくるから、アウリティアは宿で待機していてくれ」
極魔道士アウリティアが挨拶するとなると、王城でもそれなりに準備が必要となる。ちらっと寄って「どうも」と述べて帰るというわけにはいかないのだ。
「一応、手紙では知らせたんだろ?」
「ああ、だからと言って手紙だけでよろしくってわけにはいかないだろうからな」
王都の到着前に、ユキトは王城に手紙を出し、簡単に状況を知らせてある。ユキトも少しは貴族の常識が分かってきたようだ。だが、詳細な状況報告をユキト自身が行う必要があるだろう。ユキト領での顛末やエルフの里のリティアと交流する件を報告しておかねばならない。ちなみに、本来ならばアウリティアが王都へ入る際には、仰々しい出迎えが付くのが儀礼なのだが、手紙でお忍びと伝えたため省略されたようだ。
「アウリティアが旧友でしたって言って信じてもらえるのかなぁ」
そんな呟きを口にしながら、ユキトはセバスチャンを連れて王城へ向かった。今回、他のメンバーには自由時間を楽しむように言ってある。長い馬車の旅だったので、羽を伸ばす時間も必要だろうという配慮だ。元々は王城へはユキトは1人で行くつもりだったのだが、インウィデアがユキトを狙っているというアウリティアの忠告もあり、自由時間はなくても良いというセバスチャンに護衛を頼んだのである。
「セバスさんはフローラに付いておかなくていいのか?」
「お嬢様もファウナ様やストレィ様と一緒に行動するようですし、問題ないでしょう。むしろ私めなど邪魔になってしまいますな」
「なるほど……女子会か」
確かにその3人で行動するつもりなら、そこにセバスチャンが入るのは微妙だろう。女子だけでは危険という常識もあるが、ファウナが一緒であるならば、王都にいる暴漢程度は100人単位で撃退できるだろう。そもそもフローラも冒険者なので、暴漢相手には負けない。戦闘が不安なのは、ストレィくらいのものだろう。
「サジン殿とウヒト殿も観光に回るようです」
アウリティアの御供のエルフも王都を見学する予定のようだ。サブシアほど特殊なものは、王都には存在していないと思うが、一応はアスファール王国で最大の都市であるのだ。観光名所くらいはあるだろう。
「で、アウリティアは宿で引きこもり……と」
エルフに転生してチート能力を持っても、紺スケが中身である以上は、性格は変わらないらしい。
「自分から王都に立ち寄るって言いだした癖になぁ。観光くらいすればいいのに」
ユキトは引きこもり体質の友人に対して、苦笑いを浮かべる。チート能力を持つ七極なのだから、長旅程度で疲れたということもないだろう。
「アウリティア様が王都に寄ると仰ったのは、ユキト様のためでは?」
「多分、そうなんだろうな。 だから、俺も無理に出歩けとは言わなかったんだけどな」
アウリティアが王都に立ち寄るのは、ユキトがアウリティアと友誼を結んでいることを王や貴族にアピールしておこうという意図であろう。それはユキトにも何となく察せられた。紺スケは面倒臭がり屋であるが、面倒見も良いのだ。
「友人ってのは良いもんだな」
「そうですな。大切になさってください」
こんな異世界の地で、友人の良さを認識することになるとは、思ってもいなかったユキトであった。
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