幕間劇 システムNo.104の場合
前回のお話
光線技に感激していたアウリティアさんに日食の加護をつけてみた。
異世界の法則は、物理法則、魔導法則、神意法則の3種類に大別される。
物理法則とは、地球でもお馴染みの法則群であり、重力や熱、電磁波などの様々な物理現象が従っている、基本的には普遍の原理として知られる法則のことだ。
基本的にと断ったのは、宇宙誕生の初期にはまだ定まっていなかったと考えられており、将来的にも有効な法則である保証はないとされるからである。ある日突然、物理法則が乱れるという可能性はゼロではないのだ。
とは言え、それは可能性の話である。普段の生活程度の話においては、普遍と呼んで差支えないのが物理法則である。異世界の物理法則も、地球のそれとほぼ変わらない。僅かに物理定数の値などに違いはあれども、ユキトがその差異に気付かない程度だ。
一方の魔導法則は、精神感応性を持つ魔素を媒体として成立している法則である。その性質上、人間や動物の意思を反映する、不安定な法則である。この不安定さを利用して、人々は無から有を生み出す魔法を扱うのである。
尤も、不安定な法則と言っても、これまで世界中で生きてきた人類の意思の影響が蓄積し、魔法に関しては強固な法則・規則が形成されている。ゆえに、1人の人間の意思の力で法則が大きく変更されるような事態は考え難いのが実情だ。まぁ、それでも数十年後には、魔力から熱への変換係数が多少は上下したりするかもしれない。
そして、最後の神意法則とは、文字通り神の意思を実現するための法則である。いや、神の意志が法則となったものと言うべきだろうか。実は加護などの発動機序はこれにあたる。そして、その正体は世界を運用しているシステムなのである。
このシステムは、高次元上の存在であるため、ある角度から見れば歯車の凝集体、別の角度から見れば複雑に絡み合った法則群、さらに角度を変えると組織で働く職員達……と、様々な姿を併せ持っている。
もちろん、ここでいう角度とは、空間的な角度ではなく、更に高次元的な角度を意味しており、角度を変えて見ることが可能なのは、神々なような高次元的な存在のみである。
「また、加護の付与打診ですか」
加護運用系システムのNo.104は、そう呟くとそそくさと仕事に取り掛かった。彼女(正確には性別はない)の主な仕事は加護の付与や運用なのだが、最近になって実装された「とある能力」の運用についても、彼女の担当となっていた。
「この能力は運用管理が面倒なんですよね」
彼女が担当となったのは、管理者の1人が『まろうど』に与えた能力である、加護を付与する能力であった。加護の付与できる技能は、珍しい能力ではあるが、時々は地上の人間に発現する能力である。だが、No.104が担当する能力には、管理者独自の改変が加えられており、スタンダードな処理では対応できなくなっている。
通常の加護を付与する能力は、加護ライブラリーから選び出された加護を、任意の対象に付与するものである。加護ライブラリーには、この世界の神々や英雄をモチーフにした加護が大量に登録されている。このライブラリーは固定ではなく、人々の信仰の変遷や神話のエピソードの追加などを踏まえて、新たな加護がライブラリーに追加されたりすることもあるが、極稀な話だ。
しかしながら、管理者が『まろうど』に与えた能力は、彼の出身国の非実在性存在をモチーフとして、加護を生成する能力を併せ持っていた。そのため、加護運用系システムが、彼の出身国を探査し、生成する加護を決定する必要がある。
「えーと、今回は『リョウリマンガ』をモチーフにすると……」
システムNo.104は、『まろうど』の来た世界のことは知らない。異世界には、リョウリマンガなる神話か聖典があるのだろうと考えている。いずれにせよNo.104の仕事は、能力者の思念をコードへと変換し、探査波に乗せて異世界へ送信するだけだ。その探査波の反響から、モチーフ対象が非実在性の存在であるか、その神話が充分な数の人間に認知されているか、モチーフ対象はどのような特徴を持っているか、といった情報を得るのである。
「ふむ……今回も加護の生成は可能と」
No.104は、リョウリマンガからの加護の生成について、探査波による可否チェックを済ませ、生成される加護を準備する。探査で得られたモチーフの特徴と加護を付与する対象を考慮して、加護の内容を決定している。
「今回の加護の付与対象は『まろうど』さん本人ですか。そう言えば、少し前には火の魔法を対象に、高温の加護を生成しましたっけ」
加護の付与対象にできるのは、人間や動物だけでなく、ある程度の概念までもが含まれる。特定の魔法を対象にして、加護を付与することも可能だ。
「昔は加護の付与も頻繁に発生していたから、風変わりな付与対象も多かったものでしたね。自身の恋愛運を対象にする例は良くありましたっけ……」
No.104は古い時代を思い出して、寂しげな表情を浮かべた。神々がこの世界に存在していた頃には、今よりもはるかに多い加護が地上に存在しており、加護運用系のシステムは大忙しであったものだ。
「神々がいなくなってから寂しくなってしまいました」
異世界から神々の姿が消えてからも、神々の持っていた意向に従って、システムは仕事を続けている。流行りの言葉で言えば「忖度」である。
「そう言えば、加護の暴走を引き起こした管理者は、今頃何をしているのでしょうか」
リョウリマンガから生成された加護に最後の調整を加えながら、No.104は世界から神々が姿を消す原因となった事件を思い出していた。邪な意図を持った管理者による、加護の暴走事件である。その管理者は、ある人間に意図的な複数の加護を付与した。
・加護Aを増強する効果のある加護B
・加護Bを増強する効果のある加護C
・加護Cを増強する効果のある加護A
実際にその人間に与えられた加護は、もっと複雑であったのだが、簡単に言えば、この例のように効果が無限にループする回路を形成するような組み合わせであった。そして、管理者の狙い通り、加護の力は暴走し、付与されていた人間は、暴走した加護に意識を取り込まれて、その存在も変質してしまった。
「あの事件で、世界は甚大な被害を受けました」
結局、神々がこの世界から姿を消すことと引き換えに、暴走は押さえ込まれ、邪な管理者は地上へ堕とされたと聞いた。その後、その元管理者が何をしているのかは不明だ。
「何事もなければ良いのですけどね」
何故だか昔のことを思い出してしまったことに、何やら胸騒ぎを覚えつつも、システムNo.104は地上の『まろうど』に向かって、リョウリマンガから生成した加護を設定するのであった。
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