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第83話 封印?!海に沈んだ男

 前回のお話

  (いとま)は目の前のおっさんに襲いかかった。


 仄暗い海底で、半ば砂に埋もれた金属塊の横を大きな魚影が横切っていく。

 

「いやぁ、ホントに固められて、ホントに海に沈められたねぇ」


 (いとま)は海の底でそう話しかけた。いや、彼は金属塊の中に埋められている状態なので、口を開くこともままならなかった。口腔内でモゴモゴと声を出しているような状態である。そんな独り言のような呟き……否、むしろ口が開かないので唸りと呼ぶに近い。そのくぐもった唸りに対して、どこからともなく声が響く。


「全く……貴様が、あの状態で貴族に襲いかかるからだろう」


 どこから発せられているのかこそ不明だが、こちらの声は明瞭さを保っていた。(いとま)からはシュレディンガーと呼ばれている猫型生物の声だ。


 このシュレディンガーはこの世界の生物ではない。この世界(ディオネイア)とは異なる世界の生物である。異世界の住人である彼もしくは彼女は、影の中に潜むことができるという特徴を持っている。正確にはシュレディンガーに働く空間と光に対する法則が、この世界のものと根本的に異なる効果を示すのだ。


「何故、あんな真似をした? 貴族の手下になるのが嫌だったわけでもないだろう」


 シュレディンガーは金属塊の中の(いとま)に問いかける。動きを封じられたあの状態では、例え貴族を殺せたとしても、その後の未来は同じだ。少し考えれば分かることだ。


「あのままだとありがちな展開になりそうだったからねー。皇国であの貴族の手駒になって、王国に攻め込んで、シジョウ君と戦って、そして負けたりすることになるんだよ。それじゃ、つまらないじゃない?」


 (いとま)はそのような意味不明なことを言ってのけた。その「つまらない」展開を回避した結果、身体を金属で覆われ固められ、そのまま金属塊として海に沈められたのである。(いとま)が襲った貴族は「溶鉄に放り込んで固める」と言っていたが、さすがに鉄を溶かすレベルの炉は皇城付近には存在しておらず、代替の融点の低い金属が使われたようだ。


「海に沈められてしまえば、つまるもつまらないもなかろうに。相変わらず、貴様の考えていることは我には理解できぬ」


 彼の行動原理は、シュレディンガーにもとても読めない。気の向くままに単純な思いつきで動くこともあれば、あえて面倒な計略を採用することもある。プライドが高いのか低いのかも不明だ。ある時は土下座して相手の足の裏を舐めてまで許しを請うこともあれば、軽く挑発されただけで相手の目をえぐり取ったりもする。


 永い時を生きるシュレディンガーをしても虚井 暇(うつろい いとま)の考えは読めないままなのだ。最近では、シュレディンガーもこの男を理解する事を諦めている。


 そもそも、(いとま)がこのように封じられたのも、初めてではない。シュレディンガーが知る限りでも3回はあった。


「そうそう。前回は地下深くに封じられて、その世界が崩壊するまで出られなかったんだよねぇ」


「あの時の貴様は10万年程、地中にいたはずだ」


 シュレディンガーが影の中に潜むと、そこは外界の時間とは隔絶されている空間となる。そのため、外界で10万年が過ぎようとも、影の中のシュレディンガーにはあまり意味を持たない。


 一方の(いとま)は人間であるので、10万年は普通に過ごすしかない。しかも、彼にかかっている呪いは「彼が彼以外の存在になることを禁じる」種類のものである。それゆえ、正気を失うこともなく、(いとま)(いとま)で有り続けるのだ。


「まぁ、最初はヒマなんだけど、だんだんと慣れてくると、痛みと同じように他人事に感じちゃうんだよね」


 常人ならば、長い時間そのものが苦痛でたまらないだろう。だが、(いとま)は自身の苦痛が自身の思考とは解離している。何故、そのようになったのかは不明だった。「異界漂流(ドリフト)」の能力で、幾つもの異世界を渡り歩いてきた(いとま)だが、シュレディンガーと出会ったときには、既に彼の精神は自身の苦痛を他人事のように感じるようになっていた。もちろん他者の苦痛に至っては文字通りの他人事である。パーソナリティ障害の一種かもしれない。


「貴様が助けを求めるならば、長い付き合いに免じ、我がその金属から出してやっても良いのだがな?」


「ケ・セラ・セラ。なるようになれだよ、シュレディンガー」


 海の底の金属塊からはそんな声が響いていた。その上方を銀色をした魚群が泳いでいく。



 *********



「いやぁ、アイツ面白かったな」


 (いとま)を貴族の前に連れ出した盗賊風の男は、残念そうな表情で傍の部下に話しかける。本来なら責任を問われそうなものだが、どういう理由(わけ)か厳重注意で済んでいる。


「ケロン様に襲いかかったヤツですか? 俺には頭がいかれてやがるとしか思えねぇですぜ。ところで、ケロン様は大丈夫だったんですかい? ベズガウドさん」


「ああ、お大臣様の目はしばらく安静にしておけば良くなるそうだ。しばらくは眼帯だろうな」


 ベズガウドと呼ばれた男はつまらなさそうにケロン大臣の怪我の具合を説明した。ケロン大臣は皇国のツァーリの腹心として、強大な権力を持る貴族である。最近、ますますその権力を伸ばし、主君であるツァーリ以上の権勢と噂されている。


 ベズガウドは、そのケロン直属の工作員として知られる男だ。これまでも頻繁にアスファール王国に侵入しており、重要機密を盗み出したり、要人を暗殺したりしてきたと言われている。


 ベズガウドは先ほど海に沈めてきた男のことを思い出す。ベズガウドは、彼から強大な呪いの力が滲み出ていたことを見抜いていた。あれは、並大抵の力ではない。ベズガウドがこの世界で見たどんな呪いよりも強力なものだった。


「死なない男か……いずれ使える日が来るかもしれねぇな」


「ん? ベズガウドさん、何か言いましたかい?」


「いや、なんでもねぇ」


 ベズガウドの瞳の奥には怪しい光が宿っていたが、部下の男がそれに気付いた様子はなかった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。ちょっと多忙な時期でして、更新が何日か空くこともあるかもしれませんが、ご容赦ください。

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