第82話 勧誘?皇国と暇!
前回のお話
紺スケ曰く「お前、インウィデアから狙われてるよ」
「ふざけた野郎だ……」
どんなに痛めつけても一向に口を割る様子がない暇の態度に、拷問を執行していた男も打つ手がなかったようだ。執行人があきらめる形で拷問は終了した。暇は拷問部屋から連れ出され、薄暗い牢へと戻される。
引き伸ばし拷問では、無理矢理引き伸ばされた犠牲者の手足は使いものにならなくなる。関節が外れ、手足の筋や腱が損傷するためだ。そのため、男は暇を牢の前まで引きずるように運んできた。
「えーと、この牢の鍵は……これか」
男はゴツゴツと太い指で牢の鍵束の中から一つを選び出すと、その冷たい鉄製の鍵を鍵穴へと差し込んだ。
ガチリ……ギィィィィ
軋んだ音を響かせながら、ゆっくりと鉄格子の扉が開く。牢内は床も壁も荒い煉瓦で覆われており、寝床代りの粗末な筵1枚と用便のための土器の壺が1つ置いてある以外には、何もなかった。
「さて、お前はここに……ん!?」
ここまで引きずってきた暇を牢内に放り込もうと、後ろを振り返った男は思わず言葉を失った。腱が断裂して動けなくなっているはずの暇がそこに立っていたのだ。
「あ、入ればいいんだよね?」
暇はスタスタと自分から牢の中へと入っていく。先ほど鞭で引き裂いた腹の傷も消えつつある。回復魔法を使った可能性もあるが、そんな隙があっただろうか。
「貴様……加護持ちか?」
魔法でないならば、残る可能性は加護だ。そう見当をつけた男は、忌々しげに暇に問いかける。男の知らないタイプの加護だが、痛みを感じなかったり、傷がふさがったりする加護が存在するのかもしれない。
「加護? いや、ボクのはそんなありがたいモノじゃないんだ。これは呪いだよ。しかも、とても強力なね」
そう答えた暇の瞳は、薄暗い牢の中よりも、もっと暗く濁っていた。背筋に冷たいものを感じた執行人の男は、慌てて牢の入り口を閉めて鍵をかける。
(こいつは上に報告しねぇと……)
男は地下牢から離れると、急いで階段を上っていった。カツンカツン……というその足音が皇城の地下に響いていた。
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翌朝、執行人の男は別の男を連れて階段を下りてきた。
「こいつかぁ?」
「はい。昨晩はしっかりと痛めつけてやったんですぜ。しかし、この通りでさ」
牢の中では、胡坐をかいた暇がにこやかに手を振っていた。昨夜に拷問を受けていた男とは思えない態度と様子だ。
「確かに異常だな……」
牢の中の暇の様子に、連れられてきた男も異常性を感じ取ったらしい。警戒した目つきで暇を観察している。
「取り敢えず、お前は俺と来い」
新しくやって来た男は、そう言うと、執行人の男に向かって顎を上げて合図した。執行人の男は鍵を取り出すと、牢の入り口を開く。
牢が開け放たれ、中から暇が歩み出てきた。その足取りは確かで、足の腱に問題はなさそうだ。
「えぇと? 君について行けば良いのかな?」
暇は、新しくやってきた男に問う。男は目が細く、小悪党風の顔つきである。着ている服装は体の動きを妨げないよう、無駄な装飾は付いていない。日本で見るRPGの盗賊などの格好に近かった。
「あぁ、妙な気は起こさないことだ。お前が加護を持っていても、どうにかする手段はいくらでもあるんだ」
男がそう述べている間に、執行人の男は、暇の手を背中側に回して、その手首に枷をはめた。2つの枷は短い鎖で繋がれており、手錠として動きを妨げる。魔法の使用を妨害する効果もあるようだ。さらに足首にも同じような枷が取り付けられたが、こちらの鎖は歩けるように長めである。
「じゃあ、ついて来い」
男は暇に命令すると、階段を上っていった。暇もジャラジャラと鎖の音を響かせながら、男の後を追う。
階段を上ると、壁やら床が地下牢のあった階層よりも整った雰囲気へと変化した。地下牢のあった階層が汚らしかっただけとも言える。
だが、まだ周囲に湿気がこもっているところを見ると、ここも地下であることには変わらないようだった。そんな通路を進み、やがて男はドアの前で立ち止まった。
「入れ」
そのドアを開けた男の指示に従い、暇は部屋に入る。部屋の中にはそれなりに立派な机と椅子が置いてあった。連れて来た男も、暇の背後に立つ。
「その位置でしばらく待っていろ」
男は暇に待機を指示する。暇も特に文句を言う様子はない。
暇が机の前に数分程度立っていると、机の後ろにあった扉が開き、貴族と思しき豪華な装飾が施された衣服を纏った男が姿を見せた。背の丈は暇と大差ないが、少し小太りだろうか。外見的には、50代程度、まさに中年という年齢に見える。鼻の下にはどこかの独裁者を思わせるような口髭があった。
「ふん、お前が王国から来た加護持ちか」
偉そうな貴族は、やはり偉そうな口調で暇に話しかけながら、椅子に座り込む。どうやらこの貴族による尋問が始まるようだ。
「そう。アスファール王国から来ました。名前は虚井 暇」
暇は簡単な自己紹介を行う。そこには危機感のカケラも見えない。
「ふん……報告の通り、ふざけた男のようだな。だが、密偵どもの情報と一致する」
貴族の男は、そう述べると、ニヤリと女性に人気がなさそうな下卑た笑みを浮かべた。
「イトマと言ったか。お前は、王国のニューマン公爵の娘に召喚された『まろうど』で、仲間を殺して逃げて来た……そうだな?」
「そんなこともしたね〜。まぁ、仲間じゃなかったけどね」
暇は貴族の問いかけに肯定の言葉を返す。
皇国においても、暇が王国でしでかしたあの事件についての情報を掴んでいた。いや、諜報のレベルは王国よりも皇国が優っているほどだ。
優秀な密偵から送られていた情報。それは……ニューマン公爵の娘が『まろうど』を集めていたこと。その中の一人が、他のまろうど達を皆殺しにしたらしいこと。目撃証言によると犯人はどんなに傷を負わせても絶命しなかったこと。そして、それはイトマという男の犯行だったということだ。
「お前が何故そんなことをしたのかは知らぬが……」
目の前の優男が凶行の犯人だと知っても、その貴族は顔色を変えることなく話を続ける。どうやら、意外に肝は座っているのかも知れない。
「王国に恨みがあるのであれば、皇国が手を貸そうではないか。お前が王国の情報を我らに伝え、さらに我らの手足となって働くのであればな」
どうやら、この貴族は暇を勧誘することが目的のようであった。酷い扱いを受けていた奴隷が、主人と使用人を殺して逃げるというのは、よく聞く話だ。仲間をも皆殺しにして逃げて来た男なのだから、王国貴族に恨みがあると予想するのはそうおかしな話ではない。相手が暇という狂人でなければの話だが。
「皇国に忠誠を誓って働けってこと?」
暇がにこやかに問う。
「忠誠を誓うのは、皇国でなく私にだ。お前の加護はなかなか使い道がある。それなりに厚遇しよう。その無礼な口振りは改めてもらうがな」
貴族の男は、そう答えると、もぞもぞと椅子に座りなおす。そして、暇に人差し指を向けながら、言葉を続けた。
「いいか? お前がどんな傷を負っても死なないのだとしても、お前を処分する方法はいくらでもある。例えば、溶かした鉄の中に放り込み、そのまま固めて海に捨てるとかな。加護を無効にする方法もあるぞ」
貴族が口にしたのは、暇に対する脅しだ。協力しなければ、お前は終わりだと暗に述べているのだ。
「そうだねぇ」
暇は何か考えながら、机の上を眺めている。机の上には貴族の腕と、何本かペンを備えたペン立て、そして火のついていないランプくらいしか存在しない。
「まぁ、これでいいか」
暇はそう声を上げると一歩だけ机に近づいた。
「おい、勝手に移動するな」
暇を連れて来た男が声を出した。暇に勝手に動かれては困るのだろう。後ろ手に枷がはめられているとはいえ、貴族に何かあっては大変だ。
だが、その声を気にする素振りもなく、暇は机の上のペン立てに向かって、顔を近づけた。
「おいっ!」
背後の男が声を荒げる。だが、暇が顔を上げたとき、その口には一本のペンが垂直に咥えられていた。羽ペンでなく、木のペン軸がついたものだ。
「な、何を?」
流石の貴族も焦った声を上げる。暇の意図が分からないのだ。だが、それはすぐに知れることとなった。
暇はバッと机の上に飛び乗ると、そのまま貴族に襲いかかったのだ。
暇は、机から貴族へと飛びかかり、椅子ごと彼を床に押し倒した。背後の男が即座に剣を抜いて、暇の背を斬りつける。
だが、その背中への一撃を無視して、暇は口に咥えたペンを、貴族の眼孔へと突き立てようと頭を振り下ろした。
慌てて貴族の男が顔を動かしたため、その狙いが外れ、ペン軸は男の額を打ちつけるに終わった。だが、暇はキツツキのように何度も彼の眼球を襲う。
結局、暇が背後の男に取り押さえられるまでに貴族の眼にペンが突き立てられることはなかったが、何度かは攻撃がヒットしたようだ。貴族は右目を手で押さえ、痛みに呻いている。
「なんかおっさんの口調に腹が立ったんだよね〜。それにベタな展開になりそうだし」
暇は、口元からペンを放し、襲撃の動機を軽い口調で告白した。
「き、貴様…! もはや生きて帰れると思うなよ!! こいつを、鉄で固めてしまえ!」
危うく失明する危機であった貴族はわなわなと震えながらそう宣言するのだった。
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