第81話 何故!?狙われるユキト
前回のお話
異世界ってさ、ダンジョンの上位の存在なんじゃない?
異世界の正体が、ダンジョンをさらに偉くしたようなものであるという話は、ユキトにかなりの衝撃をもたらした。
しかも、なかなか説得力がある。極魔道士たるアウリティアの唱える説なのだから、その信憑性も高いように思える。
「でも、この世界がダンジョンみたいな魔物の一種なら、何のために違う世界から人を呼び込んでいるんだろうな」
ユキトは当然の疑問を口にする。ダンジョンが人を呼び込むのは、誘い込んだ人間や動物をダンジョン内で殺すことで、その魂や魔力などを吸い取り、ダンジョンを成長させるエネルギーとするためだと考えられている。
だが、異世界に迷い込む転移者の数は、世界の広大さに比べれば、僅かなものだ。異世界で暮らしている人間達、異種族、動物や魔物の個体数を考えれば、転移者の数など誤差のようなものである。エネルギー源というわけではなさそうだ。
「異世界自体が転移者に何かをさせようとしてるのかもしれないな」
紺スケことアウリティアはそんなことを述べた。実際のところは、異世界本人……いや、本界に尋ねてみないと分からないが、異世界とのコミュニケーションの取り方など不明である。往来で世界に対して語りかけなどしていたら、周囲の人間からは気が触れたと思われかねない。
「詳細は紺スケでも分からないのか。となると、できることはなさそうだな」
紺スケの話は驚くべき内容ではあったが、異世界の意図など分からない以上は、今後の自身の行動に影響もないだろうと、ユキトは口から息をついた。
だが、紺スケはユキトを見据えると話を続けた。
「転移者に何かの役割があるかもしれないってのは、全く根拠がないわけじゃないんだ」
「どういう意味だ」
「ユキト、お前は七極のインウィデアから狙われている」
インウィデアと言えば、イーラに偽の情報を流し、ユキトを襲わせた存在である。流石にユキトもその名は忘れていなかった。
「俺が狙われているって……あぁ、イーラの件か?」
「いや……イーラだけでなく、俺のところにもユキトが危険な存在だという情報が流れてきてな。転移者であるお前を排除したいのかもしれない」
「は? 紺スケのところにも? ……ってことは」
ユキトは嫌な予感がした。イーラとアウリティアのところに、ユキトを害するように仕向ける情報が流れてきたのであれば、2人だけを対象とした考えるのは楽観的過ぎるだろう。
「ああ、恐らくは他の七極のところにも似たような情報が行ってるだろうな」
「げえっ! インウィデアとかいうヤツとは面識すらないのに……」
ユキトは絶望的な情報に頭を抱える。七極などという危険な存在とは、一切関わりたくなかったはずなのに、何故こうなったのだろう。やはり転移者の役割と関係があるのだろうか。
「尤も、竜神スペル・ビアスや眠神スロウなどは気にしないだろうと思うがな」
紺スケも七極だけあって、他の七極と面識があるようだ。ユキトは七極達を知る良い機会だとばかりに、紺スケに尋ねてみる。
「紺スケは他の七極と会ったことあるんだな。竜神とか眠神ってどんなやつなんだ」
「俺も1度ずつしか会ってないよ。竜神スペル・ビアスは竜族の神位体だ。竜族の群生地に棲んでいて、竜族の管理と守護をしているが、あまり外界のことに興味はないらしい。だが、その実力は化け物と呼ぶにふさわしい。敵に回すなよ」
深刻めいた紺スケの表情からしても、どうやらスペル・ビアスは洒落にならない化け物らしかった。ユキトとしても、最初から敵に回す気はない。
「次にスロウなんだが……会ったらこっちが寝ちまうんだよなぁ」
出会った者を、強制的に眠らせる存在として知られる眠神スロウの力は、極魔道士であり同じ七極のアウリティアにも有効であるようだ。実に地味だが、強力な力である。
「スロウは、創造の女神が産み出せし古来の神と言われているからな。この世界の存在である限り、その眠りを回避する術はない。ただ、伝え聞く言動からは、自身も寝てばかりらしい。そして面倒な事はやらない主義だとか」
「能力が凶悪な分、本人にやる気がないパターンか」
そんなチートな能力を持っている神が、好戦的な性格を有していたりしたら、迷惑なことこの上ないだろう。仮に殺しが趣味だったりすると、大惨劇である。だが、やる気がないのであれば、積極的にユキトを襲いに来ることもないだろう。
「特にやっかいそうな2柱が、偽情報に踊らされて俺を消しに来ることはなさそうってのは、俺にとってありがたいな」
紺スケから聞いた話に、ユキトはひとまず安堵する。そんなチートな敵が来たら、ゲームオーバー確定だろう。ユキト達がイーラを退けられたのも、運が良かったのだ。
「そうだな。一兆度の火球が直撃すれば、七極でも消し飛ぶだろうが、普通は避けるだろうからな」
イーラ戦では、ターゲットが巨大な氷結竜だったことと、そのターゲットとイーラが魔絆をつないでいたことが幸いした形であった。氷結竜が火球を避ける気がなかったのもラッキーだった。
「戦わずに済むことを祈りたいんだけどなぁ……」
ユキトの心からのつぶやきが、静かに部屋の中に散っていった。
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同日、同時刻。
場所はアスファール王国の東に位置するハルシオム皇国。ツァーリと呼ばれる君主を戴く国である。当代のツァーリはハルシオム4世だ。
その首都にある皇城。その地下室の中に男の声が響いていた。
「あー、いたい いたい いたいよー」
抑揚のない声の主は、全裸で台の上に拘束されていた。手と足には冷たい鉄の枷がはめられている。足の枷は台に固定されているが、手の枷からは身体と平行方向に鎖が伸びており、その鎖が巨大な車輪状の器具につながっていた。車輪を回すことで、鎖が巻き取られ、両手を頭上に引き伸ばしていく。さらに車輪を回していけば、無理矢理に引き伸ばされた肩は脱臼し、手足の関節も外れてしまうだろう。典型的な引き伸ばし拷問の図だ。
「わー いたい いたいよー」
だが、ギリギリと固定された枷が足首に食い込み、肩の関節がゴキリと音を立てても、男の声には緊張感のかけらも混ざっていなかった。まるで棒読みである。幼稚園児のお芝居でももう少しマシなセリフを喋るかもしれない。
そんな一向に苦痛を感じる様子を見せない受刑者に苛立った拷問の執行人は、棘の鞭を男の腹に叩きつけた。鉄の棘を革で固く巻き締めた鞭は、人間の皮膚など簡単に引き裂いてしまう。
ベジッ!!! ベジッ!!!
男の皮膚がズタズタに裂けて、そこから深紅の血が溢れ出る。そして、執行人はこの数時間で何度も問いかけたセリフを再び口にした。
「おい! いい加減、吐く気になったか!?」
「いやぁ、例えばシジョウ君が主人公だとすると、普通に考えればボクが敵役だよねぇ。そうなると、この皇国で将軍とかに取り立てられたボクが、王国に攻め込んで、主人公と相対する展開とかがベタじゃない?」
拷問を受けている男、虚井 暇は、天井に向かってそんなことを喋った。
「意味が分からんこと言ってるんじゃねぇぞ!!!」
バジッ!!!
意味不明の内容を喋る男に対して、執行人は再び鞭を振るった。
「それが普通に捕まって、拷問受けてるんだからウケる~」
暇はそう言って、ケラケラと笑った。執行人の背中に嫌な汗が流れる。
(なんなんだこいつは……痛みを感じねぇのか?)
「いや、痛みは感じるんだけどね」
考えていたことをズバリ読まれて、執行人は思わず鞭を取り落としそうになる。本当に不気味な男だ。
「痛みってのは大事な感覚だからね。痛みがないと怪我したことに気付かないまま、傷が腐って死んじゃったりする」
その言の通り、虚井 暇は痛みを感じないわけではない。ただ、実感が異常に薄く、他人事のように感じるだけだ。痛みを感じている自分自身を、少し離れて見ているかのような感覚だ。「ああ、痛みが来てるなぁ」とは思うが、まるで他人事であり、感情の変化が伴わないのだ。
「くそっ、余計なことばっかり喋らず、とっとと侵入した目的を話しやがれ!」
そんな彼の様子に執行人は怒りを露わにする。
皇国で暇が拷問を受けているのは、ある意味で当然であった。彼は、公女からの支給品と思われる装備を身に着けたまま、不法に皇国の首都に侵入し、警備兵に発見されたのだ。敵国である王国の装備を纏った不法侵入者は、当然ながらスパイと疑われ、即座に皇城の地下牢へと叩きこまれたのである。
ギリギリギリ……
車輪が回転し、ミチミチと暇の腕が音を立てる。執行人は残忍な光を宿した目で暇を見下ろした。
「腕と足がちぎれるぜ?」
そんな執行人に対して、暇は快活に答える。
「あ、取り調べの最中だし、食事はカツ丼がいいな」
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