第8話 どうする?今後の方針!
8/27 文字数調節のため、1話だったものを2話に分割しました。
「戦争……領土争いか?」
「そうよ」
ファウナに簡単に教えてもらったところによると、この大陸は大雑把に言えば東西に長い菱形に近い形を成しており、アスファール王国が南東側、ハルシオム皇国が北西側を占有している。
北東はエルム山地という険しい山岳地帯で、人間はあまり住んでおらず、エルフやドワーフの小国が点在しているのみ。反対側の南西は自由都市や小国が群立しており、キルジャーノ地方と呼ばれている。
とはいえ、きれいに4分割されているわけではなく、キルジャーノ地方は海側の小さな範囲のみを指し、大陸の中央付近でアスファール王国とハルシオム皇国が国境を接しているらしい。
縮尺は異なるが、ユーラシア大陸で言えば、アジアからインド、パキスタンあたりまでがアスファール王国で、ヨーロッパからロシア西部、トルコあたりまでがハルシオム皇国である。
両国はカザフスタンあたりで国境を接していることになる。ロシアの東側がエルム山地にあたり、キルジャーノ地方はイラクやイランあたりに位置する。
また、アスファール王国の南東にもこの大陸の6分の1ほどの島があり、北側がジコビラ連合、南側がクス王国だそうである。さらに南の海を超えると別の大陸もあるらしいが、交流はあまり盛んではないとのことだ。
「ま、ハルシオム皇国との戦は定期的に行われる慣例のようなもので、王国も皇国も本気で相手を潰そうとは思ってないようだけどね」
「そうなのか?」
「戦争と言っても小競り合い程度よ。もちろん被害は出るし、勝敗に応じて国境線も多少は移動する。だけど、互いに本気を出した場合の被害を考えると全面戦争は現実的ではないというところね」
「キルジャーノ地方の小国や自由都市ってのはどう動くんだ?」
「表向きには関知せずかしら。裏で何をしているかまでは知らないわ。民間は兵站や物資の販売で潤うようだけど」
当然と言えば当然であるが、どの世界でも戦争で儲けるやつというのはいるらしい。表だって大国のどちらかに味方すれば、もう片方からは睨まれる。そんなリスクを負うくらいなら、関知せずという方針が正しいのだろう。味方したからと言って、その大国が守ってくれるとは限らないのだ。
「兵站や物資の販売で思い出した。通貨について教えてくれ」
「通貨? ああ、先ほど硬貨を売ってお金を得ていたわね」
「さすがに、どの程度の価値か知っておかないとな」
通貨の価値を知らねば、買い物もままならない。重要な情報である。
「まずこのアスファール王国で流通しているのは、金貨と銀貨、銅貨、それに銭貨よ。あと、流通量は非常に少ないけど白金貨というものもあるわ」
「5種類か。まぁ、そんなところだろうな。で、それぞれの価値は?」
「銭貨の価値が一番低いわね。この銭貨は10枚で銅貨1枚分よ。次に銅貨が20枚で銀貨1枚分。銀貨は20枚で金貨1枚分ね。この上に白金貨があって1枚で金貨10枚分ってところ」
「その比率は固定なのか?」
「ええ。以前は変動していたのだけど、国が価値を保証することにして固定されたの」
「なら、計算しやすくていいな。 で、銅貨1枚で何ができるんだ?」
「軽食なら銅貨1枚程度というところかしらね」
(となると、銅貨1枚がおおよそ200~300円ってところかな)
ユキトはファウナが示す物価から、銅貨の価値にだいたいの見当をつける。必然的に、銭貨は20~30円程度となる。銀貨は5000円前後と考えて良さそうだ。
と、ここでユキトは重要なことを確認していないことを思い出した。
「そうだ、言葉」
「言葉がどうかしたの?」
「いや、さっきファウナは、言葉が通じる点が『まろうど』らしくないって言っただろ? 他の『まろうど』は言葉が通じなかったのか?」
「いや、私も直接『まろうど』と会ったことはないわ。おとぎ話かと思っていたほどだから。だけど、最初は言葉が通じなかったという伝承はあるようね。異なる世界から来たのであれば当然と思うけど」
「俺は自分の世界の言葉を話しているつもりなんだが、ファウナにはちゃんと伝わっているんだよなぁ」
「へぇ。だとすると、ユキトの来た世界で使われていたのは、私たちと同じ言葉なんじゃないの?」
「いや、異世界で同じ言葉ってこともないだろう。魔法か何かで自動翻訳されていると考えた方がしっくりくる。管理者さんがサービスしてくれたのかな」
「管理者? 管理者って誰?」
「ああ、この世界に迷い込んだときに最初に変な空間で会ったんだ。神様に代わって世界を管理してるんだってさ」
「そんな存在に会う機会に恵まれるなんて! 僥倖ね!」
「その直前に異世界に転移したという超絶な不幸があるんだがな」
「……」
ファウナに確認してみたところ、文字についても日本のひらがなとカタカナとほぼ同じような表音文字であった。少なくともユキトにはそう認識されているし、ユキトが書いた文字もファウナが読めることを確かめた。
ユキトに認識を操作する魔法か何かがかかっていて、自動的に翻訳・変換されているのかもしれないが、便利なので良しとする。
ただ、漢字は存在していないようであるし、ひらがなとカタカナも微妙に違うものもある。この世界では横書きが基本なので、それに合わせて文字の形状も少し異なっているようだ。「し」の文字などほぼ横線になっている。慣れが必要だろう。
「まぁ、言葉の心配がないのは僥倖だな」
ユキトはスープに浸したパンを口に放り込む。やはり食べ物は日本の方が美味いなどと考えながら、これからのことに思いを巡らせる。この世界でどうやって暮らしていくべきか。そんなユキトの考えを見抜くかのようにファウナが問いかける。
「ユキトはこれからどうするの?」
「どうするかなぁ……この世界で生きていくのって大変そうだ」
「そのような立派な加護があるんだし、冒険者にでもなれば食いっぱぐれることはないんじゃない?」
「冒険者? パス。命の危険がありそうだ」
「でも、商人や農家を始めるには元手も土地もないでしょ」
「それは確かにそうなんだがな」
「その点、冒険者は元手がいらない……いや、身体が元手だけど、ユキトにはさらに加護もあるわよ」
「うーん、そう言われてみればそうだけど」
「登録しておくと、旅をする上では何かと便利よ。道中で手に入れた各種素材の販売にも使えるし。どうかしら、明日登録しに行かない? 登録料が銅貨5枚かかるけど、元はすぐに取れるわよ」
やたらと冒険者を推してくるファウナ。この世界でも紹介すると報奨金が出るキャンペーンなどがあるのだろうか。
「冒険者ギルドなぁ……分かった。登録してみるか(まぁ、俺の加護を付与する能力は冒険者向きなのかもしれないな)」
話を聞いていて、登録だけならば悪い話でもなさそうだと判断したユキトは登録を承諾した。他の選択肢はおいおい考えればよいと判断したようだ。
「じゃあ、明日ユキトの宿の前で待ち合わせましょう」
「ええと、時間はどうやって把握するんだ?」
「鐘が6つなったら部屋を出て。それに合わせるから」
「わかった」
翌朝に待ち合わせをする約束をして、ファウナは自身の宿へ戻って行った。ファウナの宿はここから200メートル程離れた位置にあるらしい。
一方、ユキトの宿は店のすぐ近くだ。迷うことなく戻ることができる。夜とはいえ、酒場や民家の灯が通りを照らしており、まっ暗というわけではないが、それでも日本の都会の夜とは比べるべくもない。
だが、家から漏れ聞こえる談笑の声や、酒場から響く陽気な歓呼の声、夜風に漂うそれらの声を耳にしながら、暗いながらも賑やかな道を歩くのは、なかなか良い気分だ。東京の駅へ向かう道を思い出す。
宿にはすぐに帰りついた。宿の女将さんがユキトの顔を見て「お帰り」と声をかけてくれる。ユキトも「戻りました」と挨拶し、そのまま部屋に入る。宿の女将も、黒髪が特徴的なユキトをすぐに覚えたようだ。
部屋に戻ったユキトは、ふぅと息を吐き、椅子の背もたれに体重を預ける。
「はぁ、この世界でどうしよう……」
ユキトとしては異世界とはいえ、楽してだらだらと生きていきたい。なにしろユキトが好きな四字熟語は「不労所得」であるのだ。
スキルや元の世界の知識を活用すれば、日本にいた時よりも高い確率で楽隠居の暮らしができるかもしれない。
「さて……」
少しばかり気合を入れて、ユキトは立ちあがった。これから行う確認は今後の異世界ライフに関わる重要なものだ。そう……この世界に持ち込んだ持ち物を確認するのだ。
カバンを床に置くと、中の荷物を外へ取り出す。
使い捨てのライター、スマホ、スマホの充電ケーブル、ダウンジャケット、シャツ、綿のズボン、下着類や靴下、財布、こちらの世界に来るときに来ていたリクルートスーツ、SPIの参考書、ペンケースとボールペンやシャープペンシルなどの筆記具、飲みかけだったお茶のペットボトル、そして……
「フフフ……これ……これさえ動けばっ!」
ユキトが取り出したのは電子辞書だった。元いた世界では、スマホで調べれば大抵の情報が入手できる環境ではあったが、スマホだと電波状況に左右されたり、検索に時間がかかったりするので、辞書の方が良いかと思い、購入したものだ。
とはいえ、ほとんど使う機会もなくカバンの奥に入れっぱなしだった。もちろんドイツ語辞典などのほとんどのコンテンツは異世界では意味を持たないだろう。だが、ユキトの記憶では、この電子辞書には重要なコンテンツが含まれていた。
「確か百科事典も入っていたはずだ」
そう、この電子辞書には百科事典も組み込まれているのだ。他にも日常的な医療の手引き書などもある。文明がない世界に行った時に重宝しそうだなと冗談で考えたことがあったが、写真も豊富に収録されている百科事典の知識は、まさにこの異世界ですさまじい価値を持つはずだ。
「頼むぞ……頼むぞ……」
ユキトは祈るように電源ボタンを押す。だが、現実は非情であった。一瞬電源のLEDランプが緑に光ったが、そのままランプは消え、画面も暗いままだ。そう、電池切れである。
「うおおお……マジか……チート知識で楽隠居計画が……」
電子辞書に入っていた電池は単三形の充電池が2本ではあるが、この世界で充電する術があるのだろうか……。
充電をライフワークにするしかないと決意しつつ、ユキトは失意の中、ベッドに潜り込むのだった。
異世界で知識チートする仕組みってどうするべきかは悩みどころですよね。主人公を博識にしてしまうという手もありますし、ネットにはつながるという解決策もあります。有名どころでは「10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた」では、ネットにのみつながっていることで現代知識を異世界に輸入するギミックになっていました。あとは現代社会と出入り自由という方式もありますか。「宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する」とか「ネトオク男の楽しい異世界貿易紀行」とかの作品では、この形式でした。
この作品では電子辞書を使ってみます。今は電池切れですが、もちろんいずれは動きます。
8/27 1話だったものを2話に分割しました。(ストーリーへの影響はありません)