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第77話 驚愕!君の名は。


 前回のお話

  ユキトの野菜料理!効果は抜群だ!

 

 場所を変えたいと望むアウリティアに連れられて、一同は領主館を出てサブシアの郊外まで移動した。周辺の建物は疎らであり、流れる小川に沿って農地が広がっている。時刻は、夕方というにはまだ少し早いだろうか。


「ご足労をかけた。ここだ」


 先頭を歩くアウリティアが立ち止まったのは、一軒の小屋の前だった。ログハウスと呼ぶべきかもしれない。使われている木材の色は明るめで、なかなかオシャレだ。


「これ、アウリティアさんが作ったんですか?」


 料理の勝負ではなかったのかと内心で訝しみながら、ユキトはアウリティアに尋ねてみる。アウリティアはユキトに向き直り、軽く頷く。


「ああ、その通り。休耕地だったので、農家から一時的に借りた。礼金は払っているとも」


「いや、そこは心配してないんですけど、料理はできたんですか?」


 なかなか立派なログハウスであるので、さぞかし時間が掛かっただろうなとユキトは推測する。となると、料理を仕込む時間はあったのだろうかと心配になる。別にユキトが困るわけではないのだが。


 だが、心配するユキトに対し、アウリティアは気楽な様子で返答する。


「もちろん料理も問題なく準備できた。そもそも、このログハウスの建築には魔法を使っているため、建てるのにさほど時間は掛かっていないのさ」


 なるほど、確かに極魔道士と呼ばれるアウリティアならば、魔法で建築もやってのけるだろう。料理が出てくれば、この小屋を建てた意味も分かるのかも知れない。


「さて、早速料理を出したいところだが、まずはシジョウ卿だけ入ってもらえるかな? 演出に必要なんだ」


「ユキト様、危険では?」


 アウリティアの言葉にフローラが警戒を示す。アウリティアが敵でないとは限らないのだ。ユキトをパーティから引き離しておいて襲うつもりかもしれないと考えているのだろう。


「まぁ、フローラが警戒するのは分かるけど……襲うつもりならこんな迂遠な方法はとらないだろ」


 警戒するフローラをなだめて、ユキトはアウリティアの誘いに乗ることにした。彼がユキトを害そうと考えていたとしても、こんな非効率的で意味不明な方法を取るとは、到底思えなかったのだ。


 だとすると、ユキト1人の状態で料理を味わってもらいたいのだと考えた方がしっくりくる。


「あぁ、シジョウ卿を害したりはせんよ。では、私は中で待っているから」


 アウリティアはそう言い残して、ポンッと弾けるように姿を消した。短距離瞬間移動(ショートワープ)で小屋の中に移動したのだろう。


(全く……アウリティアさんは何がしたいんだ?)


 ユキトは首を傾げながら、小屋の扉を開けて、中に踏み込んだ。


 ********


 小屋の中を見たユキトは固まっていた。



 6つほどの椅子の並ぶカウンター席、4人掛けのテーブル席が3つ。テーブルの上には、ガラスの小瓶が置いてあり、中には調味料らしき液体が入っている。


 カウンターの向こう側は厨房だ。Tシャツと前掛を身に付けたアウリティアの姿、更にはステンレスの台や大鍋が見える。大鍋では何かが煮込まれており、小屋の中には独特の臭いが漂っていた。


「え? これ? えっ!?」


 ユキトは目の前の光景の意味が分からなかった。小屋の中は、どう見ても日本で見慣れたラーメン屋なのだ。幻覚か夢でも見ているのだろうか。


「お好きな席にどうぞ」


 店内にアウリティアの声が響く。ユキトはフラフラとカウンターの1席へと腰を下ろす。


 ユキトが混乱しながらも、ふとカウンターの上を見ると小さなメニュー表が置いてあった。そして、品書きを見たユキトは得心する。


「なるほど……そういうことかよ……」


 ユキトはカウンターの向こうの店員へと視線を向ける。アウリティアと視線が合うと、彼はニヤリと笑った。


「ご注文は?」


「ラーメンひとつ」


「へい! ラーメン一丁!」


 他に店員もいないのに、アウリティアは大きな声で注文を復唱する。大鍋がグツグツと煮えたぎる音が店内に響く。


 アウリティアは、準備していた細いストレート麺を「うどんてぼ」に入れて茹で始めた。うどんてぼとは、麺を茹でるための小さくて深めのざるだ。極魔道士は手慣れた手つきで大鍋からスープを掬い、どんぶりへと注ぐ。


「へい、お待ちどう!」


 麺が細麺だったこともあり、さほど待つことなくユキトの前にラーメンが置かれた。木さじと箸が添えられている。


「やっぱり豚骨か」


 陶器の丼の中には豚骨と思われる白濁したスープが満たされ、細いストレート麺が泳いでいる。乗せられた具は、青ネギと焼豚らしき肉のみ。シンプルな豚骨ラーメンであった。



 ユキトは木さじを手に取ると、まずはスープを味わってみる。少量を掬い、ゆっくりと口へ運ぶ。


 ズズッ


 仄かに甘く炊き上げられた豚骨スープだ。コクのある動物由来の旨味が口の中に広がり、異世界とは思えない完成度だ。


 続いてユキトは麺を退治すべく、箸を手にした。麺をスープから手繰りあげると、勢いよくすする。


 ズゾゾゾッ


「美味いな、こりゃ」


 やや固めの細麺はスープとよく絡み、プツプツとした歯ごたえを伝えてくる。小麦の香りが鼻に抜ける。味に文句はない。


 そのまま勢い良く麺をすすっていると、あっという間に麺が尽きた。ユキトはチラリとアウリティアを見て声を掛ける。


「替え玉を」


「麺の固さはいつもので?」


「ああ、それで」


 ユキトの替え玉は、余程のことがない限りは固め一択である。そして、アウリティアはそれを知っていた。なにしろ「替え玉は固めに限る」とユキトを洗脳した本人なのだから。


「替え玉、お待ちどう!」


 替え玉の麺がどんぶりに投入される。早速口をつけながら、ユキトはこの世界に来た際に遭遇した、管理者とのやり取りを思い出していた。


 そう言えば、管理者が『まろうど』の特典として、異種族への転生もあると言及していた。そんな記憶が蘇る。


「この味を再現するのに100年費やしたわ」


 アウリティアが自慢げに語る。長命なエルフだからこそ可能なことだ。


「完全に豚骨ラーメンだぞ、これ。紺スケの転生後の努力が偲ばれるな」


 店内のメニュー表に乗っていた品書きは2品のみ。『紺スケラーメン』と『替え玉』であった。店名らしき転生軒という文字もあった。これでユキトは気づいたのだ。


 あの日、日本から異世界(ディオネイア)に飛ばされたのは、やはりユキトだけではなかったのだと。


 そしてその男は、ユキトよりも数百年前の世界(ディオネイア)に飛ばされ、『まろうど』向けの特典によって、強大な魔力を持つエルフへと転生したのだと。



 紺野 洋介。ネットでの呼び名は本名から取った「紺スケ」。ユキトがこの世界に飛ばされる直前まで一緒にいたオフ会仲間だ。アウリティアは紺スケの転生後の姿である。


 そして、紺スケはラーメンが……特に豚骨ラーメンが大好きな男であった。その執念が、エルフに転生した彼に、このラーメンを完成させたのだ。


「何年待った?」


 ユキトは紺スケに尋ねてみる。


「600年くらいだな。まさか、ユキトがこっちに来るのが、ここまでズレるとは思わなかった」


 異世界から迷い込む際に、時間がズレることがあると管理者も述べていた。だが、600年とは長い。


「そういえば安藤も紺スケと一緒に来てるのか?」


 飲み会の後、一緒に帰っていたのは『紺スケ』と『安藤』の2人だった。紺スケがこっちに来ているのならば、安藤もこちらに飛ばされたと考えるのが普通だ。


 ユキトの問いに紺スケは眉間にしわを寄せる。


「あの日、ユキトの姿が突然消えて、俺と安藤は慌ててその場所に近づいた。そしてユキトと同じように時空の割れ目に飲まれたんだ。安藤も一緒にな。それは確かなんだが、まだこちらでは会っていない」


「俺よりこの世界に来るのが遅れてるのか?」


「いや、俺の探知術によると時空間内に滞留していた人間はお前が最後だ」


 紺スケは極魔道士である。その卓越した魔法技術は、時空の歪みを探査することをも可能にしていた。


 その探査術により、異世界から引き込まれたものの、途中で滞留して、いまだ世界(ディオネイア)に出現していない人間を感知していたのである。そして、その滞留者の反応はユキトを最後に消えたという。


「じゃあ、『安藤』は既にこの世界に?」


「恐らくはそうだろう。俺より早くこの世界に来ている可能性が高い」


 紺スケの言葉に、安藤にはもう会えないかもしれないとユキトは覚悟するのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


私事都合で出掛けているので、次回の更新は火曜日以降になりそうです。


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