第76話 先手!野菜料理!
前回のお話
料理対決するので、料理漫画の加護を!
「シジョウ卿は世界を破滅させる存在だそうな」
アウリティアの言葉を受け、イーラはその切れ長の目を細める。やはり、インウィデアは七極を使ってユキトの排除を目論んでいると判断すべきだろう。
「して、お主はその情報が正しいと思うておるのか?」
イーラがアウリティアに問いかける。ランプの炎が揺れ、部屋の壁に映るイーラとアウリティアの影が波打った。
「その情報が正しいかどうかは不明だ。ただし……」
「ただし?」
「今回の件で、シジョウ卿をどうこうするつもりは全くない」
アウリティアはきっぱりと言い切った。恐らく本心であろうとイーラは思う。長く生きてきたイーラの勘である。
「だとすれば、お主は何を考えているのじゃ」
インウィデアの件が関係ないのであれば、話は元に戻る。面倒ごとは回避するのが信条のような男が、どうして料理勝負などを提案したのか不明のままだ。
「なに、ちょっとした演出だ。まぁ、数日後には分かるから楽しみにしておいてくれ」
「全く何を考えておるのやら……」
アウリティアは、ここで真意を語るつもりはないようだ。だが、ユキト達を害するつもりもないらしい。イーラは訝しがりながらも、出現時と同様に粉雪を巻き上げて消えていった。
部屋の中は再びアウリティアのみだ。ランプの炎のみの薄暗い宿屋の一室である。
「演出は大事だよなぁ」
そう呟いてアウリティアはニヤリと笑った。
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5日という準備期間はあっという間に過ぎ去った。
エルフ側の料理については、アウリティアが一人で準備を行ったらしく、アウリティアの部下であるサジンとウヒトも困惑していた。2人はアウリティアが何を作るつもりなのかも聞いていないようだ。
「我々も手伝わせて頂きたいと進言したのだが、準備は一人でなさるとアウリティア様が仰るのでな」
仕方なく、準備期間中のサジンとウヒトはサブシアの市街を見て回っていた。蒸気機関とは異なり、街中の建築物や商店で扱っているサブシア製の商品などについては、外部に秘匿しているわけではない。存分に見学してもらって、サブシアの技術力の高さをエルフ社会に広めてもらえれば、技術の盗用などを疑われる心配がなくなり、ユキトとしてもありがたい。
「ヒト族にしてはなかなかマシな施設があるようだな……」
まだまだ書籍の数が少ないとはいえ、住民相手に無料で書籍の貸出を行っている図書館を見て、ウヒトも多少はサブシアの先進性を認めたようだ。この図書館は、活版印刷機があってこそのものであるが、流石に活版印刷機については秘匿情報である。
閑話休題
料理対決は領主館の一室で幕を開けていた。まだ太陽は高い。
「さて、先手はシジョウ卿だったな。何を食べさせてくれる?」
アウリティアが楽しげな表情でメニューを尋ねてくる。
「サブシア産の野菜を楽しんでもらうことにします」
ユキトは、まずは料理の方針を伝えるに留めた。故郷の料理名を伝えてもどうせ分からないだろう。配膳する際に説明するつもりだ。
「それは楽しみだ。公平を期すため、まだサブシアで料理らしい料理は食べていないからね」
そう、エルフ達は準備期間中にサブシアの料理を口にしていない。これは、ユキトからアウリティアに申し入れていたものである。
エルフ達に先にサブシアの料理を食べられてしまうと、いざユキトの料理を食べた際の感動が薄れてしまう。そこでユキトは、簡易なものを食べる程度に留めて欲しいと頼んでいたわけだ。
アウリティアは律義にその申し入れを守り、パンと軽食程度しかサブシアの食品は口にしていない。そもそも旅の途中であるので、自前の食糧もたっぷりと所持しているのだった。
「申し入れを順守して頂き感謝します。さて、こちらからは3皿の料理を準備しています」
ユキトはアウリティアに礼を述べ、早速最初の料理を出すことにする。
「最初の料理はトウモロコシを使ったポタージュスープです」
ユキトの声にあわせ、小さな椀に注がれたコーンポタージュスープが運ばれてくる。量としてはかなり少なめだが、胃を働かせるための前菜代わりだ。
サジンとウヒトの両名は、見慣れぬそのスープを凝視していた。彼らはトウモロコシを知らないのである。
この世界では、トウモロコシは普及していないようであった。少なくともユキトはその姿を見ていない。仮に存在していても、北方にあるというエルフの里では栽培は難しいだろう。日本ではトウモロコシと言えば北海道をイメージする人も多いようだが、元々は熱帯に起源を持つ作物である。ヨーロッパへはコロンブスがアメリカ大陸から持ち帰ることで伝わったとされるが、この世界には存在しているのだろうか。
だが、世界に存在しない地球の作物も、フローラに付与したオオゲツヒメの加護を使えば、生成することが可能だ。このサブシアの地では、そうやって産み出された、収量も味も優れた地球産の品種が栽培されている。
エルフ達にとっては初めて名を聞く食材。スープ状になっているため食材の元の形状は不明である。彼らは銀色に輝くスプーンを手に取ると、ゆっくりと掬いあげて口に運んだ。
「ほほう……甘い……」
「う、美味いな」
コーンポタージュスープにサジンとウヒトは目を見開いて驚きを示した。トロリとした口当たりとコクのある甘みが心地よい。アウリティアは何故か何度も頷きながら味わっている。どうやら最初の品の感触は良好であるようだ。
「次はポトフという煮込み料理です」
続いてユキトが出したのは、大きめの皿に盛りつけられた洋風野菜煮込み=ポトフだった。汁系という意味では1品目のスープと続くことになる。コーンポタージュが少量だったのは、そのせいもあるのだろう。
「スープよりは具材がメインの料理のようだな」
サジンが皿の中を見てそう評する。意図的にスープを少なめによそってあるため、皿の中の野菜とソーセージの存在感がより強まっている。
このポトフには、ジャガイモや人参、玉ねぎ、キャベツ、アスパラ等の野菜が入っている。人参やキャベツ、玉ねぎは元々アスファール王国でも広く栽培されていたようだが、サブシア産のものはフローラのチート能力で産み出された地球の改良品種である。
だがサジンは、野菜ではなくソーセージから手をつけることにしたようだ。フォークでプツリと付き刺して口に運び、ガブリと齧りつく。バリッと皮がはじけ、中からじゅわっと肉汁がほとばしった。
「むぅ、このヴルスト!?」
ソーセージすなわちヴルストならば、アスファール王国でも広く作られている品だ。そう思って口にしたサジンだったが、このヴルストは全くの別物であった。塩以外にも様々な香辛料が使われていることと、しっかり燻製にされているのである。王国で作られているヴルストは乾燥させた程度の代物だったはずだ。
サジンの反応を見て、ウヒトもソーセージに手を伸ばし、口の中へと迎え入れた。ボリッと豪快な音を立てて齧りつき、目を閉じて咀嚼する。
「燻製にするのはエルフのみと思っていたが……」
紙漉きの技術だけでなく、このような点でもヒト族に追いつかれていることを知り、ウヒトは複雑な表情を見せた。不満を表明したいところだが、料理が美味いため頰が緩み、不満気な表情が出せないのだ。
一方のアウリティアは煮込まれた野菜を只管に食べていた。ホクホクのじゃがいもに、甘みのあるキャベツ。一口食べては何やら頷いているので、色々と思うところがあるのだろう。アウリティアは一通りの野菜を腹に収めると、ユキトの方を見て感想を告げる。
「うむ、野菜が実に素晴らしい。我々が栽培している人参や玉ねぎに比べても、圧倒的に美味い」
「弊領産のものは特別なんです」
流石に異世界の神の加護によって産み出したとは言えないので、ユキトもそのような説明に留めておく。しかし、彼の反応を見る限りは2皿目も高評価と言っていいだろう。
「さて、最後は南瓜を使ったパンプキンプリンです」
品数は少ないが、サブシア産の野菜の魅力は充分に伝わっただろう。ユキトはそう判断して、最後のデザートをサーブした。
プリンが配膳される間に、ユキトは南瓜の実物を取り出した。知らないものが見れば岩のようにも見えるであろう南瓜も、アスファール王国には存在しないと思われた野菜だった。だが、どうやらエルフ達には見覚えがあるようだ。
「見た目は、里の付近に転がっているベボナに似ているな」
「ベボナは苦味もあって、そこまで美味いものではないですが……」
どうやら、南瓜の近縁種がエルフの里の近くに自生しているらしい。ウリ科の植物は食用になる種も多いだろうから、そう不思議な話でもない。
「料理はデザートだけあって濃厚な甘さだな。ベボナとは別物だ」
「うーむ、野菜からこんな菓子ができるのか……」
パンプキンプリンも大好評のようだ。サジンとウヒトはすっかりサブシア産の野菜に感心している。地球で長い期間を経て品種改良された作物なのだから当然である。アウリティアも満ち足りた表情だ。
「いや、感服した。久しぶりに美味い野菜を食べた。これだけ品質の高い野菜を栽培しているとはな」
「お褒め頂き光栄です」
ひとまずユキトの料理は、極魔道士たるアウリティアを感心させるに充分だったようである。
「さて、次は私の料理を召し上がってもらうのだが、ちょっと特殊な趣向を凝らしてみたので、場所を変えて良いだろうか?」
「趣向ですか? それは構いませんが……」
ユキトの野菜料理を食べて、なおアウリティアは自信たっぷりである。しかも、場所まで別に用意したという。
(いったい何を考えているんだ?)
ユキトもアウリティアの意図が分からないままだ。料理漫画では後手が勝つのがテンプレなのだが……
結論から述べると、この後ユキトは完敗したのであった。
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