第75話 勝負!料理対決をしよう!
前回のお話
お前ら、紙の技術盗んでない? 盗んでない? それ本当?
(一瞬でも、アウリティアさんに常識があると思った俺がバカだった……)
七極のアウリティアがユキトに提案してきたのは、料理対決であった。人生において、料理対決を挑まれる経験など普通はないだろう。あるとしたら、それは料理漫画の世界である。
「互いに料理を作って、食べた相手をより感動させた方が勝ちということでどうか?」
勝敗の決定方法に言及するアウリティアだが、随分とガバガバなルールである。感動させた方がと言うが、それをどうやって図るつもりだろうか。エルフ達に様々な知識を与えた極魔道士のセリフとも思えない。
「それってどうやって計測するんですか? あと、負けた場合はどうなるんです?」
ユキトとしても、その辺りを確認しておかないと、迂闊に「やりましょう」とは言えない。なにしろ、領主なのである。負けた方が領地を差し出すなどの条件であったら、どんなに勝算があっても回避するべきだろう。
「料理の判定は自己申告としよう。もし、どちらの勝利か明確にならないようなら私の負けで良い」
アウリティアは判定についてはあまり興味がないようだ。もしくは絶対的に自分が勝利する自信があるのだろうか。そもそも、面倒臭がりと聞いていた男がこんな勝負を提案する時点で何か怪しい。
「で、負けた場合は?」
ユキトは先ほどの質問のうち、答えが返ってきていない方について再度問い質した。紙の製法について再び持ち出されたりすると面倒である。
「そうだな。何か願い事を1つ聞いてもらうか。無理なく出来る範囲で構わない」
「無理なものは断ってもいいと?」
「ああ。料理勝負は『戯れ』と言ったろう?」
アウリティアはあくまでも「遊び」という態度を崩さない。
ユキトはアウリティアの真意を量りかねていた。単に「遊び」で提案しているだけのようにも見えるが、アウリティアは七極の中でも2番目に面倒臭がりであるというイーラからの情報と言動が一致しない。それほどまでにサブシアの料理に興味があるのか、それともユキトにエルフ料理を食べさせたいのか。
(考えても分からないなら話に乗るしかないか。戦いになるよりはマシだしな)
アウリティアの意図は分からないままだが、仮にユキトが負けても被害は小さそうである。そもそもサブシアの食材のレベルの高さを考えれば、ユキトの勝率は高いと思われた。ユキトはそのように考えて、承諾の返事をする。
「了解しました。サブシアの作物を味わってもらう良い機会です。戯れにやってみましょうか」
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「どういうつもりなのでしょうか」
アウリティア達が帰った後で、フローラも首をかしげている。全員がアウリティアの意図が分からない様子だ。
「ウチの作物はどれも驚くほど美味しいんだからぁ、さくっと感動させちゃってよぉ」
ストレィはエルフ達にサブシアの真価を見せつけるのだとテンションを上げている。エルフのサジンに「ヒト族の文明などエルフの文明よりも劣っている」と煽られたのを根に持っているらしい。
結局、料理対決は5日程の準備期間を設け、先手はユキト、後手がアウリティアということになった。互いに料理を出し合って、双方が食べる。その後にユキトとアウリティアの判定で勝者を決めるというものだ。
「なんだかなぁ……」
何故に料理対決なのか、いまいち納得していないユキトであるが、始まってしまったものは仕方ない。やるからには勝利を目指すべきであろう。
「というわけで、料理の加護を自分に付与してみた」
ユキトは、元の世界の非実在性の存在をモチーフにして加護を生成することができる。この「非実在性の存在」には、漫画やアニメが含まれていた。そして、漫画には料理漫画という一大ジャンルが存在しているのだ。
「じゃあ、今のユキトは料理の達人ってわけね?」
「その通りさ。しかも、料理バトル向きの達人だ!」
ファウナの問いにユキトは自信たっぷりに答える。この世界にも、料理の達人は数多くいるかもしれないが、料理バトルに特化した達人はそうはいないだろう。だが、ユキトの世界にはいるのだ。いや、実世界にはいないのだが、料理漫画の中ではテンプレ的な存在なのである。
「さて、エルフってどんな料理が好きなんだ? 食べられない物とかあるのか?」
料理の加護を手にしたユキトは、まずは相手の好みを確認するところからスタートした。ユキトのラノベ知識では、エルフは森に棲んでおり、野菜や果実のみを食し、動物性のタンパク質を一切受けつけない存在だったりするのだ。
さて、この世界ではどうなのだろうか。ファウナは普通に肉を食べているが、孤児だったらしいので、育ちも影響するのかもしれない。
「私の知る限りでは、私達と同じです。特に苦手としている食べ物の話は聞きませんわね」
フローラの知識なら信用していいだろう。聞けば、王都にもしばしば旅のエルフが立ち寄るが、特に食べ物で問題になることはないと言う。
「となると、サブシアの良さを味わってもらう方向で行くか」
(アウリティアさんの個人的な好みも確認しておく必要があるな。イーラに聞けば分かるかもしれない。後で見かけたときにでも確認しておくか)
ユキトはそんなことを考えながら、料理に使う材料を吟味していく。ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、カボチャ、トウモロコシと様々な作物がサブシアでは栽培されているのだ。
「カレーを作りたかったけど、まだスパイスが揃ってないんだよな。あと米も」
水田によるコメの栽培は現在試行中であり、本格的な稲作はこれからである。スパイスさえ揃えれば、ナンを使ったカレーならば出来るだろう。だが、やはり最初はカレーライスが食べたいのが人情である。ユキトは日本人なのだ。
「野菜のうま味を存分に活かして、肉も入れるとすると……」
ユキトがだんだんと楽しくなってきたのは、付与された加護のせいばかりではないだろう。ユキトも学生の時分に、しばしば手の込んだ料理を楽しんでいた。土曜日に突然思い立ち、ネットでレシピを検索して、スーパーで材料を買い込んで料理して、日曜日に食べ切るのである。ユキトは、そんな記憶を思い出していた。
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「どういうつもりかのぅ?」
幼い中にも冷たさを宿した声。アウリティアにはその声に聞き覚えがあった。今いる場所はサブシアの宿屋の一室。サジンとウヒトは別の部屋だ。つまりは、アウリティアだけの部屋に突然に幼女の声が響いたのである。
「ほう、氷結の魔女か?」
アウリティアは驚いたような声を上げるが、実際にはサブシアに入った時からイーラの存在に気づいている。尤も、それはイーラも分かっていたことだ。
「わざとらしいのぅ。お主が妾の魔力を感知できぬわけがなかろうに」
その声とともに、部屋の片隅に粉雪が舞ったかと思うと、中から幼い姿のイーラが姿を現した。杖も持っているが、背丈に合わせて以前のものよりも短くなっている。
「久しぶりだな……ってお前さん随分縮んでるようだが、どうしたんだ?」
「質問したのは妾が先じゃぞ」
興味深そうにイーラを眺めるアウリティアに対して、イーラは先に質問の答えを要求する。
「どういうつもりってのは?」
「面倒臭がり屋のお主が料理勝負など、何か企んでいるとしか思えぬわ。お主のところにもインウィデアから何らかの話が伝わったのではないか?」
イーラはその目を鋭くしながら、インウィデアの名を出した。かつて、インウィデアは使い魔を通し、ユキトがイーラを倒して七極に名を連ねようとしているという虚偽の情報をイーラに伝えている。
「ああ、確かに私のところにもインウィデアから情報が届いた」
アウリティアはあっさりと肯定してみせると、ニヤリと笑って言葉を続けた。
「インウィデアが言うには、シジョウ卿は世界を破滅させる存在だそうな」
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ユキト「先手って料理漫画的には不吉なんだけど……」
ファウナ「普通は先手必勝って言うけどね」
フローラ「文化の違いでしょうか」