第74話 文化!それ即ち料理!
前回のお話
アウリティアがサブシアに来たよ。
サブシアの町にアウリティアがやってきた。領主であるユキトは寝ていたところを叩き起こされて、そんな報告を受けた。
夜なかに起こされたユキトは目をこすりながら、寝巻から普段着へと着替えると、会議室へと向かう。いつものメンバーを招集して対策会議だ。会議室と言っても、メンバーが入れば埋まってしまう程度の広さだが。
「あーぁ、アウリティア……聞いたことあるような」
あくびをしながら、ユキトが聞き覚えのある名前を言葉にする。
「前に説明したでしょ! 七極でエルフの魔道士よ!」
極魔道士アウリティア。高度な魔法技術と広い知識でエルフ族を再興した存在とされる。エルフであるファウナにとっては同族の英雄でもある。テンションが高いのはそのせいだろう。
「ああ、そうだった。そんなお偉いエルフがどうしてサブシアに来たんだ?」
ユキトとしては七極とはあまり関わりたくないというのに、イーラと同じく、なぜ向こうからやって来るのか不思議でたまらない。ユキトの疑問に対して、フローラがポツリと呟く。
「もしかしたらウチの特産品のことかもしれませんわね……」
フローラが心配しているのは、サブシアで生産して、王都へと卸している『紙』のことだ。この世界において、紙を漉く技術はエルフのみが知る技術とされる。それゆえに、エルフの里から流れてくる少量の『紙』は『エルフの織葉』と呼ばれて、高価な品となっていた。
だが、サブシアで生産している『紙』は、電子辞書の由来の知識により、エルフ製の紙よりも品質を高めることに成功している。王都における販売価格もエルフ産のものより、ずっと安い。
となると、エルフとしては面白くないだろう。そもそも紙漉きの技術をエルフの里から盗んだのではないかと疑うところだ。
フローラは一同にそんな考えを説明した。
「サブシアの技術とぉ、文化の高さを見せつけてやればいいんじゃないかしらぁ」
ストレィが席から立ちあがり、のったりした口調で意見を述べる。だが、その口調とは裏腹に、彼女の目は対抗心で燃えていた。自身も高品質化に関わった『紙』について、エルフからは盗んだ技術と疑われているかも知れないと聞いて、彼女なりに腹を立てているようだ。
やる気になっているストレィを見て、慌ててユキトが抑えに回る。そもそもまだ何の用事でアウリティアがサブシアに来たのかも不明なのだ。
「まぁ、落ち着けって。疑われているかどうかはまだ分からないんだ。とりあえず、会って話を聞いてみよう。意外と全然違う用事かもしれないぞ」
ユキトの言葉を受けて、ストレィも不満気に席に座りなおした。
「伝言を持ってきてくれた兵士によると、アウリティア殿は、明日の昼前にこちらに挨拶に伺いたいとのことでしたな」
「いきなり魔物を使役して襲ってくるよりは礼儀正しいな」
アウリティアが昼前に挨拶に来るというセバスチャンの報告を聞いて、ユキトはイーラに視線を向けながら皮肉を飛ばす。だんだんと眠気が覚めてきたようだ。
「悪かったのう、妾が礼儀正しゅうのぅて!」
イーラはユキトの皮肉をベーと舌を突き出しながら迎撃する。この言動だけでは、とても七極には見えない。
「礼義正しいってことは、アウリティアさんも俺に挨拶したら、そのまま街道を抜けて行くつもりって可能性もあるよな? 旅の途中ってだけで」
ユキトが楽観的な予測を口にする。元々サブシアは街道沿いの宿場町だ。アウリティアの目的地はもっと先にあり、今夜はサブシアで宿を取っただけという可能性もある。そのついでに、領主に挨拶しておこうと考えただけかもしれない。
ユキトとしてはそうあって欲しいところだが、その予測を即座にイーラが否定する。
「いや、それはないのぅ」
「なんでだよ」
「アウリティアは七極の中で、眠神スロウの次に面倒臭がり屋じゃ。用事もないのにわざわざ領主に挨拶などせんわい」
どうやら、イーラはアウリティアの性格を熟知しているらしい。七極同士のつながりがあるのだろう。
「あやつは極魔道士と呼ばれ、多くの魔法を開発した。じゃが、その動機は自分が面倒なことを魔法で済ませるためじゃからな。例えば、短距離瞬間移動もあやつが歩くのが面倒で開発した魔法じゃ」
どうやら、アウリティアは夏休みの宿題を初日に終わらせて、残りをだらだら過ごすタイプのようである。そういう怠け者は強い。
「そりゃ確かに用事もなく挨拶に来るようなタイプじゃないな」
どうやら、また面倒なことになりそうだとユキトは軽くため息をついた。
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「さて、シジョウ卿。率直にお尋ねしますが、貴殿の領内で生産している『紙』は、我々エルフの製法を盗んだものではありませんかな?」
翌日、挨拶にやって来たはずのエルフ達は、挨拶も早々に直球を投げてきた。いきなり「盗んでないか?」とは、直球ど真ん中である。
エルフ側は男性3人だ。1番後ろに控えている40代に見えるエルフがアウリティアである。最初の挨拶以外では口を開かずに、柔らかな表情で様子を見ている。残りの2名は、30代くらいの外見の方がサジン、20代くらい外見の方がウヒトと名乗った。
盗んでないかと尋ねてきたのはサジンの方だ。ウヒトも鋭い目でユキト達を睨みつけており、あまり友好的な雰囲気ではない。
対応するのはユキトとファウナ、フローラ、セバスチャン、ストレィだ。イーラは姿を見せていない。七極同士で顔を合わせたくないのかもしれない。
「紙の生産方法は我々が独自に開発したものです。エルフの技術を盗んだとは酷い言いがかりだ」
ユキトは領主として冷静に、しかし主張すべきことを明確に主張するのみである。何もやましいことはないのだ。
そこにストレィが言葉を続ける。技術を盗んだと言われて、黙っていられなかったのだろう。
「サブシアの技術力は高いですからぁ、わざわざエルフから技術を盗む必要などありませんわよぅ」
ストレィはエルフに向かって挑発的な言葉を吐いた。これを聞いたウヒトは、キッとストレィを睨みつける。一方のサジンは、ウヒトよりは煽り耐性があったようで、ニヤリと笑いながら皮肉を返してくる。
「ハッハッハ、まるでヒト族の文明度が我らより高いような物言いですな。冗談がお上手だ」
サジンの言葉にストレィは頬を膨らませてしまう。胸以外に頬まで膨らませてどうするつもりだろうか。ユキトは彼女の頬をつつきたい衝動を抑えつつ、エルフ達に1つの提案をする。
「では、我が町の文明度がどの程度か、簡単にご案内しましょう。『紙』を漉く技術についても生産を軌道に乗せるまでに試行錯誤した証拠品がありますので、ご確認ください」
ユキトとしては、町のあちこちに配置されている時代を越えたオーパーツのような技術をエルフ達に見せることで、サブシアの技術力の高さを納得してもらう計画である。
(それにしても、エルフってのは森の中で技術とは無縁に生きていると思っていたけど、この世界では違うのか?)
先ほどまでの彼らの話っぷりからすると、エルフ達は自分達の技術や文明に自信があるようだった。ユキトの持っているエルフのイメージとは全然違う。
なお、先ほどから黙っているファウナは、エルフの英雄でもあるアウリティアにサインをもらうタイミングを伺っているようだ。随分とミーハーな一面があったものである。
ユキト達は、エルフ一行を引き連れて町に出た。最初に見学するのはコンクリート製の建物、公衆浴場だ。地球では古代ローマで有名なローマン・コンクリートが使用されていたが、少なくとも王都ではコンクリートは使われていないようだった。
「この建物はコンクリートという建材を使っています。ドロドロの状態からここまで固くなります」
ユキトの説明を聞きながら、サジンとウヒトは難しい顔をして目の前の公衆浴場を眺めている。やはり森の中に棲むエルフにとっては、コンクリートは未知の建材だったようだ。
「ふむ、整形するには便利だな」
「だが、我らなら土系魔法で事足りる」
どうやら、まだサブシアの文明度を認めるには程遠いらしい。肝心のアウリティアも、愉快そうにユキトを眺めているだけだ。
続いて、一行は町から少し離れた川へと移動する。次に見せるのは揚水用の水車だ。水の流れで回転する際に、水車の側面に供えられた木桶が水を汲み上げる仕組みだ。
「ほぅ、川の流れを利用して水を高所へ揚げるのか」
「しかし、我々は魔法で対処できる。これも必要ない技術ですよ」
どうやら、サジンは感心を示して、ウヒトは否定するという組み合わせのようだ。見た目ではウヒトの方が若いように見えるから、若いだけに無駄に自尊心が高いのかもしれない。
そのまま、ユキト達は郊外に位置する紙漉き工場の建物へと移動する。先ほどの水車も、紙漉き工場へ川の水を送るために設置したものである。工場内には、紙漉き用の設備に加え、これまでの試行錯誤で量産された失敗作の紙が保管されていた。
「どうですか? こちらも企業秘密なので全てをお見せするわけにも行きませんが、この紙漉き装置などはエルフさんのところとは違うのでは?」
「使っている道具が違うからと言って技術を盗んでいない証拠にはならん」
あくまでもウヒトはこちらを認めないスタンスを崩さないようだ。一方のサジンは何枚もの失敗作の紙を見比べている。
「むぅ……こっちは色々な植物を試した時の失敗作かな?」
「ええ。今の植物に辿りつくまでには苦労しました。エルフさんのところと同じ植物かは知りませんけど」
いかにも苦労したという表情でユキトは話しているが、実際は電子辞書が復活した段階で和紙の原料となるコウゾやミツマタを調べ、良く似た植物を使ったら「当たり」だっただけである。
「これでも疑いは晴れませんか? こちらとしては、我々が盗んだという証拠もないのに、これ以上は……」
ユキトは言外に「もう充分だろう?」との意志を滲ませる。本来ならば証拠をエルフ側が用意すべきところなのだ。もちろんエルフ側もそれは理解しているようで、サジンは何やら考え込んでいる。ウヒトは悔しそうな表情を隠さずに、工場内の設備に視線を送っている。
だがここで、今まで眺めていただけのアウリティアが不意に前に出てきた。彼はにこやかな笑顔で話を始める。
「うん。確かになかなか技術力の高い町のようだ。それに技術面だけでなく、文化レベルも高そうだ。町中に図書館もあったようだしね。商店で売られていた品も良いものばかりだった」
アウリティアは、なかなかしっかりと町中を観察していたようである。
「それにシジョウ卿の言うとおり、証拠がないことをこれ以上疑っても仕方ない。実に失礼した。紙の件は終わりにしよう」
どうやらアウリティアは随分と常識人のようだ。ユキトがそう思って、ホッと息をつきかけたところで、極魔道士はとんでもないことを言い出した。
「だが、この程度で我々エルフの文明を越えたと思ってもらっては困る。そこで、戯れに勝負をしないかな?」
「え、勝負?」
「そう。もちろん野蛮な闘いじゃないよ。そうだね……私は文明や文化の水準はその土地の料理に反映されていると考えているんだ。料理勝負と行こうじゃないか」
ニヤリといたずらっ子のように笑うアウリティア。どこかの料理漫画のような展開に、ユキトはしばし呆気にとられるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマと評価もありがとうございました。感謝申し上げます。