第73話 来訪!何かが町にやってきた!
前回のお話
蒸気機関は封印。入ってきた盗賊は退治しないとなぁ。
時刻は深夜。サブシア町の入口に2人の兵士が立っていた。不審者が入りこまないかをチェックする役割だが、時間も時間なので人通りは途絶えている。篝火がパチパチと音を立てていた。
「隊長、ファウナリア通りにできた食堂の料理がまた美味いんですよ」
「アランは食いモンのことばっかりだな」
アランは、サブシアの第2警備隊に所属する兵士である。先月まではバロンヌの兵士だったのだが、現在はウィンザーネ侯爵の命によって所属していた部隊ごとサブシアへと転属させられていた。
それは1ヵ月前のこと――
「え? 全員がサブシアに転属ですか?」
転属の指示を聞いたアラン達は動揺した。兵士達は、急激に発展しているらしいサブシアに興味を惹かれてはいたが、やはり領都であるバロンヌから離れるのは気が進まない。
サブシアと言えば、ジコビラの船団からバロンヌを救った英雄シジョウ冒険爵が治める領地である。戦争時、アラン達の部隊は後方支援部隊であったが、戦争におけるシジョウ冒険爵の活躍は何度も聞いている。そんな英雄の元で働けるのは悪くないが、いかんせんサブシアは田舎というイメージが強い。
だが、一同は隊長が次に放った言葉に胸をなでおろした。
「なぁに、転属と言っても半年だけだ」
なんでも、噂のシジョウ冒険爵が、サブシアの警備を固めるべく、ウィンザーネ候やラング公に相談したらしい。その結果として、兵士達が期間限定で派遣されることになったという。もちろん、その期間のうちにサブシア独自の兵力を構築する必要があるのだが、そのためのノウハウなどの提供も期待されているらしかった。
「もしも半年だけでなく、正式にサブシアの兵士に転属したい者がいれば、10名まで許可が出るそうだ。現状で希望者はいるか?」
隊長が部隊の全員に問いかける。どうやら希望があれば、正式にサブシアの兵士に転属も可能らしい。だが、観光で訪れるならばともかく、領都から離れるなど考えられないと、兵士達は皆黙っている。……いや、1名だけおずおずと手を挙げた。
「ん? ケッチェか。確かお前はサブシア出身だったな」
「は、はい。両親もいますので、サブシアで猪や魔物から畑を守って暮らすのも良いかと思いまして……」
「分かった。半年後にはお前はサブシアに正式に転属としよう」
こうして、10名の枠は1名だけが埋まった。それが、まさか1ヶ月後には残りの枠の争奪戦になるとは誰も考えていなかった。
サブシアへと派遣されたアラン達が最初に見たのは、領都であるバロンヌに匹敵……いや、それを越えるであろう建築物の数々である。高度な技術で建築された3階建ての集合住宅は、灰色の石膏のようなもので塗り固められている。噂によるとこれは『こんくりぃと』という建材であり、冒険爵の巨乳パーティメンバーが考案したものだという。
「おい、公衆浴場まであるぞ!」
「あっちでは魚を養殖しているのか!?」
「見ろ、アラン! この町、図書館まであるぞ!」
更にはサブシアの珍しい料理も、兵士達を驚愕させるに充分なものだった。バロンヌも美食の都として知られている。だが、そこに住んでいた兵士達が今まで食べたこともないような料理の数々がサブシアの食堂には並んでいるのだ。珍しいスパイスが使われている料理や、初めて目にする野菜も多い。いずれも素晴らしい味わいだ。フローラがこの世界に呼び出した野菜には、地球の品種改良が存分に反映されているのだから無理もない。
「ポテトサラダってヤツが美味ぇ」
「信じられねェ……このポトフ、黒胡椒が入ってやがる」
「ハンバグは神!」
しかも料理だけでなく、店で売られている武器の質も異常に高い。まるで神の加護を受けた鍛冶師が打ったような出来栄えであった。いや、実際に加護を受けた鍛冶師が打っている上に、電子辞書から得られた金属工学の知見が反映されているのだから当然である。
「このロングソード……業物だな」
「こりゃ、鋼の質がすげぇぞ」
そんなわけで、1ヵ月も暮らすうちに永住してもいいと考える兵士達がぞろぞろと増えてきたのだ。枠は9人だったのに、既に希望者は16名に達している。この調子だとまだ増えるだろう。
「隊長、残りの枠は9人でしたよね?」
「抽選だからな。アラン」
「くそぅ、ケッチェみたいに最初に手を挙げておけば」
後から手を挙げた者は全員抽選らしい。それが隊長の方針である。確かにそれが公平というものかもしれない。
「でも隊長、そもそもサブシアって警備兵いらないんじゃないですか?」
時間的にほとんど人が通らない街道を眺めながら、アランは隊長に問いかける。篝火のまきがパチンと音を立てて爆ぜた。
「領主様が盗賊退治を続けるわけにもいかんだろ」
「でも、領主様もファウナ様もあれだけ強いんだからなぁ……」
アラン達がユキトとファウナの戦闘を目にしたのは、サブシアに転属されてすぐのことだった。サブシア領内で大規模な盗賊討伐作戦が実施されたのである。その討伐作戦において、アラン達は悪名高いグング盗賊団を相手にすることになった。
「来た早々に悪いけど、よろしく協力を頼む」
S級冒険者でもあるというシジョウ冒険爵は思った以上に低姿勢だった。しかも、盗賊討伐に同行するという。隣に美女エルフを連れているのが羨ましい限りだ。冒険爵の愛人なのかもしれないが、美女に見られているとなると俄然やる気が出るのが男というものだ。兵士達は奮起して盗賊討伐に臨んだ。
だが、アラン達が担当したのは、散り散りになって逃げ出そうとする盗賊を取り押さえる任務であった。一方、領主様と美人エルフは盗賊の本拠地に直接乗り込んで壊滅させるという離れ業を演じていた。特に美人エルフことファウナの活躍が目立った。
「ファウナ様が盗賊の砦そのものをふっ飛ばした時は、目を疑いましたよ」
当時を思い出して、アランは遠い目をしながら隊長に語りかける。
「まぁ、あれを見たら兵が必要なのか疑いたくなるのも分かるがな」
流石に隊長もアランに同意する。警備兵が必要なことは理解しているが、ファウナの戦闘力を見てしまうとその必要性を疑いたくもなる。
「第1警備隊の討伐も似たようなもんだったって聞きましたよ?」
「同行したのはセバスチャン様と女児だったようだぞ」
「ああ! セバスチャン様がいたのなら、盗賊退治も簡単だったでしょうね」
アランもバロンヌの兵士だったので、セバスチャンの剣技は良く知っている。盗賊ごときでは相手にもならないだろう。
「いや、それがほぼ女児が片付けちまったんだとよ。なんと、その女児ってのが……七極のイーラ様なんだそうだ」
隊長はアランの耳元に口を寄せると、小声でとんでもない発言をした。
「え?」
七極と言えば、この世界でも最強の存在だ。そんな存在が盗賊退治とは、オーバースペックも良いところである。
「やっぱりこの町って警備なんていらないんじゃないですかね?」
「じゃあ、お前は転属しなくていいんだな?」
「ああ! いや、警備は必要ですね、隊長!」
アランは調子良くそんな答えを返したが、実際に人数が必要になる状況はいくらでも考えられる。極端な話、町の中に小型の魔物が大量に出現したような場合には、数人の実力者よりも圧倒的な人数が必要になるだろう。
「抽選、当たらないかなぁ……」
アランは空を見上げつつ、そんな愚痴を吐く。
「!?」
だが、ここで突然に隊長の雰囲気が一変した。目を細めて夜の闇に溶け込む街道の先を見つめている。
「アラン。おしゃべりはここまでだ」
隊長の見つめる先、街道上にいくつかの光球が浮かんでいた。その光に照らされて近づいて来るのは1台の馬車だ。握り拳程度のサイズの光球が、その馬車の周囲に浮かんでいるようであった。
「あ、あれは……」
幻想的とも不気味とも言える光景にアランはゴクリと喉を鳴らす。ガタゴトと音を立てて、しだいに近づいている馬車には、幸いにして御者の姿が見える。無人の幽霊馬車というわけではなかったようだ。
だが、アラン達の姿を認めると、その御者は驚くべき内容を口にした。
「夜分に失礼する。この馬車には七極の一角、極魔道士アウリティア様が乗っておられる。この町に入る許可を頂けるかな?」
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