第70話 訪問!お小言司教!
前回のお話
ユキトはイーラの首を刎ねた!
ユキトの横薙ぎの一閃がイーラの首を刎ねた。胴から切り離された首は血を噴き出しながら、床に転が――らなかった。
剣が振るわれ、首が刎ねられたと同時に、イーラの頭部と身体は粉雪と呼ぶに相応しい微細な雪と化し、その場に舞い散ったのだ。
「え!?」
予想もしていなかった光景にユキトから間が抜けた声が上がる。周囲の魔法使いも驚いた表情を隠していない。
「ふむ」
その中でラング公爵だけは何か納得している様子だ。
「あ、雪が……」
舞い散った雪は風に散らされたかのように周囲に拡散した後、再び一か所に集まった。それは小さな竜巻のように渦を巻く。
「ふむ……少し小さいが仕方ないのぅ」
やがて、その中からイーラの声が響くと、雪の中から1人の少女が姿を現した。イーラの面影を強く残しているが、年齢は12、13歳程度に見える。白銀の刺繍が施された薄青色のローブ姿である。
「え? イーラなの?」
ユキトは状況についていけずに問いかける。だが、その答えはイーラからではなく、隣に立っているラング公爵からもたらされた。
「やはり、イーラ殿が複数の命を持っているという噂は本当だったんですなぁ」
「然り。妾は複数の命を持っておる。その5つ目をこんな形で失うとはのぅ」
イーラの言葉によれば、どうやらイーラの命は1つではないらしい。それゆえに首を刎ねられても復活したということなのだろう。七極と呼ばれるだけあって、それなりにチートな存在である。
「しかし、魔力が足りなかったせいか、少し幼いのぅ……まぁ、いずれは成長するじゃろうが」
どうやら、身体年齢が気に入っていないらしく、自身の姿を確認しながらイーラはぶつぶつと呟いている。異世界あるあるの一つロリババァであるが、それを口に出せばイーラが暴れるのは間違いないのでユキトは黙っている。特にババァが良くないだろう。
「えーと、処刑はこれでいいんですかね?」
ユキトはラング公爵に尋ねてみる。首を刎ねよと言われて、首は刎ねたわけだし、命が複数あるとは言っても、イーラも残機を1つ減らしているのだから、法律的には処罰したことになる気はする。
「氷結の魔女は9つの命を持つという噂があったから、もしかしたらと思ってたんだよ。イーラ殿があっさりと処刑を受け入れた時点で確信できたんだけどねぇ。確かに首は刎ねたわけだし、王国法上は問題なしだよ」
ラング公爵がユキトに向かって説明する。相当な覚悟を持って首を刎ねたユキトとしては、事前に教えておいてもらいたかったところである。
「どうした? まさか初めてだったのかえ?」
憮然とするユキトに対して、イーラがニヤリと笑いながら問いかけてくる。人を殺めた経験についてのセリフなのだろうが、なぜその単語をチョイスしたのかは謎だ。抗議の意を込めて、ユキトはイーラを睨み返すが、幼い魔女はニヒヒと笑うだけだ。
「まぁ、とりあえず、これでイーラ殿は解放だ。王都では暴れないでもらえるとありがたいですねぇ」
「ふん、今更そのような真似はせんわ。久々のアスファールの王都じゃし、少し観光していくかのぅ。シジョウ卿、供をせい」
「ちょ、ちょっと! なんでユキトを連れていくのよ!」
王都の観光にユキトを誘うイーラに対して、これまで背後で黙っていたファウナが抗議する。
「なんじゃ? 嫉妬かえ?」
「そ、そんなんじゃないわ!」
このようにしてイーラの件は無事に終結したのだが、目の前で言い合う2人の姿を見て、ユキトは悩みの種が増えたように思えてならなかった。
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翌日、アルビ砦の一件は以下のように公布された。
――砦への攻撃は、氷結の魔女の一団によるものであったが、シジョウ卿がイーラを撃退し、和睦したものである。なお、兵士に被害をもたらした襲撃者の1名については、王国法に則って処刑した――
なるほど、襲撃者の1名と表現すれば、詳細を知らない者は処刑されたのがイーラ本人とは思わないだろう。王国の権威を守りつつ、他の七極を刺激しない落とし所である。王都の人々も、シジョウ卿が七極のイーラを撃退したと聞いて、王国の擁する英雄の活躍に大興奮だ。
そんな偉大な功績を挙げてしまったユキトであるので、王都では王様から勲章をもらうわ、冒険者ギルドからは遂にS級の認定がなされるなど、大忙しである。
冒険者ギルドも、百九年蝉の生け捕りと使役の成功という功績によってユキトをA級に上げる検討をしているところであったが、イーラを撃退したという話から、一足飛びでS認定である。それほどに七極は強大な存在として知られているのだ。しかも、今回はファウナとフローラもA級に昇級した。フローラに関しては、ユキトが「イーラを撃退できたのはフローラの魔法のおかげである」と証言したことが大きい。ユキトとしては1兆度の火球を撃ち出せるフローラはSSS級程度を与えておいて良いとすら思っている。
そんなS級冒険者となったユキトは、王都を歩いているとあっという間に人だかりができてしまい、落ち着かない。流石に貴族なので、一般庶民から握手やサインをねだられることはないが、視線がザクザクと突き刺さるのである。
元々騒がれるのに慣れていないユキトは、早々にサブシアへと帰還することにした。元々、王都に寄ったのはイーラの引き渡しと王城への報告のためだけで、すぐにサブシアに向かうつもりだったのだが、1週間程度の滞在になってしまっている。
「ストレィには随分とサブシアを任せてしまってるからなぁ」
セミルトが運ぶゴンドラの中で、流れる雲に視線を向けながら、ユキトが呟く。あの巨大な胸をしばらく見ていない。
「ストレィなら案外好き放題やってるんじゃないの?」
「そうだな」
ファウナの言葉は恐らく正しい。ユキトは電子辞書を貸したときのストレィの様子を思い出しながら、相槌を打った。あれは最新ゲーム機を与えられた小学生と同じ目だったように思う。ユキトは、サブシアが魔改造されていないかが心配であった。
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その頃、ストレィはある人物の訪問を受けていた。王都の総教会のザンブルク司教である。ザンブルク司教は司祭であるストレィの上司にもあたる存在だ。司教はサブシアを通る街道を通っていたらしいのだが、ストレィが領主代行として領内にいることを聞きつけたらしく、即座に押し掛けてきた。
「司祭の任を一時的に休止してまで、こんな辺境の地で領主代行とはどういうつもりだ?」
「ザンブルク司教には申し訳ないですけど、こちらも色々と得るものがあるのですわ。制度上は問題ないはずですわよぅ?」
まさか『まろうど』であるユキトから異世界の知識を得ているとは説明できないので、ストレィは適当に誤魔化すことにした。どちらにしても、ザンブルク司教は口うるさいことで知られる上司であるのだ。
「まさか、シジョウ冒険爵と男女の関係になっておるのではなかろうな!」
「まさかですわぁ。まだそんな関係ではありませんわ」
「おい? まだって言わなかったか! まだって!」
「え? 言ってませんけどぉ」
「いーや! 確かにまだと言ったぞ!」
ザンブルク司教としては、魔道具作成の腕が立つ女性司祭をシジョウ卿に引き抜かれたような気分であるのだ。そもそも、男性信者を中心としてストレィ司祭の人気は非常に高い。その人気が例え胸のサイズに起因するものであっても、簡単に手放すのは惜しい人材だ。今の状況が面白いはずもない。
「それに、この領ではエルフの織葉を生産しているようだな」
「あらぁ、耳が早いですわね」
この『エルフの織葉』とは紙のことである。この世界では紙の製作技術はエルフしか知らないようで、王国では漉いた紙を『エルフの織葉』と呼んでいる。だが、エルフしか作れないのであるから仕方ないとはいえ、その価格はかなり高い。そこに目をつぶれば、羊皮紙と違って、薄くて嵩張らず、大変に便利なものである。
そんな需要に応えるべく、このサブシアでは、電子辞書からもたらされた知識を使って本格的に紙の生産を行っている。既に町を通過する商人を中心に販売を開始しており、飛ぶように売れている。生産開始直後は『エルフの織葉』の代用品として捉えられていたが、電子辞書の知識を踏まえた改良を加え、既にその品質はエルフの紙を超えるものとなっていた。
「エルフの技術を盗んだわけではあるまいな?」
ザンブルク司教はエルフ達が種族内における技術の保護を徹底していることを知っている。技術を盗んだと知られれば、それなりの報復があるのは間違いない。
「大丈夫ですわよ。この町で独自に開発されたものですわぁ」
ストレィは、仮にエルフから技術を盗んだ疑いをかけられても、膨大な試作品を見せることで、この領内で開発した技術だと説明することが可能だと考えている。実際、電子辞書の知識が得られる前には、領内の植物を片っぱしから試していたので、たくさんの失敗作が蓄えられていた。
「ならば良いが……いや、良くないぞ。この領では作物も見慣れぬ作物も育てているようではないか。シジョウ卿の領内は不思議なことだらけだ。何故、そんなところでお前が領主代行をやっているのだ!」
教会には様々な情報が集まることはストレィも知っている。流石に司教は未知の作物の件も承知しているようだった。どうやら、ザンブルク司教のお小言はしばらく続きそうである。ストレィは司教に気付かれないように、こっそりと溜息をつくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや評価、大変ありがたいです。
土日は出かけていたので、更新が遅くなりました。今週も隔日くらいの更新を予定しています。