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第7話 教えて!一般常識!

 

「な、な、なんのこと?」


「いや、アナタ動揺しすぎでしょ」


 突然の『まろうど』という指摘に動揺を隠せないユキトに対して、ファウナは冷静につっこみを入れた。


「そもそも、服装からしておかしいもの。異国の文化というレベルではない差を感じるわよ。さらに、旅人だという割にはものを知らなさ過ぎる。カゲビトを知らない旅人なんて普通はいないわ。先ほどの店でのやり取りも慣れていないどころか、何も知らないように見えたし」


「……(はい、何も知りませんでした……)」


 ユキトは心の中でファウナの言葉を肯定する。


「言葉が通じる点だけが気になっていたんだけど、その他の事柄は全てアナタが『まろうど』であることを示していた。私も噂に聞くだけで実際に会ったことはなかったけど」


「ええと、仮に俺が『まろうど』だとして、ファウナはどうしたいんだ?」


 仮に攫って利用したいと思っていても正直にいうわけはないので、どこまで意味のある質問かはわからない。それでも、ユキトはファウナの顔を見ながら尋ねる。


「特に何かしたいわけではないわよ。けど、仮に『まろうど』なら、異なる世界から来たということになるでしょ。興味を惹かれて当然よ」


「そんなもんか……まぁ、分からなくもない」


「で、回答は?」


 ファウナの視線を受けて、ユキトはこれ以上誤魔化すことは不可能だと悟る。両手を軽く挙げ、降参のポーズを取りながら答える。


「その通り、俺は『まろうど』ってやつだ」


「やっぱり!」


 ファウナの目が輝く。物珍しい動物を見つけたときの子供の目と同じ光を宿しているわけだが、綺麗な女性に見つめられると、ユキトとしては少し気恥ずかしい。

 ユキトは話題を逸らしつつ、ファウナに頼みごとをする。


「なぁ、ファウナ。せっかくだからこの世界のことを色々と教えて欲しいんだが」


「いいわよ。だけど、大通りの真ん中で立ち話というわけにも行かないでしょ。そうだ、先ほどのお礼に夕食をご馳走になってあげてもいいわよ?」


「へいへい。では、どこか美味そうな店で夕食をおごらせてもらいますかね」


「待って、まだ宿は確保してないのよね? まずは宿を確保して、アナタの服も買っておかないと。その服は目立ち過ぎるわ。服を売っている店も私が案内するわよ」


「俺のことはユキトでいい。じゃあ、頼むよ」


 ディオネイアでも目立たない意匠の服の購入をうっかり忘れるところだったユキトは、ファウナに案内されるまま、その後をついていった。


************


「ほい、黒パンと野菜スープ、あと炙り肉な」


 威勢の良い女将がテーブルに料理の乗った皿を置く。ユキトとファウナは店の奥のテーブル席に2人向き合って座っていた。


 ファウナの案内で訪れたこの飲食店。そこそこ安くて、それなりに美味いらしい。夕食が2人分で銅貨3枚なので、確かに先ほどの道具屋の店主が言っていたより安価だ。


 店内はいくつかのランプが灯り、木と石で建築された店舗の壁を照らしている。もちろん、ユキトの知る日本の飲食店に比べるとかなり仄暗い。その代わり、客の入りは満席に近く、その客たちの多くに活気があるせいか、店内の雰囲気は非常に明るい。若干騒がしいとも言う。


 ユキトは、先ほど確保した宿の部屋で既に着替えも済ませてきた。ファウナの案内で購入したこの世界の衣服である。地味な緑色に染められたTシャツ状の衣類に茶色のベスト。さらに白いダボっとした綿のズボンだ。


 ユキトの黒目黒髪という容姿は珍しいようだが、そう気にされるほどではない。少なくとも、先ほどまでの地球の服装よりは衆目を集めなくて済むようになった。

 なお、カバンは宿に置いておくのは不用心だったので、店に持ってきている。


「んじゃ、いただきます」


 手を合わせるユキトに対して、不思議そうな眼を向けるファウナ。


「なにそれ? それは食前の祈り?」


「んー、似たようなもんだ」


 ファウナの質問には適当に答えつつ、さっそく木さじでスープをすくって口へと運ぶユキト。刻んだ人参、キャベツ、セロリと思われる野菜が若干の塩味の汁で煮込まれている。野菜から出汁が出ているとはいえ、香辛料の類は使われておらず、薄味である。


(ふむ……素朴な味だな)


 不味くはないが現代日本人のユキトからすると、物足りない。

 続いて黒パンを千切ろうとするが、ユキトの知っているパンよりもかなり硬い。それなりに力を入れるとミチミチと裂け、一口分だけ千切ることに成功する。

 口に入れると若干の酸味を感じるが、やはり噛みごたえが半端ない。ユキトはスープを口内に援軍として追加する事で、パンをふやかして嚥下する。


(むぅ、それなりに美味いって店がこれか。この街の料理のレベルは日本よりは低そうだな)


 ユキトは無茶な感想を抱く。この元日本人には、現代日本は食事に関して非常にレベルが高いという自覚が無かった。中世の世界観に日本レベルの食事を求めるのが間違っている。


「あら、口に合わない? この街では悪くない店なんだけどな」


 ユキトの微妙な表情を見て、炙り肉に齧りついていたファウナが問う。率先して肉から攻めるとは、肉食系女子なのかもしれない。


「いや、ちょっと薄味だなと思っただけだ」


「ユキトの世界では、もっと濃い味付けが多かった?」


「まぁな。いや、俺が食べていたものが濃かっただけかもしれない」


 そもそも素材の味を大切にするのが和食だったような気がするので、単にユキトが普段食べていたものに濃い味のものが多かっただけだろう。ラーメン、ハンバーグ、カレー……見事に濃い。


 料理の味の話をしても仕方ないなと思考を切り替えたユキトは、当初の疑問をファウナに問いかける。


「ところで、さっきの質問の続きだ。ファウナはなんであの店に?」


「それはね……ユキトをつけていたからよ」


「え? 俺を? どうして?」


「それは『まろうど』なのかを確認するためね。ユキトが何らかの企みを持って『まろうど』を演じている可能性もあったから」


「おおぅ、しっかりしてらっしゃる」


「そのくらい怪しかったの。いや、怪しすぎたから逆に本物の『まろうど』かもしれないと思えたのも確かよ。

 ただ、もし何か企んでいる者だったら、私が姿を消すことで何か尻尾を出すかと思ってね。例えば隠れている仲間と相談するなり、街には向かわずに他の旅人が引っかかるのを待つなりするはずでしょ」


「ところが俺が素直に街を目指したから……」


「しかも、前日に話した内容通りに道具屋へ向かっていたわよね。まぁ、何か企んでいそうにはないと判断して声をかけたの」


「なるほど」


 この世界の人々はこのくらい用心をして生きているのかとユキトは感心した。ディオネイアに比べれば、現代日本は甘い社会だったろうなとは考えていたが、実際にファウナの用心深さを知って、大いに反省する。


「さて、今度はこっちから『まろうど』さんに聞きたいんだけど」


「なんだよ?」


 改まった口調で尋ねてきたファウナに対して、思わず身構えてしまうユキト。


「何の目的でディオネイアに来たの?」


「いや、むしろ俺が知りたい」


「ん? ということは、意図的に来たわけではないんだ」


「ああ、不可抗力だ。普通に暮らしていたら、いきなりこっちに迷い込んだ」


「それは災難だったわね」


「全くだ。で、ファウナを信用して話すが、この世界に来るときに加護の力をもらった」


「あの甲冑姿になる加護ね」


 ここでユキトは考える。


(ファウナは俺の力をあの変身能力だと思っているんだよな……相手に加護を与える力があるって伝えた方がいいのかな)


 つい先ほど、ファウナの用心深さを教えられたユキトとしては、自身の力はできるだけ隠匿しておくべきような気もしていた。


 ファウナをどこまで信用して良いかはまだ未知数だ。恐らくはユキトを騙そうとしてはいないとは思うが、積極的に伝えるメリットもない。ここは誤魔化そうと決める。


「ああ、そうだ。俺の加護はファウナも見たような甲冑姿に変身できる。ところで、この世界では加護ってのは一般的な力なのか?」


「加護が一般的か? そうね……一時的な加護であればそれなりに見かけるけど、永続的に付与された加護はそう多くはないかな」


「一時的なものと永続的なものがあるのか?」


「加護には適性があるらしいわ。付与される者に適性がない場合は、一時的な加護となるみたい。一時的な加護は、戦闘時には友軍の支援に使われることが多いわよ」


「ああ、バフか」


 バフとはユキトの世界におけるゲーム内で、ステータスを上昇させる魔法やアイテム、もしくは効果そのものを指す言葉である。なお、敵のステータスを下げる効果は、デバフと呼ばれる。


「バフというのは良く分からないけど、加護を与える魔法がいくつかあるわ。戦場で良く見られるのは、火神の加護を与えるという炎心鼓舞陣。これは加護を与えられた者の筋力を2割程度上昇させるもの。気持ちを昂らせる効果もあるわね」


「いま、戦場と言ったか? ということは、国が2国以上存在している?」


「ええ、この国はアスファール王国と言ってこの大陸でも有数の大国ね。もうひとつの大国でもあるハルシオム皇国との間で定期的に戦が起こっているの」



8/19 特に本編に影響しない微細な修正

8/27 文字調整のため、この話を2話に分割しました。


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