第67話 一息!戦後の処理!
前回のお話
一兆度の火を撃ち込んだら、そりゃ敵は消し飛ぶわ
「無事で良かった」
「ファウナさん、無事で何よりですわ」
「あ、ユキト。心配かけちゃったわね。フローラも……」
砦の中には、回復役として神官も配置されており、ファウナは彼ら彼女らの回復魔法を受けて、意識を取り戻した。
だが、これは術者を倒したことが大きい。魔法による氷結術は幾つかあるらしいが、術者が健在であるうちは、炎に焼べようとも凍てついたままという術も多い。イーラを倒したことで、その呪いが解かれたと言えよう。
凍らされていた時間が短かったこともあり、ファウナは既に歩きまわれる程度には回復していた。先ほどまで寝ていたベッドの周囲をリハビリがてらに歩いている。なお、奥のベッドには敵であったイーラが手足を封じられたまま寝かされている。
「まだ、ちょっと身体に違和感があるんだけどね。次第に戻るって神官様も言ってたわ」
ユキト達がファウナの無事に安堵していると、そこにがっちりした男が姿を現した。砦の責任者でもあるダンマルタン子爵である。その後ろにテック男爵もいるようだが、完全に子爵の大きな身体に隠れている。
「シジョウ卿は優れた功績を持つ冒険者とは聞いていたが、まさか七極に勝ってしまうとは!」
子爵は、驚きを隠せない様子だ。両手を広げてユキトを称賛する。
「いや、今回はフローラの活躍があってこそです。それにテック男爵も協力してくれましたしね」
ユキトはしっかりと功労者の名前を挙げた。ダンマルタン子爵の背後に立っているテック男爵にも目礼しておく。
「そもそも兵士達の安全を考えれば、シジョウ卿の身柄をイーラに売って、砦を安堵してもらうべきだったのです。ただ、あの状況ではシジョウ卿が負けたら、そのまま砦も壊滅させられそうだったからこそ、協力したまでですぞ」
テック男爵はそんな言葉を吐いていたが、あの時、凍らされたファウナを砦の中に匿ってくれなければ、フローラは火炎球を撃てなかっただろう。ユキトとしても、ありがたい判断であった。
あえて憎まれ口を叩くテック男爵の様子にダンマルタン子爵も苦笑する。男爵は口では冷たいことを言いたがるが、実は人情家であることを子爵は知っていた。続いて、子爵は奥のベッドで寝ている魔女にチラリと視線を送る。
「ところで、シジョウ卿。イーラについては、どうするつもりだ?」
ダンマルタン子爵はイーラの処遇についてユキトに尋ねた。砦の責任者とはいっても、今回はユキト達の功績がほぼ全てだ。余程の事がない限りはユキトの希望に沿うつもりである。
「俺としては、少し話をしてみたいんですけどね」
もちろん、イーラが目を覚ます前に殺してしまうという手もあった。魔力は尽きていると思われるが、実際のところは分からない。奥の手を隠し持っている可能性もある。だが、そもそも誰からユキトが七極の座を狙っているなどという嘘を聞いたのかは確認しておきたかった。
「良かろう。念の為、魔封じの枷をつけさせる」
ダンマルタン子爵からの許可も出たため、あとはイーラの意識の回復待ちだ。その間にユキトは王都への連絡を頼むことにした。山岳地帯にある砦である。王都までの連絡手段としては、伝書鳥が一般的だ。鳥以外には連絡兵が馬や獣を駆って伝達するしかない。
「子爵、王都への連絡は?」
「ふむ……それが、天候が荒れていてな。流石にイーラも倒れたので吹雪ではないのだが、恐ろしく強い風が吹いている。伝書鳥は飛ばせそうにない」
ダンマルタン子爵が困った顔で状況を説明する。原因は不明である。だが、その説明への補足が意外なところから発せられた。
「それは妾が天候を変えておった魔力が、急に途絶えたからじゃ」
「イーラ!」
ユキト達が慌てて奥のベッドに目を向けると、イーラの切れ長の目が開き、砦の天井を見つめていた。
「警戒せずとも、何もせぬ。というよりも、何も出来ぬと言った方が正確じゃの。魔力が見事に枯渇しておるわ」
イーラは自嘲めいた笑いを浮かべていた。
「天候が荒れているって……それ、大丈夫なのか?」
「そもそもこの周囲に雪が降っていたのは、妾が天候を操作していたからじゃ。急にその操作がなくなった影響で荒れておるのよ。まぁ、1~2週間もすれば戻るじゃろう」
イーラは静かな口調で語る。恐らくは嘘ではないだろう。ここで嘘をつく意味はない。
近隣の砦や街へ使いを出し、そこから伝書鳥を飛ばすのと言う手もある。だが、1週間程度で落ち着くのであればそれを待っても良いかもしれない。ファウナの体力が回復するのを待つ意味もある。
「ところで、妾はお主に負けたようじゃな」
イーラは、その美しい顔をユキトの方に向けて問いかけた。手足は戒めがなされているため、動かせるのは顔だけである。
「まぁ、俺にではなくて、こっちのフローラに、だけどな」
ユキトは大切な点を訂正する。今回の勝利はフローラの勝利だという点は譲るつもりもない。ユキトに肩を叩かれ、フローラは恥ずかしそうに首をすくめた。
「あの才能のなかった小娘か。くくく、面妖なこともあるものじゃの」
「ま、努力の勝利ってやつだな」
「妾の氷結竜を一瞬で蒸発させ、回復に向けた魔力も全て枯渇させるとは、常識はずれな火炎球じゃ」
意外なことに、ユキトの目から見ても、イーラは思ったほどは悔しそうには見えなかった。尤も、億の桁の温度を有した火球が強烈すぎて、悔しいという感情が湧かないのかもしれない。
「だが、その小娘の勝利というのであれば、貴様が七極のイーラを倒したと喧伝はできぬぞ?」
イーラは口角を上げながら、そんな指摘をする。悪戯な表情も美女がすると絵になるものだ。
「いや、俺はそんなこと喧伝したくないからな。面倒に巻き込まれそうだ」
「私もですわ。ユキト様の力あってこそ成し遂げたわけですし」
ユキトが七極を名乗るつもりだと考えていたイーラは、ユキト達の反応に意外そうな表情を見せた。目の前の七極を倒した手柄を押し付け合っている2人を見た感じ、その座を狙っていたようにはとても見えない。
「……どうやら、妾の聞いた貴様が七極の座を狙っているという情報は間違っていたようじゃな」
「最初から言っただろう? そこで信じてくれれば……」
ユキトは、ようやくイーラに自身に野心がないことを信じてもらえたようであった。最初から信じてもらえれば、無駄な戦いは避けられたのにと溜息も出る。
「定期的にそのような愚か者が出るのじゃ。七極に名を連ねたいと願う愚かな野心家がな」
どうやら、ユキトもそんな野心家の一人と見做されていたようである。イーラの側からすれば、その真偽をいちいち判別するのは面倒なのだろう。迷惑な話である。
「だが、娘よ。お前は確かにこの氷結の魔女を退けたのだ。誇って良いぞえ」
どうやら、イーラはフローラの強さを認めたらしい。その言葉を受けて、フローラは心の中の黒い思い出が溶けていくような感覚を覚えた。
「よかったな、フローラ」
ユキトがポンと背中を叩く。
「ええ」
ユキトに返された笑顔は何の憂いもない素晴らしい笑顔だった。
なお、氷結の魔女を退けた事実が広く知られることで、フローラの二つ名が「殲熱女帝」という恐ろしいものになるのは、少しだけ先のことである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。皆様におかれましても、台風にはくれぐれもお気をつけください。