第66話 超高温!一兆度の威力!?
前回のお話
ファウナは凍らされるし、吹雪で視界は悪いし、大ピンチ!
「これは……」
フローラは精神を集中しながらも、手の中に出現した光の球に困惑していた。炎とはかけ離れた形状。それに加えて、防護魔法の内部の気温が上昇しつつある。完璧だと思ったが、変換制御が上手くできていないのだろうか。
「大丈夫だ、フローラ。これを氷結竜にぶつけてやれ」
ユキトはホッと息をついた。もし、失敗していたら、こんなセリフも口に出せていなかったはずなのだ。
「くくく……火炎球が氷結竜に通じるわけがなかろう」
イーラは相変わらず声だけで語りかけてくる。心底、フローラを馬鹿にしている様子だ。だが、油断してもらった方が上手くいく。
「なら、フローラの一撃を受けてみたらどうだ」
ユキトの挑発。これで氷結竜が回避することもないだろう。肩に乗せられたユキトの手を頼もしく感じつつ、フローラはその手を空に舞う巨大な竜の影へと向け、勢いよくその光の球を撃ち出した。
フローラの火炎球は白い線を軌跡として残し、吹雪の中を真っ直ぐに氷結竜へ向かっていく。
「握りつぶせい、氷結竜」
「フローラ、お前の勝ちだ」
イーラの指示とユキトの声が重なった。その直後、氷結竜から凄まじい光が放たれ、ユキトもフローラは思わずその目を閉じる。
チュッ!
フローラは、高温の物体に水滴が落ちたかのような甲高い音を聞いた。
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フローラが目を開けると、既に吹雪は止んでいた。その吹雪を巻き起こしていた氷結竜の姿もない。その代わりに、その空から女が落下してきた。イーラだ。
ボフッ!!
気を失っているらしいイーラは、そのまま積もった雪の上へ落ちたようだ。雪の上とはいっても、かなり高度から落ちたようなので、死んでいるかもしれない。
「あの、ユキト様? これは?」
フローラはユキトに解説を求めた。凄まじい光だったが、七極のイーラがそれだけで気絶するはずもない。いったい何が起こったのだろうか。
ユキトはフローラの魔法、それも『火炎球』を対象として、加護を付与した。ここで問題はモチーフにしたものだ。
ユキトが選んだのは、ユキトの世界では良くある設定の「火を吐く怪獣」だった。ここでユキトが狙ったのは、怪獣達の設定にある。そう、日本人は設定が大好きなので、怪獣の吐く炎には温度が設定されているのだ。その温度は100万度や10億度という異常な高温。特にカミキリムシを模したような怪獣は1兆度の火球を吐くことで広く知られている。ユキトは、その設定を加護に取り入れることを企んだのだ。
もちろん、怪獣をモチーフにしてフローラに加護を与えようとしても、上手くいかないだろう。これまでの経験上、加護を付与する対象と、モチーフにはある程度の関連がないと成功しない。ゆえにこそ、タコ型のモンスターに「クトゥルフ」をモチーフとした加護が付与できたのだ。
そこで、ユキトはフローラの魔法『火炎球』に限定して、加護を付与した。任意の対象に付与できるという管理者の言葉は嘘ではなかったようだ。対象は人でなくても良いらしい。
モチーフは「火を吐く怪獣」、付与する対象は「フローラの『火炎球』」この条件で、生成された加護はユキトの狙った通りのものになった。そう、火炎球に具体的な温度が設定されたのである。
+超高温の加護:火炎球は1億度~1兆度の高温となる。
次にユキトが懸念していたのは、仮に10億度の火炎球が使えるようになったとしても、出現した途端に、術者を含めて周囲を焼き尽くすのではないかということだった。1兆度の火炎球など出現と同時に世界を焼き滅ぼす可能性がある。
(確か、以前に読んだ本だと、太陽系レベルで危ないとか……)
それゆえに敵にだけその高熱の影響を与える変換制御、しかも10割に近いものが必要だった。なにしろ10億度の1割でも1億度なのである。術者が黒焦げになるには充分だろう。だが、フローラは見事にやってのけた。フローラの手に生まれた白い光球を見ても、自身が焼きつくされていなかったことで、ユキトは勝利を確信したのだ。
この世界の炎は、数千度が良いところである。そこに億という温度を持った火炎球だ。単純計算で数万倍の温度。実際のエネルギーの倍率はさらに上だ。その熱量を叩きこまれた氷結竜など一瞬で蒸発してしまうだろう。
さらに、イーラは魔絆を氷結竜とつないでいた。ゆえに、氷結竜が蒸発した瞬間、すぐさまイーラの魔力は氷結竜の再生へと向けられる。だが、相手は億の桁の温度だ。どんなに魔力を送っても、片端から蒸発していき、イーラの膨大な魔力も一瞬で尽きてしまった。
急激な魔力の消失は、意識の消失を招く。全ての魔力を一瞬にして使いきったイーラは気を失って落下したのだった。
「……説明すると長くなる」
フローラに説明を求められたユキトは、細かい説明を諦め、フローラの火炎球に異常な高温を持たせたということだけを伝えた。
「だが、フローラの変換制御があってこそだぞ。恐らくフローラしか使いこなせない」
これは純然たる事実だ。フローラ以外の人間がこの火炎球を使おうとすれば、術者が焼け、周囲も焼け、国土の全てが焼けるだろう。
「え? そんな危険なものだったのですか?」
ここで初めて自分やユキト、周囲までも危ないものだったと知らされて、フローラは自身が知らずに担っていた責任に驚いた。てっきり全ての力を氷結竜にぶつけないと、熱量が足りないという話かと思っていたが、逆だったのだ。
「次に使うときにも気をつけてな」
世界を滅ぼしかねない力の割に、ユキトの注意は軽い。フローラを信頼していると言えば聞こえは良いのだが。
ガコッ……ギィィィ
ユキトとフローラの背後から砦の扉が開く音が聞こえた。扉の中から、セバスチャンが姿を見せる。
「どうにかなったようですな」
周囲の状況を確認して、セバスチャンは事態が解決したことを悟ったようだ。
「セバスさん、ファウナは!?」
ユキトはすぐにファウナの状況を尋ねる。砦の中に運び入れたとは聞いたが、大丈夫だろうか。
「術者を倒したせいか、凍結は解除されました。砦にいた神官らが回復魔法をかけてくれています。さほどせずに目を覚ますでしょう」
ユキトは安堵して、大きく息を吐きだした。
「そう言えば、凍ってたファウナを砦の中に運んだのは一人では無理だったんじゃ?」
「テック男爵が手伝ってくれまして」
なんでも、1度目に氷結竜を倒したときの落下音が気になり、テック男爵は扉から外の様子を覗いていたらしい。そして、ファウナが凍らされて吹雪が吹き荒れたとき、セバスチャンと協力して砦の中にファウナを運んでくれたという。ファウナが凍らされた位置が扉の近くだったことも幸いした。
「ふん、シジョウ卿に賭けたのだから、協力するのは当たり前だ……」
後にユキトが礼を言った際、テック男爵は神経質そうにピエール的な髭をいじりながらそう答えた。いけ好かない男だと思っていたが、義理がたい一面を持っているようだ。実は、意外と兵士からも慕われているらしい。
さて、ファウナが無事となると、残された問題は1つだけである。
「さて、あとはコイツの処遇か」
「どうしましょう……」
「一応は手足を縛ってみましたが、短距離瞬間移動で逃げられますからなぁ」
「魔力が尽きてるだろうから、大丈夫じゃないか」
ユキトの目の前には手足を縛られた美女が意識を失っていた。高所から落下して、数か所は骨折しているようだが、命までは落としていない。
そんな戦後処理は残っていたが、こうして七極の氷結の魔女=イーラとの勝負は、ユキト達の勝利に終わったのであった。
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