第65話 秘策!魔法への加護!
風邪ひいて更新が遅れました。急に冷え込みましたから、皆さまもお気をつけください。
前回のお話
氷結竜は、魔女を倒さないと再生し続けるらしい。
「イーラは私が仕留めるわ」
イーラが健在である限り、氷結竜は再生を繰り返す。それを知ったファウナは狙いをイーラへと変更した。
一方のユキトは、再び空へと舞い上がった氷結竜へと向き直る。瞬間移動で撹乱しつつ、火遁の術でも浴びせてやれば、ファウナ達を妨害されない程度には注意を惹けるだろう。
イーラにはファウナとセバスチャン、氷結竜にはユキトとフローラという戦闘態勢である。ユキトとしては隙を見て、ファウナ達を援護したいところだ。
空中に浮遊し、その長い髪をなびかせているイーラに向かって、ファウナは闘気を固めた弾を拳から撃ち出した。イーラに向った闘気の塊は黄金色に輝いており、薄い光の軌跡が、ファウナとイーラの間に幾筋もの弧を描いていく。この闘気の弾は、一発だけでも通常の魔物を倒すのに充分な破壊力を秘めたものだ。
だが、ファウナの撃ち出した闘気が、イーラまで1メタ程度まで近づくと、彼女を守るかのように、突如として次々と氷の盾が空中に出現した。結晶を思わせる六角形の氷の盾は薄っすらと霜に覆われている。闘気の弾は氷の盾とぶつかると、その衝撃を解放して、盾を砕いて消滅していく。イーラの近辺は、闘気が炸裂した黄色い光とそれにより砕け散る氷の反射でキラキラと輝いた。
「ほぉ、一撃にて妾が氷盾が砕かれるとは……妾の見込みよりも腕が立つのぅ」
氷の盾が砕かれたことにイーラは驚いているようで、その切れ長の目が大きく見開かれている。だが、イーラに届かなければ意味はない。ファウナはその唇を噛む。
だが、ファウナもこれで仕留められるとは思っていない。ファウナが攻撃を加えている隙に、セバスチャンがイーラの側面へと回り込んでいた。もちろん、その位置をファウナも把握している。
「なら、直接叩くわ。覚悟する事ね、おばさん」
ファウナはイーラに向かってそんな挑発をすると、セバスチャンの位置とは逆側に跳んだ。イーラの視線を自身に引き付けるつもりである。これでイーラがファウナの方を注視すれば、セバスチャンは無防備な背中側を攻撃できるという算段だ。
「お、おばさん……おばさんだと!? 貴様……くずエルフの分際で! 確実に氷漬けにしてくれる!」
だが、イーラの年齢に触れることは禁忌だったようで、挑発は必要以上に効果を発揮した。激昂したイーラは、空中を滑るようにファウナに向かって真っすぐに飛んでくる。だが、おかげでその背後はガラ空きである。
ヒュンッ!!
イーラの背に向かって、セバスチャンの鋭い剣が振るわれた。ユキトの加護のおかげで、セバスチャンの剣閃は空を走ることができる。その剣閃が距離のあるイーラの背をもばっさりと斬り裂く……はずであった。
シュン!
「消えた!?」
「しまった! 短距離瞬間移動!」
剣閃がイーラに達する直前にその姿が掻き消えた。イーラは、短距離瞬間移動で回避したのだ。激昂したと思われたイーラだったが、冷静さを保っていたようだ。
「さて、愚かなエルフには先程の事実に反した言葉の責任を取ってもらおうかの」
「!!」
イーラの言葉は、ファウナのすぐ背後から聞こえた。同時にファウナの背中に硬いものが当てられている。どうやら、イーラの杖の先端のようだ。
「事実に反した? 事実だと思うけど」
内心で焦りながらもファウナは余裕を持った素振りで言葉を返す。ファウナの自慢の俊敏さならば、イーラの攻撃が発動する前に距離を離すこともできそうだが、それが出来ない事情が発生していた。
(足に氷が……いつの間に……)
ファウナが気がつくと、自身の足首付近まで氷に覆われており、ファウナの動きを封じていた。ファウナが力を込めれば、簡単に破壊できるだろうが、初動が遅れるのは間違いない。
「言い忘れておったが、妾は使役する魔物の視界を共有できるのじゃ」
イーラが種明かしをするように、得意げに語る。なるほど、ユキトと戦っている氷結竜の位置からは、セバスチャンの位置も俯瞰できる。イーラは氷結竜の視界からの情報により、背後からの斬撃を回避したのだ。
イーラがファウナの背後に出現したことに気付いたセバスチャンも、慌ててファウナのもとへと向かっているが、まだ距離が離れている。援護は期待できない。
「魔物を通じて覗き見かしら。趣味が良くないわね、おばさん」
ファウナの精一杯の強がりをイーラは冷たい笑いで受け止める。
「そうかえ、最期の言葉にしては気が利かぬ言葉じゃな……さらばじゃ、霜棺葬」
イーラの魔法の発動指示によって、杖の先から青白く輝く氷の粒子が噴出し、竜巻のようにファウナを包み込んだ。ファウナの姿は舞いあがる粒子によって隠され、内部の状況を知ることはできない。
「ファウナ!!」
氷結竜と戦っていたユキトが慌てて、ファウナの方に向かおうとする。だが、ユキトの行く手に氷結竜の尻尾が振り降ろされた。
ダァン!!
一度は倒したとは言え、仮にも上位竜である。そんな相手が簡単にファウナのもとへと向かわせてくれるはずがなかった。
「くそっ! デカトカゲが!」
ユキトも思わず氷結竜に悪態をつくが、すぐに瞬間移動で尻尾の向こう側へと移動する。本当ならば、一気にファウナの近くまで移動したいが、距離に応じて念じる時間が必要だ。その隙を氷結竜は与えてくれそうにない。
だが、ファウナを包みこんでいた青く輝く竜巻はすぐに消えた。その代わりに氷の彫像となったファウナの姿がその場に残されている。氷漬けというイーラの言葉そのものだ。そのイーラの姿もその場からは消えている。
「ファウナ様!」
ようやく駆けつけたセバスチャンがファウナに手を伸ばすが、その肌は硬く冷たかった。その冷たさに触れた指の皮膚がピリッと貼りつくほどだ。まるで生きているかのような表情のまま、ファウナは完全に凍りついていた。
「ファ、ファウナ!?」
離れた位置のユキトも、氷漬けとなったファウナの姿に思わず取り乱す。振り下ろされた氷結竜の爪を慌てて、瞬間移動で回避するものの、心ここにあらずという状態だ。
「ユキト様! あれは魔法で凍らされただけです! 砕かれる前に適切に処置をすれば回復できます!」
そこにフローラが大声でユキトに向かって叫ぶ。フローラの知識では、魔法によって氷漬けにされた者は、魔法によって解除できるはずだった。また、術者を倒すことでも解除は可能だ。もちろん、それまでに粉々に砕かれなかった場合に限る。
「わかった! まだ大丈夫ってことだな!」
だが、そこでイーラの声が響いた。
「まだ妾を倒せるつもりなのかえ? 愚かな……そろそろ終わりにしてやろうぞ」
ファウナを氷漬けにしてから、イーラの姿は消えたままだ。どこからともなく、その声だけが辺りに響いている。
イーラの声とともに、氷結竜がその高度を上げた。先ほどまではユキトを攻撃するために、地上すれすれを飛んでいたのだが、今は50メタ程度の上空でホバリングしている。
「愚か者どもを凍てつかせよ……白銀の舞い」
氷結竜がその翼を大きく羽ばたかせた。氷の翼により巻き起こされた風が、たちどころに吹雪へと変わっていく。これもイーラの魔法だろう。周囲の景色が、ユキトの視界が、真白く塗りつぶされていく。
「くそっ! これじゃあ、イーラがどこにいるかもわからないぞ」
視界を遮られ、焦ったユキトは空に向かって叫ぶ。巨大な氷結竜の影が、どうにか判断できる程度で、それ以外は何も見えない。
「ユキト様、こちらに入って下さい!」
ユキトの傍まで走ってきたフローラが防護魔法を展開する。この吹雪の中で棒立ちしていれば、やがてはファウナと同じように凍りついてしまうだろう。だが、防護魔法で時間を稼いでも、事態は絶望的なことには変わりない。
「……」
フローラの防護魔法の中に入り、ユキトは数秒だけ目をつぶった。眠いわけではない。覚悟を決める時間が必要だった。それだけの賭けをしようとしていたのだ。
「フローラ……お前、火炎球の変換制御を10割にできるか?」
魔法の変換制御。それは、ユキトが貴族学校で習った概念の1つだ。
ある魔法の授業中、ユキトはその手の中に炎の球を作り出すことに成功していた。ユキトは元の世界の知識により、モノが燃えるためには『燃料』に加えて『酸素』が必要であることを知っている。ユキトは、自身の魔力を燃料と酸素とに変換し、初心者とは思えないほどの高温の炎を出現させたのである。だが、そのせいで手の平に軽い火傷を負ってしまった。
だが、魔法の授業を担当していた教師は、強大な火柱をその身の近くに発生させていた。普通ならば、その火力でこんがりと焼き上がりそうなものだ。ユキトは不思議に思って教師に問いかけた。
「先生が、火柱で焼けなかったのは何故です?」
教師が説明するには、変換制御の問題だという。攻撃魔法は、実際には敵に対してのみ影響を与えれば良いものだ。それゆえに、例えば炎の魔法であれば、敵に当たった部分のみが熱を発すれば良いことになる。火炎球で言えば、手元に出現させた火炎の球の状態では、無駄に熱を放出させず、敵にぶつかって初めて魔力が熱へと変換されるようにする技術を変換制御と呼ぶのである。熟練者の炎は、見た目は炎そのものでも、実体は制御された魔力なのだそうだ。
「これは、才能とは別の技術的な問題なので、練習あるのみですよ」
教師はそんなことを言っていた。これを極めると、火炎球に込めたエネルギーが、純粋に敵を倒すことのみに使われることになる。逆に変換制御が未熟であれば、火炎球に込めた魔力は、その場で通常の炎となって熱を放出し続け、敵にぶつかるまでにその相当量が気温を上昇させるエネルギーとして消費されることになる。
ファウナが唯一使える攻撃魔法『火炎球』。ファウナが毎日、魔法の練習をしていることをユキトは知っている。恐らくは、火炎球の変換制御も高い水準になっているはずだ。
「え? 私の唯一の攻撃魔法ですから、9割以上はその力を敵にのみ作用させることができますわ」
「悪いが、ほぼ10割で頼む」
ユキトはそう言うと、続けて加護の生成に取りかかる。恐らくは、ユキトが狙った加護は、フローラ本人には付与できないだろう。そのため、今回は変則的な付与になるが、管理者は任意の対象に付与する能力と言っていた。ユキトが狙っている加護も充分に可能なはずだ。
「クククク……思い出したぞ……お前は、バロンヌの領主の娘か!」
吹雪の中をイーラの声が響く。どうやら、先ほどのフローラとの会話を聞かれていたらしい。使える攻撃魔法が火炎球だけという点で思い出したようだ。
「あの身の程知らずの才能なしが、妾に挑むとは冗談にもならぬぞ。火炎球程度の魔法、どう扱ったところで大差ないわ!」
イーラの嘲笑うようなセリフを聞き流しながら、ユキトは加護の付与を進行させる。対象はフローラ自身ではなく、フローラの魔法だ。ユキトの意志に応じて、力が収束し、加護が生成されていく。
「よし……成功したぞ」
ユキトの狙い通り、とある加護がフローラの魔法に付与された。あとは、変換制御の問題だけだ。
「フローラ、俺が念話で合図したら変換制御10割の火炎球を氷結竜に撃ち込んでくれ」
「……やってみます。ユキト様は何を?」
防護魔法の中から外に出ようとしたユキトを見て、フローラは怪訝そうに問う。
「ファウナを避難させる」
凍ったファウナに衝撃が伝われば、恐らくは粉々になるだろう。ユキトとしては、フローラが火炎球を撃つ前に、氷像となったファウナを安全な場所に移動させる必要があった。
「この吹雪の中では、見つけるのは無理です!」
「いや、フローラが撃つ前に……ん?」
だが、ここでユキトの脳内に声が飛び込んできた。セバスチャンからの念話のようだ。
「ファウナ様の氷像は砦内に避難させましたぞ」
氷像となったファウナをセバスチャンが一人で運ぶのは難しかっただろうが、今はどのように運んだかを確認する状況ではない。結果だけの報告で充分だった。
「分かった!」
念話でセバスチャンに返信すると、ユキトはフローラの肩に手を置いた。
「フローラ、頼む」
「はい、ユキト様……火炎球!!」
フローラの力ある言葉とともに、フローラの手の中に白く輝く光球が出現した。それは炎とは似ても似つかぬ純粋な光の塊に見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。今回で決着と思っていたのですが、長くなったので2話に分けることにしました。後ほど、決着編も投稿したいと思います。
ブクマ、それと評価をありがとうございました!大変、励みになります!