第64話 再生!?順番があるタイプのボス戦!
前回のお話
氷結竜が飛んで来た。
北の空に浮かぶ影は、やがて巨大な翼を持つドラゴンの輪郭を明確にしていった。遠目ではあるが、白竜よりもかなり大きいことが伺える。20から30メタほどのサイズだろうか。その身体は、碧く透き通った氷で構成されており、雲の切れ目からの太陽の光を受け、冷たく輝いていた。
氷結の魔女イーラは、そんな氷結竜の頭の上に立っていた。長い髪をなびかせながら、冷たい瞳で砦の方角を見降ろしている。
「来たか……ヤツが近づいたら、まずはセバスさんとファウナで攻撃して気をひいてくれ」
ユキトは2人に指示を出す。某巨大ヒーローをモチーフにした加護を使って、ユキトは3分という短い間だけ巨人化することができる。先に巨人になって待ち構えていれば、貴重な変身時間を無駄にするし、当然ながら氷結竜も警戒するだろう。2人の攻撃に気をとられている隙に巨人化して、一気に光線技で決着をつける計画だ。
「2人が攻撃している隙に、フローラも魔法少女に変身してくれ。イーラが見てるけどアイツは敵判定だと思う。もしも変身できなかったら、戦場から離れてくれ」
魔法少女をモチーフとした加護は、第3者が見ていないことが変身の条件である。既にイーラとは完全に敵対しているので、第3者と判定されることはないだろう。だが、万が一にも変身できなかった場合は、フローラがこの戦闘に参加するのはリスクが高い。
「分かりましたわ……」
フローラも自分の力不足を痛感している。攻撃に使える魔法は火炎球だけだ。氷結竜には全く通じないだろう。
氷結竜は、その羽ばたきの音が聞こえる距離まで近づいて来た。巨大な翼が巻き起こす風は、それだけで吹雪のような冷たさを持っている。さらに、氷結竜の周囲の空気がキラキラと輝いていた。空気中の水分が凍りついているのだ。
「氷漬けになる覚悟は出来たかえ?」
氷結竜の頭部に立つ、美しくも尊大な魔女がユキト達に問いかける。自身の勝利を疑っていない態度だ。
「あいにくだけど、寒いのは苦手なんだよ」
ユキトの返答とともに、セバスチャンとファウナが行動を開始した。セバスチャンがその剣を振るうと、一本の銀閃が空中を走り、氷結竜と交差した。
パキン!
澄んだ音を立てて、竜の身体の一部が欠けた。だが、氷結竜の巨体に対しては微々たる傷だ。氷の身体に対して、斬撃はあまり効果的ではないようである。
「私も本気で行くわよ!」
続いてファウナが地上から闘気を拳に乗せて、何発も撃ち込んでいく。黄金色に輝く闘気弾がファウナの拳から放たれ、氷結竜に次々と命中する。
ボォン! ボォン!
黄色い輝きとともに、命中した箇所の氷が砕け散る。氷結竜からすれば、表面を削られている程度だろうが、先ほどのセバスチャンの斬撃よりは効果がありそうだ。だが、相手は上位竜である。当然ながら、やられてばかりではない。
「ギュルオオオオオオオオオ!!!」
氷結竜はその口を大きく開き、轟くような咆哮を上げた。あたりの空気がビリビリと震える。そして、次の瞬間にはその口からは白銀に輝くブレスが噴出された。
キィィィィン!!
そのあまりの冷気に空気がかん高い悲鳴を上げた。こんなブレスに直撃されれば、生物という生物は凍てついてしまうだろう。
だが、ユキトの目には白く輝くブレスとはまた別の、カラフルな輝きが映っていた。そう、この色とりどりの光はフローラが変身した際に発せられる光である。
「耐寒防護魔法!」
無事に変身したフローラは、そのまま寒さに特化した防護魔法を展開した。フローラの魔力に導かれて、青く輝く薄膜がユキト達を包み込む。前線に立っていたセバスチャンとファウナも素早くその中へと飛び込んできた。
そこに氷結竜の冷凍ブレスが吹きつけた。周囲は瞬く間に、パキパキと音を立てて、白く凍りついていく。防護魔法の中であっても、身震いするほどの寒さが襲ってきた。
「サンキュー、フローラ! でも、こいつは想像以上だな」
氷結竜のブレスによって、ユキト達の周囲は極低温に凍りついていた。暖房も兼ねて幾つも置いていた篝火は、全て消えて白く固まっている。時間すら凍ってしまったかのようだ。こんな奴が相手では、長期戦はできそうにもない。
ユキトはファウナとチラリと目を合わせる。以心伝心。その直後、防護壁から飛び出したファウナは再び闘気弾を氷結竜に撃ち込み始めた。もちろん、氷結竜の気を引くためだ。
「グルルルルル!!!」
少量ずつとは言え、流石に身体を砕かれるのは、気に障るのだろう。氷結竜はファウナを睨みつけると、その尻尾を勢いよく叩きつけた。
ドォォォン!!!
「当たらないわよ」
だが、それを簡単に回避したファウナは、氷結蜥蜴との戦闘と同様に、その尻尾を闘気を纏った拳で殴りつけた。
パキィィィン!!!
尻尾が千切れはしなかったものの、殴られた個所が大きく砕け散る。その拳の威力にイーラも目を見開いた。この使役している氷結竜の身体は魔力を含んだ氷で構成されており、非常に堅牢であるはずなのだ。
「このまま砕いてばら氷にしてあげるわ!」
ファウナが空を見上げて、氷結竜とイーラを挑発した。このタイミングだ。
「変身」
シュパッ!
イーラも氷結竜もファウナに注目している隙をついて、ユキトは白い光とともに、その身を40メタの銀色の巨人へと変じた。砦の城壁の上に立つと、間違いなく城壁を破壊してしまうので、そのまま城壁の北側へと降り立つ。そのまま氷結竜に殴りかかることもできそうな距離だ。
一方、突然のうちに至近距離に出現した40メタの巨人にさしもの氷結竜も驚いたようだ。その目を見開いて、巨人化したユキトを見つめている。
「な、何ぞ!?」
竜の主人であるイーラも混乱していた。そもそも巨大ヒーローの概念もない世界である。その反応も仕方ないことである。だが、この隙を逃すわけにはいかない。ユキトは両手を胸の前でバツの字に交差させ、そこにエネルギーを集中させる。前回、手加減した状態で百九年蝉を倒した光線を、今回はフルパワーで撃ち込むつもりだ。
「む!? いかん!」
イーラも七極と呼ばれる魔道士である。ユキトの腕に莫大なエネルギーが集中していることに気が付いた。それと同時に一瞬でその姿が掻き消える。
「短距離瞬間移動ですわね」
地上から見ていたフローラは、氷結竜から更に100メタほど離れた空中に浮かぶ、イーラの姿を捉えていた。竜の頭部から一瞬のうちに移動したのである。ユキトのように瞬間移動が使えるのだろう。
そして、ユキトのパワーチャージが完了した。
「喰らえッ!」
シュバババババ!!!!
我に返った氷結竜がユキトに向かって吠えかかろうとした瞬間、ユキトの交差した腕から強力な光線が発射された。
真っ直ぐに放射された光線は、過たず氷結竜の頭部へと直撃する。
キュドォォォォン!!
轟音とともに激しい爆発が巻き起こる。爆風により、砕け散った氷の破片が辺りに飛び散り、太陽の光を反射してキラキラと輝いた。
ファウナ達も固唾をのんで、氷結竜の様子を伺う。これで仕留めらないとなると、どうすれば倒せるのか分からない。それほどの威力を感じさせる爆発であった。
ズズズゥゥゥゥン……
やがて氷結竜の巨体が地面へと落下した。その首は根元から砕け散っており、頭部は失われていた。右肩から腕にかけても爆散し、その巨体が動く気配はない。
「やったわ!」
「やりましたわ」
そんな氷結竜の姿に女性陣の歓声が上がる。
「よっしゃー!!」
ユキトも慌てて元の姿に戻る。3分の制限時間まではもう少し間があったのだが、光線を撃つのに魔力を使い過ぎたらしい。頭がクラクラしている。学校で習ったところによると、魔力を制限以上に消費すると意識を失うこともあるらしい。
(まだイーラが残っているからな。豆を喰って魔力を回復しないと)
空中に浮かぶイーラを睨みつけつつ、ユキトは懐から豆を1粒取り出して、口に放り込んだ。ボリボリと噛み砕くと、魔力が回復してきたのか、頭の違和感が消えていった。
「ほほぅ、思っていた以上にやりおるわ」
イーラは心底感心しているようだった。イーラからすれば、ユキトが強いと言っても、氷結竜には手も足も出ないだろうと考えていたのだ。
「俺としてはここで休戦にしたいんだけどな」
ユキトは無駄だろうと思いつつも、イーラに休戦を提案してみる。もし、イーラがこちらの強さを認めて、その矛を収めてくれれば、全ては解決だ。
「くくく、まだ終わっておらぬぞ?」
イーラはそう言って、氷結竜の死体を指差した。
パキパキ……パキパキ……
驚いたことに、音を立てながら氷が急速に成長していた。氷結竜の失われた頭部が次第に再生している。
「なっ、再生!?」
「言い忘れたが、妾はこの氷結竜に魔絆をつなげておる。妾の魔力によって自動的にこの竜は再生するのじゃ」
イーラは得意げに氷結竜の再生のタネを解説する。
魔絆とは、上位の魔道士が使う技術で、自身の魔力と何かを結び付けるものだ。例えば、照明の魔道具と自身の魔力を結び付けておくと、自分の魔力が切れるまでは、自動的に照明の魔道具に魔力が供給され、消えることがない。
「くそっ! 回復役から倒さないといけないタイプのボス戦だったか!」
ユキトは悔しそうに叫ぶ。どうやら、イーラを先に倒すか、イーラが魔力切れになるまで再生を繰り返させるしか、氷結竜を倒す方法はないようだ。
「では、第二陣と行こうぞ。ここからは妾も混ぜてもらおうかの」
イーラがユキト達を見降ろしながら、戦闘の継続を宣言する。その真下では、頭部をほぼ再生させた氷結竜が、動きを再開させていた。
「く……主人公ピンチは流行らないんじゃないか?」
使ってしまった巨人化の加護は、再使用までに5日間のリロードタイムが必要だ。この戦闘ではもう使用できない。となると、どうやって氷結竜を倒すべきだろうか。間違いなく大ピンチである。故郷のラノベでは、異世界転移した主人公はほぼピンチにならないはずであったのだが……。
「正直、やばいわね。どうするの?」
ファウナも冷や汗を流しつつ、イーラを睨みつけている。
(ここは、あの手を試してみるべきか?)
ユキトには、昨夜思いついた作戦が1つ残っていた。あまりに危険すぎるため、自ら却下したものだ。実現できるかも不明な手であり、他に有効な手があればそちらを使いたい。
「グルルルルルルル」
ユキトが必死で頭を回転させていると、氷結竜は唸り声を上げつつ、再び空へと舞い上がった。冷たい風があたりに吹き荒れる。さぁ、第二陣の始まりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。次回で決着になる予定です。
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