第62話 七極!氷結の魔女イーラ!
前回のお話
蝉に乗ってアルビ砦に降り立ったユキト。まずは砦を襲う雑魚を片付けることに。
「あらかた片付いたようだな」
城壁の前に集まっていた魔物の群れは、セバスチャンとファウナによって大部分が討伐されていた。ユキトも久々にメタルスーツ姿に変身し、フローラを庇いつつ、雪狼を5頭ばかり斬り伏せている。
雪狼の動きは素早く、噛みついた相手を凍らせる力があるらしいが、ユキトのメタルスーツには牙も爪も通らないため、その凍結能力も発揮されないままであった。
「お次はアレだよなぁ」
ユキトは砦の上空を旋回しているドラゴンへと視線を送る。白竜は、砦から射かけられる矢を嫌がって、いまだ砦に直接的な攻撃は仕掛けていないが、それも時間の問題だろう。
「白竜ってブレスを吐くのか?」
ユキトは傍にいるフローラに尋ねてみた。敵の情報を知るのは基本中の基本である。学校の授業でもドラゴンは基本的にブレスを吐くものとされていたが、白竜も同様だろうか。
「ええ、吹雪を吐くと言われていますわ。人間が浴びれば、10秒程度で氷像になるとか」
ブレスについて回答してくれるフローラ。だが、どこかうわの空な雰囲気であった。気づいたユキトも怪訝な表情でフローラの様子を伺う。
先ほどの雪狼、氷結蜥蜴の姿を見て、フローラは苦味を伴う過去の記憶を思い出していた。
今から10年ばかり昔のことだ。ウィンザーネ侯爵の治めるバロンヌに、七極の一角として知られる氷結の魔女イーラが訪れた。
イーラは氷系の魔法を極めた美しい女魔道士であり、諸国を旅して回っている。冷たさを湛えた美貌と尊大さに伴う実力を併せ持っており、迂闊にも手を出そうとした盗賊団や失礼な態度を取った商隊が全員氷漬けにされたという噂も少なくない。なお、見た目は若いが、実年齢は不明だ。
フローラの父であるウィンザーネ侯爵は、そんな名高い魔道士を、充分な礼を持って歓待した。礼遇されれば、さしもの魔女も悪い気はしなかったようで、上機嫌でバロンヌの魚介料理を楽しみ、数日間バロンヌに逗留した。
当時のフローラはまだ7歳だった。その頃から将来は冒険者や魔法使いとして、弱きを助けたいと願っていた彼女は、侯爵邸に逗留していたイーラに魔法の教授を願った。七極として知られるイーラが、幼い彼女の目にヒーローのように映っていたのだ。
今のフローラならば、高名な強者だからと言って、必ずしも良い指導者とは限らないことを知っているが、7歳の子どもにはその判断は難しいだろう。尊大なイーラが、戯れにせよ7歳の子どもの願いに付き合ったのは、バロンヌで供される魚介料理が気に入り、単に機嫌が良かったからに過ぎなかった。
イーラは幼いフローラを侯爵邸の中庭に連れ出すと、その強大な魔術で雪狼や氷結蜥蜴を召喚した。そして、フローラに魔法で魔物を攻撃してみるように命じたのである。
当時からフローラが唯一使える攻撃魔法は火炎球のみだった。イーラの言葉を受けて、フローラは全力で火炎球を放った。球体となった炎が一直線に雪狼と氷結蜥蜴に向かっていく。だが、雪狼はその攻撃を簡単に回避し、背後にいた氷結蜥蜴に至っては火炎の球を氷の尻尾で叩き落した。フローラはもう一度、火炎球を放ったが結果は同じであった。
「お主、使えるのは火炎球のみかえ?」
「はい」
フローラの返事を聞き、イーラはつまらなさそうに吐き捨てた。
「その程度の才では、妾が指導する価値がないわ。二度と分不相応な願いを抱くでない」
一瞬、その言葉の意味が分からなかった幼いフローラだが、すぐに苦いものが心の中に湧きあがってきた。思いもよらない拒絶と否定の言葉。その日、イーラから受けた言葉をフローラは父を含めて誰にも言わずに心の奥にしまいこんだ。
だがそれ以降、フローラが魔法に関して壁にぶつかる度に、イーラから投げかけられた言葉が苦味とともに脳裏に甦ってくるようになった。
そして、現在のアルビ砦への魔物の襲撃である。あの時と同じ、雪狼と氷結蜥蜴がそこにいた。
(まさか、これはイーラ様が……)
雪狼と氷結蜥蜴だけでは証拠とはならないが、アルビ砦への魔物の襲撃がイーラによるものだとすれば、敵は白竜程度では済まないだろう。何しろ、イーラは七極の一角だ。
一方、フローラの内心を知る由もないユキトは、次の相手である白竜との戦闘に頭を切り替えていた。
「巨人に変身して光線を撃つか……セバスさんに翼を斬ってもらうか……」
空を舞う白竜を落とす方法をユキトは考える。ユキトのパーティは攻撃力だけで言えば、ドラゴンをも圧倒できる。とは言っても、空を飛べる敵との戦いに手間がかかるのも確かだ。攻撃魔法が欠けているのが原因であったが、フローラに無理強いするわけにもいかない。
だが、白竜はユキト達を認めると、上空をしばらく旋回し、そのまま北の方へと飛び去っていく。まるで目的を果たしたと言わんばかりの行動だ。白竜は、そのまま北側の山脈の陰へと姿を消してしまった。
「あれ? 逃げたのか?」
ドラゴンが逃げたとあっては、さすがに追いつく手段はない。だが、雑魚は殲滅し、大将格の白竜は退却した。一先ずは砦の防衛に成功したと言っていいだろう。援軍として駆け付けたユキト達の目的は達成されている。
城壁の上の兵士達もユキトに向かって手を振っている。援軍として認知されたのだろう。
「雪の上は冷えるな。早いところ、俺達も砦に入れてもらおうぜ」
ユキトがそう言って、砦に一歩踏み出したときだった。突然、ユキト達の背後から声がかけられた。冷たく透き通るような女の声だ。
「お主がシジョウという男かの? よう来た」
慌ててユキトが声のした発生源に振り返る。
ユキト達から10メタほど離れた、先ほどまでは確かに誰もいなかった場所。そこに青いローブと氷のような杖を持った美しい女が立っていた。その場所に先ほどまで誰もいなかった証拠に、女の周囲の雪上には一切の足跡がない。この事実は、女が空から降ってきたか、その場所に突如出現したことを意味していた。
「えーと、俺のことを知ってるみたいだけど、アンタは?」
ユキトは警戒しつつ、その女に向かって問いかける。向こうが名前を知っているのだから、改めてこちらから名乗る必要はないだろう。だが、女の名はユキトの背後からもたらされた。
「氷結の魔女……イーラ……イーラ・クリステル」
フローラが呟いた名前には、ユキトも聞き覚えがあった。どこで聞いたのだったか。だが、ユキトが口を開く前に、ファウナが反応した。
「イ、イーラ!? 七極の一角!?」
ここでユキトも思い出した。世界でも最強とされる7つの存在=七極と呼ばれる存在とその一角であるイーラの名を。確か、聞いた時点で一切関わりになりたくないと願ったはずの存在だ。
「いかにも、妾がイーラじゃ。お主が倒そうと目論んだ存在じゃ」
イーラは冷たい瞳をユキトに向けて、そう言い放った。だが、そう言われたユキトは戸惑いを隠せない。そんな恐ろしい存在から目をつけられないように過ごそうと考えたことはあっても、倒そうなど目論んだことはない。
「あ、あの俺はイーラさんを倒そうなどと微塵も思っておりませんですよ……な、何かの間違いでは?」
出来るだけ刺激をしないように言葉を選んで、否定するユキト。だが、イーラはユキトの言葉を誤魔化しと受け取ったようだ。そもそもプライドの高いイーラが間違いを認めることはないのだ。
「妾を目の前にして怖気づいたかえ? どちらにせよ、貴様の死は確定じゃ。 明日、その砦を我が氷結竜にて襲うこととする。せいぜい、守ってやるが良いぞ」
イーラがそう述べると同時に、突如として粉雪が舞いあがり、イーラの姿を包み込む。クックックと笑いを残し、粉雪が散った後には既にイーラの姿は消えていた。
「えー……なんで最強の一角と戦うことになってんだよ」
不可解な宣戦布告に首を傾げるユキト。敵は七極のイーラである。
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